高齢者の負担増、「耐えられるのか」 ── 医療保険部会で池端副会長

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池端幸彦委員(日本慢性期医療協会副会長)_2022年12月9日の医療保険部会

 出産育児一時金の引上げなどに伴う影響額が示された厚生労働省の会合で、日本慢性期医療協会の池端幸彦副会長は「高齢者の負担が医療保険、介護保険、さらには生活費も含めて、ここ数年で一気に増えようとしている。立て続けの負担増に高齢者が耐えられるのか」と懸念し、「全体の負担増の見込みも考えつつ検討しなければいけない」と指摘した。

 厚労省は12月9日、社会保障審議会(社保審)医療保険部会(部会長=田辺国昭・国立社会保障・人口問題研究所所長)の第160回会合をオンライン形式で開催し、当会から池端副会長が委員として出席した。

 この日の議題は、①日本産婦人科医会からのヒアリング、②医療保険制度改革──の2項目。このうち①では、出産費用の見える化について日本産婦人科医会の石渡勇会長が意見を述べ、委員の質問に答えた。

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妊婦に寄り添う情報提供か

 意見陳述で石渡会長は、厚労省が提案している公表イメージに対し「国民にミスリードしかねず、お産の見える化として適切とは思えない。真に妊婦に寄り添う情報提供とはなっていない」と苦言を呈した。

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15_資料1_2022年11月11日の医療保険部会

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 同日の部会に提出した意見書では、「金額を一覧化することで起こりうる弊害」「高次医療施設から助産所までを一律に一覧表にする弊害」などを指摘している。

 石渡会長は、厚労科研の報告書をもとに「出産場所を選んだ理由で最も多いのは『自宅からの距離』、次いで『病院の知名度』であり、『費用が安い』は一番低い」と強調。「金額のみの一覧が妊婦の利益に役立つとは考えにくい」と述べた。

 委員からは「公費投入である一時金を引き上げていけば医療保険財政に対する制度的な歯止めがないので医療機関ごとの費用の見える化やその分析は現在の制度を前提とする限りは必須」との意見など、情報提供を進める必要性を指摘する声が相次いだ。

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将来への不安感が強い

 ヒアリングに続いて制度改正の議論に入った。厚労省はまず「医療保険制度改革について」と題する資料を提示。その中で、出産育児一時金を現在の42万円から47万円に引き上げた場合に75歳以上では平均で年5,300円超の負担増となる試算結果などを説明した。

 続いて、これまでの主な意見などをまとめた「議論の整理(案)」を示し、「出産育児一時金の引き上げ、出産費用の見える化」「高齢者負担率、後期高齢者の保険料負担のあり方の見直し」など主な項目を紹介して質疑に入った。

 佐野雅宏委員(健康保険組合連合会副会長)は「今回の制度改革の最大目的は現役世代の負担軽減」と改めて強調。本多孝一委員(経団連社会保障委員会医療・介護改革部会長)も同様に、「今回の制度改革をトータルで見た結果、現役世代の負担軽減を実現できる内容なのかが最も重要」と述べた。

 これに対し、袖井孝子委員(NPO「高齢社会をよくする女性の会」副理事長)は「現役世代の負担を減らして高齢者にも負担というのが何度も出てきて耳が痛い」と漏らし、「現役の人もいずれは年を取る。日本の若者は国際比較的に見て将来への不安感が非常に強い。目先の負担を減らすことばかり考えず、長いスパンで考えないと若者たちの未来はない」と懸念した。

 池端副会長は、介護保険制度の見直しでも負担増の検討が進んでいることに触れながら、「全体の負担増の見込みも考えつつ、こうした制度を検討しなければいけない。そういう趣旨の記述も入れてはどうか」と提案した。池端副会長の発言要旨は以下のとおり。

■ 出産費用等の見える化について
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 日本産婦人科医会の先生方の丁寧なご説明、ご要望に感謝申し上げる。いろいろなご意見がある中で、前向きのご意見であると理解した。当部会に産婦人科の専門家がいない中で議論されたことへの懸念については、当部会で医師として参加しているのは猪口委員と私だけなので責任の一端を担っていると感じている。
 本日、貴会からお示しいただいた資料の1ページに「出産場所を選んだ理由」の調査結果が出ている。それによると、「自宅や家族からの距離が近い」「施設の知名度」などが上位に挙がっており、「近隣の施設と比べて費用が安い」との回答は最下位になっている。これは、出産費用が見えにくいからこのような結果になっているという見方もできるのではないか。自宅からの距離や知名度などで選ばざるを得ないのではないかとも考えられる。世の中の流れとして、見える化を進めていく方向は避けて通れないことだと思う。 
 ただ、ご懸念の点は理解できる。私は外科医であるが、例えば手術件数や治癒率、死亡率などを全ての診療情報を全医療機関が無条件に公表することには懸念がある。
 11月11日の部会で、厚労省から「出産費用の見える化の公表イメージ」が示された。この一覧表を見ると、「平均入院日数」「出産費用の平均額」などの項目が並んでいるが、これだけの項目ではどうしても偏ってしまう。見える化といっても、バイアスのかかった見える化になってしまうのではないかと懸念する。そのため、ここに掲げられている以外のサービスも項目に入れて見える化をしていくべきではないか。例えば、各医療機関の特徴を備考欄等に書けるようなスペースを設けるなど、わかりやすい情報提供の工夫について当部会で提案させていただいた。見えている数字だけが独り歩きしてしまうこともあるので、日本産婦人科医会の先生方のご懸念は私も非常に理解できる。 
 そこで質問させていただくが、現在の「公表イメージ」に出ている平均入院日数や出産費用などの項目以外に、各医療機関の懸念を払拭できるような共通項目はあるだろうか。現時点でお示しすることが可能であればお聞かせ願いたい。大きな流れとして見える化は避けられないので、厚労省の事務局の皆さまもぜひ日本産婦人科医会の先生方のご意見を十分取り入れながら、また丁寧に説明しながら、公表のイメージをつくっていただければありがたい。

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【日本産婦人科医会・石渡勇会長】
 各委員の先生方から非常に貴重なコメントとご意見をいただき感謝申し上げる。私たちは日本が今、国是としている少子化対策の一環として出産育児一時金のアップにもつながっていることは十分承知している。私たち産婦人科医として、安心で安全な分娩を提供することや安心な子育てを提供することに注力している。
 今回、いろいろな意見が出された。私たちは費用の見える化に全く反対しているわけでは毛頭ない。ただ、患者さんに分娩機関を選択していただくときに必要な情報として、分娩費用だけではなく、例えば医療環境、各設備、人員、スタッフ、サービス、アメニティ等々も含めた総合的な見える化を考え、より良い情報を妊婦さんにお届けすることが非常に重要ではないかと考えている。本日のご意見は十分検討していきたいと思うし、またこういう席に呼んでいただければ非常にありがたい。繰り返しになるが、私たちは見える化に反対しているわけでは決してないので、それはご理解いただきたい。もっと必要な情報が多々あるのではないかと思っており、そういうことも踏まえて見える化を進めていきたいと考えている。

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■ 医療保険制度改革について
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 「議論の整理(案)」の16ページ。後発医薬品の使用促進に向けて「フォーミュラリ等の取組を推進する」との記載がある。私も猪口委員が指摘したように、フォーミュラリの効果や検証はまだ十分にできているとは認識していない。後発医薬品について早急に対応しなければいけないのは、安定供給の確保であると思うので、そうした文言も入れていただきたいという印象を持った。
 保険者協議会への医療関係者の参画を促進することについても猪口委員と全く同じ考えである。オブザーバーではなく正式な構成員として参加できるようにお願いしたい。
 その上で、全体的なことを述べたい。医療保険制度改革に関する資料2の15ページに、後期高齢者1人当たり保険料額への影響が示されている。これは今回の見直しである「出産育児一時金を全世代で支え合う仕組みの導入」「高齢者負担率の見直し」に伴う影響を収入別に試算した表であるが、実は高齢者の負担増はこれだけではない。今年10月からは一定の所得がある後期高齢者の窓口負担が1割から2割に引き上げられた。さらに介護保険制度の見直しに向けた議論では、「給付と負担」の見直しをめぐり多床室の室料負担やケアプランの有料化も検討されている。 
 皆さんもご承知のとおり、光熱費等の値上げが相次ぎ、いわゆる老老世帯の生活費の負担も増えている。高齢者の負担が医療保険、介護保険、さらには生活費も含めて、ここ数年で一気に増えようとしている。全体としてどれくらいの負担が増えるのか、なかなか見える化ができていない状況で高齢者の不安は募る。
 もちろん現役世代と高齢者間の負担割合を少し調整する必要があることは認識しているが、これほどの立て続けの負担増に対して高齢者が本当に耐えられるのか。精神的にも耐えられるのか。これも考えなければいけないと思う。日々の生活に不安があれば当然、将来にも不安を感じ、貯蓄をさらに増やそうとして消費意欲も損なってしまう。そうすると経済が回っていかない。そういう悪循環に陥る可能性もある。 
 高齢者の負担に関しては、医療保険制度だけではなく、全体の負担増の見込みも考えつつ、こうした制度を検討しなければいけない。そういう趣旨の記述が報告書の冒頭やまとめの箇所に入れていただけると高齢者にも少しご理解いただけるのではないか。意見として申し上げる。

                          (取材・執筆=新井裕充) 

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