「医療区分評価からアウトカム評価へ」 ── 定例会見で橋本会長
日本慢性期医療協会の橋本康子会長は1月12日の定例記者会見で、療養病床について現行の医療区分からアウトカムを重視した評価に見直すための調査や研究を進めていく意向を表明した。
橋本会長は同日の会見に「療養病床から慢性期治療病床への転換に向けて ~医療区分評価からアウトカム評価へ~」と題する資料を提示。医療区分の問題点として「アウトカムが見えにくい」「改善すると点数が下がるのでインセンティブが働きにくい」などを挙げ、見直しに向けた検討を進める必要性を説いた。
この日の会見の模様は以下のとおり。なお、会見資料は日本慢性期医療協会のホームページをご覧いただきたい。
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「療養」の病床ではない
[矢野諭副会長]
定刻になったので、今年最初の定例記者会見を開催する。少し遅くなったが、新年あけましておめでとう。本年もどうぞよろしくお願い申し上げる。
[橋本康子会長]
あけましておめでとう。令和5年最初の記者会見になる。まず1ページをご覧いただきたい。慢性期医療を取り巻く課題について。
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これまで会見でお示ししたように、寝たきり防止へ向けた慢性期医療の課題として、担い手の「質」「量」「意識(やる気)」の改善が必要と考えている。青字部分は前回までの会見でご説明した。
本日は赤字の部分、「重症度、要介護度報酬からアウトカム評価」「投入資源量に応じた報酬制度」について、具体的には医療療養病床の医療区分に関する問題点を中心に述べる。「品質を高める教育と仕組み」にも関わる課題である。
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本日の内容は「療養病床から慢性期治療病床への転換に向けて」というタイトルにした。サブタイトルは「医療区分評価からアウトカム評価へ」としている。
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当会はこれまで、療養病床が治療目的であることを明確にするため、その役割とともに「慢性期治療病床」などへの名称変更も提言してきた。
前会長の武久洋三先生が昨年4月の記者会見で「療養病棟の終焉がすぐそこに近づいてきた」とのご認識を示している。
すなわち、医療区分2・3の患者の入院目的は「養生」が主体か、「治療」が主体かは明白であるとし、積極的に治療して日常生活復帰を促進しなければならないと指摘。療養病床という病床名を「慢性期重症治療病床」に変えるべきと提言している。
病床名に「療養」と付いているので、一般の方々をはじめ医療職でも「療養する場所」というイメージで捉えてしまう。
しかし、私たち慢性期医療に携わっている者としては、重症の患者さんをしっかり治療する病床であると考えている。
かつて「社会的入院」と言われた時代もあったが、医療必要度の高い医療区分2・3の重症患者さんを多く受け入れている病床である。お預かりのための病床ではないし、いまどきそんな療養病床はどこにもないと思う。
それなのに、「療養病床」という名前だけを見ると、「療養するための病床」と誤解してしまう。「慢性期重症治療病床」という名称に変えるべきである。
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「養生」ではなく「治療」のため
4ページにあるように、病床の名前は「療養病床」となっているが、その病床に入院している患者さんの多くは「養生」ではなく「治療」のため、またリハビリ目的で急性期病院から送られてくる。
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あるいは、ご自宅で熱が出た、食欲がない、元気がない、どこかが腫れている、呼吸がつらい、顔がむくんできたとか何か症状があるので入院する。
寒くなったので暖かい春が来るまで入院しようなんて人はいないし、そういう人を受け入れる病院なんてない。患者さんも治療してもらうために入院している。
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インセンティブが働かない
現在、療養病床の診療報酬は9区分になっている。左側のほうが点数が高い「療養病棟入院料1」で、それよりも低い点数の右側は「療養病棟入院料2」である。
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両者の違いは配置している看護師の数ではなく、重症患者の割合である。医療区分2・3の患者が8割以上であれば同入院料1が取れる。5割以上ならば同入院料2となる。医療区分2・3の患者割合で点数に差がつけられている。
最も高い点数は、左上の「ADL区分3」かつ「医療区分3」の1,813点。それよりも少し軽い状態になると区分2に下がる。点数は低くなる。
つまり、医療的な処置を施して改善すると報酬が引き下げられる仕組みになっている。これは介護保険の要介護度と同じような仕組みである。
改善したら報酬が下がる。リハビリを一生懸命に頑張って良くなると点数が下がる。なかなか歩けなかったのに、ようやく歩けるようになったら点数が下がる。インセンティブが働かない制度になっている。
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治らない疾患と改善できる疾患の混在
最も低い点数の医療区分1は、「医療区分2・3に該当しない患者」である。では、医療区分2・3はどのような患者さんだろうか。
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図表の真ん中「医療区分2」を見ていただきたい。「疾患・状態」を見ると、いろいろな病名が並んでいる。筋ジストロフィー、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症などの難病がある。症状が軽くなることはあるが、ほぼ治ることはない。
一方、医療的な処置によって改善が見込まれる病気や、状態を悪化させないようにする病気もある。つまり、治らない疾患と改善できる疾患が同一区分の中に混在している。
例えば、脊髄損傷(頸髄損傷)は悪化させないように治療する疾患。尿路感染症は改善すべき疾患である。
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療養病床は疾患領域が幅広い
療養病床に入院している患者さんの主傷病を見ると、疾患領域が幅広い。改善が見込みにくい疾患も含まれている。
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入院料1では、脳梗塞の後遺症を抱える患者さんが最も多い。例えば、数年前に脳梗塞になり、片麻痺があって歩きにくい。こうした患者さんの状態をリハビリなどで維持し、筋肉を落とさないようにする。また、杖があれば歩ける患者さんがずっと杖で歩けるように維持する。
しかし、脳梗塞を治すことはできない。パーキンソン病が完全に治ってしまうことはない。腎不全や心不全は、それが慢性であれば治りきることはない。アルツハイマー型認知症もそうだろう。
誤嚥性肺炎は繰り返すことがあるので、そのたびに治療しなければいけない。このように幅広い疾患の患者さんが療養病床に入っている。
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療養病床の患者は「多病」
療養病床の患者は「多病」である。改善しにくい疾患とそうでない疾患が混在し、主傷病の多くは改善が見込みにくい。これをもう少し具体的に説明する。
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図の真ん中を見ていただきたい。療養病床に多く入院している高齢者の病気や状態を青と赤の丸で示した。
青い丸で示したものは、改善が難しいので悪化させないようにすべき疾患や状態である。
一方、赤い丸の部分は治療して軽快させなければいけない疾患や状態である。糖尿病は、きちんとコントロールして、悪化させないようにする。脱水や貧血なども治療して改善する必要がある。
当会の調査では、これら3つ以上が当てはまる高齢患者は6割以上。内科系の病気もあるし、整形外科的な病気もある。皮膚の病気、アレルギー疾患、胃腸系など、いろいろな病気を抱えている。
こうした複数疾患のうち、どれかが悪くなった状態で療養病床に入院する。必ずしも主病が悪くなって入ってこられるわけではない。どれが主病なのか明確でないこともある。多病なので、その病気のどれかが悪くなる。
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アウトカムがわからない
療養病床に入院している患者さんのアウトカムをどのように出せばいいか。先述したように多岐にわたる病気を抱えている。治りにくい病気、ほぼ治癒しない病気、治さなければいけない病気がある。
こうした多病の患者さんが入院している医療療養病床の評価には、医療区分が用いられている。改善が困難な疾患や状態が多ければ医療区分は下がりにくい。一方、改善させても反映されにくい。アウトカムがわからない。
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療養病床に入院した患者さんの3カ月の推移である。右端の緑の部分を見ていただくと、3カ月後の「改善」はわずか3.5%という評価になっている。
先ほど説明したような患者さんがたくさん入っている病床で、このようなアウトカムは果たして正しいか。
医療区分2の「変化無し」は81.4%である。この評価だけを見ると、「3カ月間も入院したのに状態が全く変わっていない。入院する必要はなかったのではないか」と思ってしまうのではないか。
実は、状態を維持するのはとても大変である。ほとんどの人は治療してもらうために入院している。その結果、維持されている。例えば、点滴したり、食欲を改善したり、褥瘡を治したりして維持された3カ月間のアウトカムが反映されにくい。きちんとしたアウトカムがわからない。
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現在の状態のみを評価している
医療区分は、現在の状態のみを評価している。そのため、アウトカムを見えにくくし、改善による点数の低下も引き起こす。
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左端をご覧いただきたい。医療区分3のままだとステイ。そのままの診療報酬だが、治療して改善すると医療区分2や1になる。治療したら点数が下がる。インセンティブが働かない。
真ん中を見ていただきたい。点数は同じだがアウトカムは見えてこない。医療区分2は同じだが、脊髄損傷の患者さんが尿路感染症になって発熱して入院してきた。脊髄損傷は改善せず、尿路感染症は治ってもその評価はない。脊髄損傷なので医療区分2のままである。
右端は、アウトカムが出ると点数が下がるケースである。尿路感染症が治ったら、区分2から1に変わって点数が下がる場合がある。
このように、アウトカムが見えないケースもあるし、アウトカムが見えたら点数が下がるケースもある。評価の仕方をどうしたらいいのか。現行の評価は適切ではないと思われる。
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医療区分制度の見直しに向けて
まとめである。制度も患者も混在しているため、治療成果(アウトカム)が見えにくい。また、アウトカムへのインセンティブも働きにくい制度になっている。
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「悪化させない疾患・状態」と「改善すべき疾患・状態」が同一の医療区分内に混在している。
改善すると点数が下がる。包括報酬なので治療プロセスが評価されにくい。医療区分制度の見直しに向けた検討が必要である。
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慢性期治療病床の確立のために
入院して治療し、回復したら退院するというサイクルの中で、資源投入量に応じた点数設定が必要ではないか。現在の制度は今はそのようになっていない。
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治らない人もいる。人間はいつか亡くなる。医療資源を投入しても悪くなってしまう場合には介護医療院との機能分化も求められる。
スライド下の部分に「日慢協の取組課題」を挙げた。急性期医療ではDPCデータなどでアウトカムが出やすくなっている。治療成績などのデータを取っている。
一方、慢性期医療ではまだそこまで進んでいない。慢性期医療におけるクリニカル・インディケーター(臨床指標、CI)の調査・研究を進めているが、まだデータが足りない。
そのため、今後はアンケート調査などを通じてデータを集め、将来的には「慢性期DPC」の研究も進めていきたい。日本慢性期医療協会では、これからもエビデンスに基づいて提言していきたい。
本日は、現在の療養病床がどのような状態であるかをお伝えした。慢性期治療病床の確立に向けて頑張っていきたい。以上である。
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(取材・執筆=新井裕充)
2023年1月13日