「義を見てせざるは勇無きなり」 ── 次期介護報酬改定に向け、武久会長
日本慢性期医療協会の武久洋三会長は9月4日、令和3年度介護報酬改定に向けて地域包括ケアシステムの推進などを議論した厚生労働省の会議で、過疎地で不足する介護サービスに言及し、「大手の民間事業者が『義を見てせざるは勇無きなり』と考えて、ボランティアとして過疎地に行ってくれないと厳しい」と述べ、過疎地の介護サービスを充実させる方策を提案した。
厚労省は同日、社会保障審議会(社保審)介護給付費分科会(分科会長=田中滋・埼玉県立大学理事長)の第184回会合をオンライン形式で開催し、前回に引き続き令和3年度改定に向けて委員の意見を聴いた。
この日の主なテーマは「地域包括ケアシステムの推進」で、厚労省は同分科会に93ページの資料を提示。この中で、「地域の特性に応じたサービスの確保」に26ページを割き、最終ページに論点を示した。
厚労省は、「都市部、中山間地域等も含めた各地域で、地域の特性に応じながら、必要なサービスが確保されるようにしていくことが必要」との認識を示した上で、「地域の特性に応じながら、都市部や中山間地域等のいかんにかかわらず、各地域で質が確保された必要なサービスを確保していく観点から、地方からの提案も踏まえつつ、どのような対応が考えられるか」との論点を挙げた。
.
措置制度的な仕組みを導入してはどうか
質疑で武久会長は「地域の特性に応じたサービスの確保として、大きなページを割いて検討していただくことは非常にありがたい」と評価した上で、営利企業である民間事業者が不採算部門に参入しにくい現状を改めて説明した。
武久会長は「株主に対して赤字になるようなマイナス行為をすることはできないため、非常に大きな利益が出ていても、大手の介護事業所に『損失を出して過疎地での事業展開をしてほしい』というのはなかなか厳しい」と指摘した。
その上で武久会長は、過疎地にいる要介護者に介護サービスを提供するために「公的介護保険の中に、一部、措置制度的な仕組みを導入してはどうか」と提案した。
.
介護医療院の役割は非常に大きい
武久会長はまた、看取りに関する加算の算定状況に言及し、介護老人保健施設のほうが特別養護老人ホームよりも算定率が高いことを指摘した。
.
その理由について武久会長は「夜間、特養には医師も看護師もいない。国民は、看取ってもらう時には医師と看護師がいてほしいという意識があるのではないか」と分析した上で、「これからの介護医療院の役割は非常に大きい」と述べた。
.
リハビリ、「医療と介護の連続性を」
医療と介護の連携については、平成30年度改定で見直したリハビリテーション計画書の様式に触れ、「非常に大きな意識改革」と評価した。
.
その上で武久会長は「長期の慢性期疾患でリハビリが不要な患者さんは、ほとんどいない。リハビリは回復期だけで終わるものではない」と指摘し、「医療保険のリハビリと介護保険のリハビリの有効な連続性を期待したい」とコメントした。
武久会長の発言要旨は以下のとおり。
■ 過疎地の介護サービスについて
過疎地の要介護者が都会の要介護者に比べて得られる介護サービスが非常に不足している現状がある。
今回の資料では、「地域の特性に応じたサービスの確保」として、大きなページを割いて検討していただいている。非常にありがたいと思う。
公的介護保険であるから、全国どこにいても同じような均一の介護保険サービスを提供することが望ましいが、現状は非常に厳しい。
過疎地におけるサービスにはいろいろな加算が付いてはいるものの、アクセスが非常に悪いので1件あたりの経費が多く必要になる。過疎地のほとんどが赤字であるのは当然であるから、加算などの対応だけでは厳しいだろう。2倍、3倍に増やしてもなかなか厳しい状況である。
日本は資本主義社会であるから、理論は通っている。民間事業者が株主に対して赤字になるようなマイナス行為はできない。従って、大手民間の介護事業者に、たとえ非常に大きな利益を出していても、「損失を出して過疎地の事業展開をしてほしい」というのはなかなか厳しいところがある。
しかし、こうした事情があるから「過疎地にいる要介護者は我慢しなさい」と言えるだろうか。「町役場の近くに住宅を整備するから移転してほしい」と言うなら別だが、介護サービスがないことに対して「辛抱しなさい」と言うのは難しい。
そこで提案である。皆さんから「とんでもない」と言われるかもしれないが、措置制度的な仕組みを一部導入してはどうか。介護保険は公的な仕組みである。過疎地に対しては一部、以前のような措置制度を導入する必要があるのではないか。
このままでは、大手の民間事業者が「義を見てせざるは勇無きなり」と考えて、ボランティアとして過疎地に行ってくれないと厳しい状況にある。
かといって、過疎地にいる要介護者に対して「我慢しなさい」と言うのも難しい。それは介護保険法第1条に掲げられている目的にも相反する。
従って、公的介護保険の中に、一部、措置制度的な仕組みを導入してはどうかということを提案させていただく。
.
■ 看取りを担う施設について
資料にある看取り関連加算の算定率を見ると、在宅復帰施設である老健が特養の1.5倍ぐらいの加算を算定している。老健は、在宅復帰を目指す方向に進んでいるのに、なぜか特養より看取りに関する加算が多い。
これはどういうことか。特養には医師がいないし、看護師は入所者100人に対して3人である。やはり一般の人々は、医師も看護師もいない所でターミナルをみてもらうことに対して抵抗があるのではないか。夜間、特養には医師も看護師もいないので、介護職員の負担が非常に大きいという声もある。
国民には、看取ってもらう時には医師と看護師がいてほしいという意識があるのではないか。看取り関連加算に関する集計結果から、私はそのように判断する。
従って、看取り施設としては介護医療院が最適であると思う。がん末期のように自宅で看取る場合もあるが、在宅復帰施設である老健が多く看取っている状況を見ると、これからの介護医療院の役割というのは非常に大きいと感じた次第である。
.
■ 医療・介護連携の推進について
平成30年度改定の「医療・介護の役割分担と連携の一層の推進」について述べたい。リハビリテーションが医療から介護へ入っていき、医療保険と介護保険のリハビリテーション計画書の共通する事項について互換性を持った様式になった。
一連のリハビリとして、同じ患者が医療保険から介護保険にシフトしたり、また逆に介護保険から医療保険に移行したりするので、今回の改定は非常に大きな意識改革であると思う。
資料には、医療保険の疾患別リハビリテーションと介護保険の通所リハビリについて、共通する項目が挙げられている。
長期の慢性期疾患でリハビリが不要な患者さんは、ほとんどいない。リハビリは回復期だけで終わるものではない。医療保険のリハビリテーションと介護保険の通所リハビリテーションはできるだけ連続性を保ち、継続的に行っていただきたいと思う。
このような考え方で進めていただいている厚労省老人保健課の対応を評価したい。今後、出来高から包括性に移行するにあたっても有効な連続性を期待したいと思う。
(取材・執筆=新井裕充)
2020年9月5日