介護のアウトカムをどう評価すべきか? ── 定例会見で橋本会長

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橋本康子会長_2023年7月20日日慢協会見

 日本慢性期医療協会の橋本康子会長は7月20日の定例記者会見で、「要介護度の軽減を達成するための新しいアプローチが必要である」と提案した。橋本会長は「改善可能な人に積極的なリハビリを提供し、アウトカムを評価することで要介護度の軽減や寝たきり防止が可能になる」と訴えた。

 会見で橋本会長は「介護保険の設立当初はこのような発想は見られなかったが、今こそ介護に対する質の向上に報酬をつけていくべき」と強調。「寝たきりの期間、すなわち本当に起き上がれなくなる期間をできるだけ短くすることが求められる」と指摘した。

 その上で、橋本会長は「健康寿命と平均寿命の間には約7年から10年のギャップがあり、この長期間にわたる寝たきりの生活は患者本人だけでなく家族や介護者にとってもつらいものとなっている」とし、新たな視点を介護現場に導入する必要性を強調。アウトカム評価による介護の質向上に期待を込めた。

 会見の模様は以下のとおり。なお、会見資料は日本慢性期医療協会のホームページをご覧いただきたい。

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02_日慢協会見資料_2023年7月20日

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重症度・要介護度からアウトカム評価へ

[池端幸彦副会長]
 ただいまから日本慢性期医療協会の定例記者会見を開始する。
 現在、各地で大雨による被害が出ている。当協会の会員にも被害が及んでいるとの報告がある。心からのお見舞いを申し上げ、必要な対応に努めてまいりたい。
 では橋本会長、ご説明をよろしくお願い申し上げる。今回のテーマは「介護のアウトカムをどう評価すべきか? ~利用者に応じた評価体系~」である。

[橋本康子会長]
 寝たきり防止へ向けた慢性期医療の課題は、担い手の「質」「量」「意識(やる気)」の改善である。このうち、本日は「質」を高める仕組みについて、「重症度、要介護度報酬からアウトカム評価」の項目を中心に見解を示す。

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 アウトカムとは、治療効果やADLの向上、平均在院日数の短縮などの結果を指す。医療分野においては既にアウトカム評価が導入され、診療報酬にも反映されている。

 しかし、介護分野はどうか。介護におけるアウトカムは可視化が難しく、理解しにくいと一般に言われている。

 とはいえ、介護分野も公的保険である。すなわち、介護保険を利用する限り、何らかのアウトカムを明示し、行動と結果の関連を示す必要があると考える。本日は、その一案を示したい。

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高齢化よりも深刻な就労人口減

 高齢化と現役世代の急減が進むなか、医療・介護従事者の急増は望みにくい。これまでとは異なる抜本的な体制見直しが必要となる。

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 左側の細い棒グラフは、2020年から2070年までの高齢化率の変化を示している。高齢化率は明らかに上昇していく。ただ、高齢化率の上昇は必ずしも問題ではない。高齢者が増えることは人々が長生きすることであり、喜ばしい結果である。

 一方で、問題となるのは現役世代、つまり15歳から64歳までの就労人口の減少である。これこそ我が国が抱える大きな課題であると考える。

 就労人口の減少は、医療や介護だけでなく他業種にもわたる重要な問題だ。右側の緑と赤の棒グラフを見てほしい。全就労人口が減少傾向にある一方で、高齢化率の上昇に伴い、医療や福祉系の労働者数をさらに増やす必要性に迫られている。

 そのため、介護人材の不足をどのように改善するかという議論がなされている。現在よりも100万人以上の増員が必要との声もある。しかし、全就労人口が減少していく中で、医療や福祉系の労働者数だけが増加するとは思えない。では、どのように対処すべきか。

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寝たきりの増加率は高齢者の増加率を上回る

 要介護者の増加は医療・介護人材の増加を必要とする。そのための方策も大切だが、寝たきりを減らし、要介護状態を軽減する方向にも目を向けるべきだ。

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 医師や看護師は増加傾向にあるが、介護者の数が足りなくなる。そこで、介護する側とされる側のバランスを考えてみよう。介護する側の人数が確保できない場合、介護される側の数を減らすことも有効な手段ではないか。

 2000年から2022年の間の22年間で、要支援・要介護の認定者数は増加の一途を辿っている。第1号被保険者の増加率は166%。その中でも、寝たきり状態である要介護4や5の増加率は233%となっており、高齢者の増加率以上に寝たきり状態の人々が増えている。
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要介護者数の増加は1%の改善で防止

 寝たきりの人々が増えている現状をどう改善すればいいのか。実は、要介護者数の増加は、1%の改善で防止できる。アウトカムを高めることが医療・介護の提供体制を維持するための重要な方策となる。

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 多くの人は、高齢者の寝たきりを減らすことは難しいと感じているだろう。しかし、要介護者数の増加を計算してみると、改善率はわずか1%である。正確には0.9%だが、この1%の改善率があれば、要介護者数は現状と同じ人数にとどまるのではないか。

 つまり、100人の患者がいたら、そのうち1人だけが寝たきり状態から脱出し、多少は立ち上がることができたり、トイレで自分で排せつができたり、自分で食事ができるようになるなどの改善があれば現状と同等である。さらに、2人、3人とその数を増やしていけば、計算上は将来が明るいと言える。

 したがって、まずは1人から始めることだ。寝たきり状態の患者が50人、100人いても、その中の半分を改善せよと言うのではない。1人、2人、3人といった少数から始めていけば、40年後、50年後でも十分に対処可能である。
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アウトカム評価を行う課題

 アウトカム評価への課題はあるが、社会保険事業であるならば成果への責任がある。要介護者を増加させないために、できることを考える。

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 冒頭で述べたように、介護ではアウトカムの評価が見えにくいとされる。その理由は何か。高齢者は改善が困難であるとされるからだろう。80歳や90歳になっていれば治る可能性は低いと考えられる傾向がある。

 加えて、慢性的な麻痺や片麻痺、筋力の衰え、栄養状態の低下、認知症など多様な問題が絡み合い、改善が一層難しくなるとされる。複数の疾患を抱え、肺炎や尿路感染症などの急性症状が重なることもある。肺炎が治ったと思えば、また1カ月後に再発する。それから1カ月または2カ月後に熱が出て、尿路感染症が見つかるというような繰り返しの感染症も問題となる。

 したがって、患者自身の改善が難しいこと、また家族支援の有無がアウトカムの評価に影響を及ぼすこと、さらに施設がアウトカムを生み出すことで、軽度の患者ばかりを受け入れるクリームスキミングという問題も生じる可能性がある。

 実際、一部の介護施設では要介護度4や5が多い。要介護度1や2ばかりを選ぶ傾向につながるのではないかとの懸念がある。しかし、このような問題があるとしても、アウトカムを考えずに進むことはできない。

 では、どうすべきか。利用者に応じた評価、改善可能性に応じた評価を提案したい。
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「改善可能性」を考える

 寝たきりを防止する対象者の全てを一律に評価することは困難である。まずは改善可能と困難とに分けた上で、それぞれの評価体系を構築する海外のケースが参考になる。

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 改善可能な人について、「予防タイプ」と「自立支援タイプ」に分けている。このうち「予防タイプ」については、地域のインフォーマル資源などを活用する。「自立支援タイプ」については、積極的にリハビリを施して状態を改善させていく。

 一方、回復が困難なケースも存在する。寝たきりの状態が長く続いていたり、末期がんなどの深刻な疾患を抱える人が挙げられる。今後の改善見込みが乏しい「重度タイプ」である。

 人間はいずれ終焉を迎える。それまでの時間が極めて短いと考えられる人々を無理に立たせてリハビリを積極的に実施することは難しい。そこで、まずはリハビリなどを積極的に介入すべきか否かを判断するためのグループ分けが必要になる。

 現行の介護保険は、もともと回復困難な人々のケアを念頭に置いている。介護保険が設立された2000年には、現在のような事態はあまり想定されていなかったのではないか。20年後のことを考慮していたかどうかは不明だが、創設当初の目的は現状とは異なる。回復可能な人々が存在するならば、これらの人々に対するリハビリを行い、状態を改善していかなければならない。現在では、それが必要な対応であると考えられる。
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改善可能性の見極め

 では、どのように改善可能性を見極めるべきか。寝たきりの状態でも改善可能性はあるため、医師や看護師、リハビリスタッフなどの専門職によるアセスメントが必要だ。

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 参考になる調査結果がある。作業療法士が老人保健施設の重度要介護者に介入し、改善効果を示したデータである。

 積極的なリハビリだけでなく、適切な移乗方法を実施したり、体に合った車椅子で正しい座位を保つようにしたり、食事の練習などをした結果、1年以内に自立すると見込まれるケースを示している。

 これはかなり高いハードルだと思うかもしれないが、食事については4人に1人が自立している。移乗や整容では、15%以上の人が自立している。まずはこのようなアセスメントを行い、ここで改善が見込まれると判断された人に対しては、しっかりとリハビリを施すべきだ。
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改善すると収益が減少してしまう

 現状はどうか。要介護3~5では、3割以上が改善している。しかし、改善すると収益(単位数)が減少してしまう問題がある。

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 このグラフは、通所リハビリによる6カ月後の変化を示している。要介護3~5の3人に1人が改善し、要介護度1~2でも16.6%が改善している。

 オレンジの部分の「維持」が最も多い。この人たちをアセスメントし、改善すればよいのだが、ここで問題がある。右側に示した数字をご覧いただきたい。「収益が下がる」と書いた矢印の左に示した数字は報酬(単位数)である。要介護5は1,369、これが4に改善すると1,206に下がり、3になると1039に下がる。

 積極的にリハビリして寝たきりの状態の要介護5の人を何とか座らせるようにし、食事の介助や嚥下訓練などで3まで改善すると、1,369から1,039まで330ポイントも下がってしまう。さらに改善して杖をついて歩けるようになれば利用者にとって素晴らしいことだが、介護報酬は897へ、さらに757まで下がってしまう。リハビリに努めて改善すると収益が下がってしまうので、改善に向けたスタッフ側の意欲という面で課題を抱えている。

 なぜ、このような設定になっているのか。もともと介護保険がつくられたとき、介護量に応じてポイントが付与されるようになっていたからだろう。要介護5の人は、やはり手間がかかる。オムツ交換や寝返りの介助が必要であり、食事も介助しなければならない。

 そのため、介護の量に応じてポイントが付けられ、結果として現在のような状態になっている。介護保険の創設時には、利用者の状態が改善するという発想が少なかったように思う。
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軽度化で月4万円程度の費用減

 重度であっても改善している。要介護度の軽度化は月4万円程度の費用減となるため、この方向性を推進する仕掛けが必要である。

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 先ほどは通所リハビリについて紹介したが、ここでは要介護者全体の変化を見ている。1年間で要介護5の人が軽度化し、4や3になったのが8.3%。要介護度4からの軽度化は8.7%である。

 割合は少ないが、全国の要介護状態の人々を対象にした場合にはかなりの数になるだろう。ここで指摘したいのは、グラフの白い部分、つまり「維持」している人がいること。「維持」の人たちに対して適切なアセスメントを行い、改善可能な人に対してリハビリをすれば軽度化する人がさらに増えるのではないか。

 ただ、先ほど指摘したように、1人あたりの費用が月29万2千円で、要介護度が1つ改善するごとに4万円ずつ下がる、つまり月25万6千円、21万6千円と下がっていく。これでは、改善に向けたインセンティブが働かない。
 
 リハビリを頑張って要介護度を改善し、患者さんも家族も喜ぶのは良いことだが、それによって収益が下がってしまう現状は見直してほしい。あるいは、改善した場合の加算を設けるなど、何らかの形でインセンティブを与えていただきたい。その原資としては、改善したという事実が原資であると考えるべきだ。
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要介護5から要支援に改善

 要介護状態の変化を詳細に見てみると、驚かされる点がある。要介護5でも要支援状態まで改善している人がいる。わずか0.1%だが存在する。要支援2や1は歩行可能な状態である。

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 もともと非常に深刻な状態だった人たちが改善している。例えば、骨折で要介護5になった人や、長い間寝たきりだった人が歩けるようになったというケースだろう。もっと努力すれば、少数ながらも改善する可能性がある。
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介護のアウトカム評価案

 以上を踏まえ、「介護のアウトカム評価案」を示す。1人でも多く、要介護や寝たきりを防ぐ仕組みを構築する必要がある。
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 どのようにして介護のアウトカムが評価できるか。全員を一括して評価するのはなかなか難しい。亡くなる可能性が高い高齢者や、さらに悪化するケースも多々ある。

 現在の評価を見ると、その人のQOLを向上させる取り組みは介護保険に反映されない。例えば、音楽を聴くこと、食事を楽しむこと、外出することなど、それだけでもQOLは大いに上がるかもしれないが、それは介護保険には関わってこない。

 こうした中で、介護のアウトカムを出すのは非常に難しいが、やはりアウトカムを評価する必要がある。多職種を含む専門職によるアセスメントでグループ分けをして、改善が可能か困難かを見極める。

 改善可能な人には積極的なリハビリを提供し、要介護度の軽減を目指す。そのアウトカムを評価する。要介護度が軽くなった結果として報酬が下がるが、その差額は加算に反映するという方法もある。

 繰り返しになるが、介護保険の創設時には、このような考え方はあまりなかった。介護を必要とする人の状態は、単に量として測られていた。しかし、介護の質を向上させるという視点からアウトカム評価による報酬を付けて、1人でも多く寝たきりを減らしていく必要がある。

 それでも最終的には寝たきりになるかもしれないが、健康寿命と平均寿命のギャップを縮めていくことが重要である。現在、寝たきりの期間は約7年から10年ある。このように長い間も寝たきりであることは、患者本人だけでなく家族や私たち介護者にとってもつらいものがある。

 寝たきりの期間、すなわち本当に起き上がれなくなる期間をできるだけ短くすることが求められる。それが半年や3カ月、さらに2カ月程度になれば最も良い。介護度の軽減を達成するための新しいアプローチが必要である。

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介護保険の維持にもつながる

[池端幸彦副会長]
池端幸彦副会長_20230720会見 現在、プロセス評価が中心となっているが、介護分野でもアウトカム評価が必要ではないかという提言であった。

 皆さんもそうだと思うが、もし自分が要介護状態になったときに、頑張って食べられるようになり、そして歩けるようになって自立した生活ができるまで改善したら嬉しいだろうと思う。

 たとえ全員は無理であっても、100人に1人でも2人でも改善して、その努力に対して何らかのインセンティブがあればモチベーションが上がる。

 ただ単に「お金を手当てしてほしい」と言うのではなく、モチベーションを上げるための1つの方策として、そのような手当ても必要ではないか。それが最終的には介護保険を維持することにもつながるだろうというご意見であると理解した。

                          (取材・執筆=新井裕充) 

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