「効率が良いから報酬を下げるのは正しいことか」 ── 同一建物減算で田中常任理事
「集合しているところは効率が良いから報酬を下げるということが正しいことか、しっかりと考える必要がある」──。同一建物減算をさらに進める方針が提案された厚生労働省の会合で、日本慢性期医療協会の田中志子常任理事はこのように指摘した上で、「大切なことは、質の良いケアがご利用者に提供されているかどうかを担保することだ」と主張。第三者評価の導入などを提案した。
田中常任理事の発言要旨は以下のとおり。
【田中志子常任理事の発言要旨】
訪問介護の論点3、同一建物減算について意見を述べる。これは合わせて資料5の居宅介護支援の論点7、同一建物のケアプランにも通じる意見である。
10年ほど前、高齢多死が今後、増えることを見越し、とりわけ過疎地域、限界集落等において、孤独死の解消、病院だけで高齢者を看取るのではなく、生活の場で看取り支援を考えるため、またサービスが行き届かない中山間地域の問題を解決するため、点在する独居高齢者、老老世帯に対する支援策の1つとして在宅系施設への住み替えが進められた経緯があると認識している。現に厚労省が引用する看取りの場のグラフでは病院での死亡が減り、在宅系施設の看取りが右肩上がりになっている。
引き続きスマートシティ化や、人材不足の中でも効率的な移動としての同一建物居住が進められるということの方策であれば、単に集合しているところは効率が良いから報酬を下げるということが正しいことか、しっかりと考える必要があると思う。
大切なことは、質の良いケアがご利用者に提供されているかどうかを担保することだと思う。不適切な抱え込みによって起こる弊害、過剰なサービスの見直しなど、むしろ第三者評価を受けることを義務付けるなどして質を担保し、開かれた状況にすることが大切で、同一建物なら単に効率が良いから個人宅へ伺うよりも報酬をさらに下げてよいという解決策が、働くヘルパーさんたちの納得に結びつくとも思えず、これが妥当とは考えにくいと思う。
ここで質問がある。集合団地などへの複数の個人宅への訪問介護と、今後どのように区別をしていくのであろうか。
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【厚労省老健局認知症施策・地域介護推進課・和田幸典課長】
資料1と資料5について、同一建物減算の趣旨および、これら複数の個人宅が集まった場合との違いというご質問をいただいた。今回、資料1での提案は、同一建物減算の適用の中でも、引き続き同一建物居住へのサービス提供を行う割合が高い。それについて基準省令上、さらにその他の利用者にも適用を行うよう努めるとされている中での現状、および事業所の収支差の割合等々を見た上での提案であり、これまでの分科会での議論を踏まえた提案とさせていただいている。そういう意味で、こういった現行の基準は同一事業所と同一敷地内もしくは敷地内に所在する建物を理由とした事業形態への、減算の規定である。たまたま、そこに複数の個人宅があった場合とは区別されるべきなんだろうというふうには考えるが、そういったことも含めて、ご指摘の趣旨も踏まえて、引き続き検討していくべき事項であろうとは考えている。
ケアマネについては今回、現行はないところに対して、この訪問介護との考え方で、算定要件について、まず同様の考え方とした上での提案ということで、ご理解いただければと思っている。
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主な議題は「各サービス」「横断的事項」
厚労省は11月6日、社会保障審議会(社保審)介護給付費分科会(分科会長=田辺国昭・国立社会保障・人口問題研究所所長)の第230回会合を開催し、当会から田中常任理事が委員として出席した。
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この日の主なテーマは、(1)各サービス、(2)横断的事項──の2項目。このうち、(1)については訪問系サービスを中心に資料1~5を、(2)については資料6・7を示し、それぞれの「対応案」を示した。
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厚労省担当者の資料説明は約1時間、質疑は2時間半に及び、予定より1時間近く延長して閉会となった。
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「段階的に報酬の適正化を図る」
資料1「訪問介護・訪問入浴介護(改定の方向性)」では、これまでの主な意見を紹介した上で、4項目の論点を挙げた。
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この中で、論点3「同一建物等居住者にサービス提供する場合の報酬」については、「同一建物減算を算定する利用者のみにサービス提供を行う事業所の割合が半数以上」「同一建物等居住者へのサービス提供割合が多くなるにつれて訪問件数は増加し、移動時間や移動距離は短くなっている」などの調査結果を提示。「訪問に係る時間等のコストが少ないため、未だ公平性に欠ける」などの課題を示した。
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その上で、次期改定における「対応案」として、「現行の同一建物減算について、事業所の利用者のうち、一定割合以上が同一建物等に居住する者への提供である場合には、段階的に報酬の適正化を図る仕組みとして、更に見直してはどうか」と提案し、委員の意見を聴いた。
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二重の減算の仕組みになる
質疑で、伊藤悦郎委員(健康保険組合連合会常務理事)は「効率化・適正化の観点、また実態等を踏まえれば、一定割合以上が同一建物等に居住する者への提供の場合については減算をさらに推進していくべき」と賛成した。
これに対し、田中常任理事は「妥当とは考えにくい」と反対。稲葉雅之委員(民間介護事業推進委員会代表委員)も「一部の不適切な事例の存在から全ての事業所に一律に減算対応することに対しては慎重であるべき」と反対した。
続いて江澤和彦委員(日本医師会常任理事)も「既に同一建物減算が導入されているので、さらに集合住宅に偏っているから減算をかけるのは二重の減算の仕組みになる」とし、「同じサービスを受けるのに利用者が居場所によって自己負担が変わり、これをさらに差を拡大することは公的介護保険の中で好ましくない」と指摘。「効率ばかりが出ているような気がする」と苦言を呈し、「利用者としては質の高いサービスを受けたいと考えるので、サービスの質に着目するなど、いろいろな方法論があるのではないか」と述べた。
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ケアマネジャーの業務の実態を踏まえた評価
同一建物減算をめぐっては、資料5「居宅介護支援・介護予防支援(改定の方向性)」でも同様の議論があった。
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論点7では、「居宅介護支援事業所と併設・隣接しているサービス付き高齢者向け住宅に入居している利用者と入居していない利用者とで差異が見られる」などの課題を挙げた上で、「同一の建物に入居している複数の利用者へのケアマネジメントに係る報酬設定」を挙げた。
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対応案では、「利用者が居宅介護支援事業所と併設・隣接しているサービス付き高齢者向け住宅等に入居している場合や、複数の利用者が同一の建物に入居している場合には、ケアマネジャーの業務の実態を踏まえた評価を検討してはどうか」と提案している。
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同一建物減算について田中常任理事は資料1(訪問介護)と併せて意見を述べたほか、論点1(医療介護連携の推進)に関連して要望を述べた。
【田中志子常任理事の発言要旨】
論点1の医療介護連携の推進について。入院時の迅速な情報提供については、我々医療者側からすると本当にすぐに情報が欲しいところである。しかし、事業所によってはケアマネさんが土日休みのところも多く、金曜日の夜の入院などで考えてみても、3日間で情報がまとまるとは思えない。また、すぐに情報提供できることと、多少時間がかかる情報もあると思うが、現在進行中の入院情報提供書を検討する老健事業においては、急ぎの資料と後付けの資料の送付というのは、医療機関側からも介護施設側からも煩雑になるために不要というような意見が多いことをお伝えしたい。急ぐことも大切だが、ある程度しっかりとした、選ばれた、真に役立つ情報を提供することが重要だと意見する。
また、主任ケアマネをいろいろな要件に入れることは理解できるが、現行では以前も申し上げたように、主任ケアマネの育成までに10年という年数がかかり過ぎていることについて緩和をしていただきたいと提案する。。
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退院前カンファレンスに出席できない
資料3「訪問リハビリテーション(改定の方向性)」では、7項目の論点が示された。
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このうち論点1では、入院から退院後の「連続的で質の高いリハビリテーション」を挙げた。
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対応案では、退院時の情報連携を促進するため、「訪問リハビリテーション事業所の理学療法士等が利用者の退院前カンファレンスに参加し、退院時共同指導を行った場合の加算を新たに設ける」などの方針を示した。
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田中常任理事は「退院後に訪問するリハビリ事業所が決まっていない場合には退院前カンファレンスに出席できない」と指摘した。
【田中志子常任理事の発言要旨】
論点1のリハにおける医療介護連携について質問がある。3つ目の四角の(1)(2)に、退院時にまた入院前に利用していたリハ事業所に戻るということであれば、退院時カンファレンス等に参加することや、医療機関からリハ計画書をもらうということが速やかに行えると考えるが、退院時にリハ事業所が決まっていない、あるいは新たな疾患があったような患者さんについて、退院前カンファレンスに理学療法士等が出席できないことが想定される。これをどうお考えだろうか。
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【厚労省老健局老人保健課・古元重和課長】
場合によっては、要介護認定はもともと受けていらっしゃらない方なので、退院時にまだリハ事業所が決まっていないといったケースもあり得るというご指摘である。それはそのとおりであり、そういった、やむを得ないケースはあるということは承知している。
他方、今回このような議論で、やはり同時改定にあたり、しっかりと連携をしていこうという大きな流れの中で、できる限り入院中に要介護認定申請であるとか、ケアマネの方との連携の中で、できるだけ速やかな退院後のリハにつなげていただけるよう、しっかりと厚労省としても考えを示していきたいと思っている。
田中常任理事はまた、論点3「認知症リハビリテーションの推進」について研修の充実を図る必要性を指摘した。対応案では、「加算を新たに設けてはどうか」とし、多くの委員が賛同したが、効果を疑問視する声もあった。
【田中志子常任理事の発言要旨】
訪問リハに認知症リハが新設されることは大変良いことだと思う。一方、理学療法士等がもっともっと介護保険制度の仕組みを知ることや、リハ職における認知症対応力向上研修、認知症リハビリそのものが何なのかということなどを学ぶ新たな研修が必要ではないかと提案する。
論点4「訪問リハビリテーション事業所のみなし指定」では、介護老人保健施設を挙げたが、田中常任理事は介護医療院も含めるよう提案した。
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【田中志子常任理事の発言要旨】
訪問リハを拡充する目的で老健をみなし指定とすることは大変歓迎されることだと思う。同様に、介護医療院でもリハ職が活躍していることから、みなし指定としてはどうかと提案する。
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転換期に来ているのではないか
この日、2つ目のテーマである「横断的事項」については、①介護人材の処遇改善等、②複合型サービス(訪問介護と通所介護の組合せ)──の2項目が挙がった。
このうち①については、資料6「介護人材の処遇改善等(改定の方向性)」の中で、2つの論点が示された。
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論点1(処遇改善加算の一本化)では、「段階を設けた上で一本化」「新加算の名称は、可能な限り簡素に」などの対応案を示した。委員から多くの発言があった。
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論点2(職場環境等要件等の見直し)では、「生産性向上及び経営の協働化に係る項目についても、拡充を検討してはどうか」などの対応案を示した。
委員からは「生産性向上などが職員の満足度や就業継続にあまり関連しない」との指摘や、「離職防止につながるか疑問」など厳しい意見が相次いだ。
田中常任理事は「現行の仕組みで維持できるのか。転換期に来ているのではないか」と指摘した。
【田中志子常任理事の発言要旨】
総論的な意見になるが、既に取り組んでいる多くの事業所では現場レベルで離職防止、働く場の魅力をつくることについて、これまで取り組んできて限界に達していると言ってもいいと思う。
一方で、今後の医療・介護の需要を見ていくと右肩上がりで伸びていく状況であり、これは厚労省だけでなく、需要が伸びる事業を改めて成長産業と位置づけて、経済産業省等と協調し、国を挙げて安心して働く場所としての魅力の発信、ICTに置き換えられないやりがいのある、人としての喜びを感じられる仕事であるという仕事の位置付けの向上を行い、広く国民に介護現場での仕事の価値について訴えていく必要があるのではないかと思う。
現行の仕組みで維持できるのかしっかり考える。そういった転換期に来ているのではないかと意見したい。他業種への流出を心配するのはやめて、流入を促進するべきではないか。我々事業者も矜持を正して真摯に仕事を進めていくので、ぜひ、そういった大きな視点での将来を一緒に考えていっていただけたらというふうに願っている。
なぜならば、このままでは介護保険制度の創設前のように、家族だけに介護の負担が降りかかるところへ戻りかねず、そうなってしまえば、現在、増えつつあるヤングケアラーの更なる増加や介護離職等が増えることが危惧されると思うからである。
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訪問と通所を組み合わせた「地域密着型サービス」
最後の資料7「複合型サービス(訪問介護と通所介護の組合せ)」では、今回も慎重論が多数を占めた。厚労省は今回、基準や報酬の考え方もセットで再提案している。
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8月30日の第222回会合に示した論点では、「複数の在宅サービス(訪問や通所系サービスなど)を組み合わせて提供する新たな複合型サービスを創設することについてどのように考えるか」としていたが、今回の対応案では、訪問介護と通所介護を組み合わせた「地域密着型サービス」としている。
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複合型サービス、「経営が成り立つのか」
質疑で、奥塚正典委員(中津市長)は「在宅サービスを支えるホームヘルパーの高齢化や人材確保は非常に深刻」とし、「複合型サービスをつくっていく、創設する方向については賛成」と述べた。
その上で、奥塚委員は「地域密着型サービスとなると、市町村が指定権限を有し、指導監査も市町村。新たな市町村の事務負担も発生する」とし、「事務負担の軽減も考慮していただきたい」と求めた。
一方、東憲太郎委員(全国老人保健施設協会会長)は「訪問介護と通所介護を組み合わせる目的が訪問介護の人材不足の対策であるとするならば、新たに複合型サービスをつくり、制度を複雑化するのではなく、現存の通所介護事業所が訪問介護もできるような規制緩和はどうか」とし、「例えば既存の通所介護事業所がみなし指定で訪問介護もできるような規制緩和はどうか」と提案した。
古谷忠之委員(全国老人福祉施設協議会参与)は「今回、示された登録定員の上限が29名以下だが、通所介護の利用定員が1日19名以上では多くの稼働が見込めない上に、通所介護の利用定員19人に相当する職員配置が必要」と指摘。「果たして経営が成り立つ収支差が得られるか懸念がある」とし、「健全な運営が維持できるような基準と報酬を確保していただきたい」と求めた。
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田中常任理事は「本当に不要ではないか。大変複雑だ」との認識を示し、慎重な対応を求めた。
【田中志子常任理事の発言要旨】
複合型サービスについて、これは本当に不要ではないかと思う。大変複雑であるし、この2つの事業だけが挙げられることもどうなのかと思う。
また、地域密着型になり定員等が決められることについては、東委員、古谷意見と全く同じ意見である。
(取材・執筆=新井裕充)
2023年11月7日