「第20回日本慢性期医療学会福井大会」のご報告(3) ─ 向井千秋氏、辻哲夫氏の講演

協会の活動等

福井大会開会式

 

■ 基調講演 ── 「超高齢社会のまちづくり~Aging in Place~」
 

○座長:武久洋三氏(日本慢性期医療協会会長)

 辻先生は1971年に東京大学法学部をご卒業されまして、その年に当時の厚生省にご入省されています。その後、主に高齢関係のお仕事をされまして、最終的には事務次官として非常に大きな改革に携われました。退官なさってからは、東京大学高齢社会総合研究機構の特任教授としてご活躍されています。

 みなさんご存じのように、地域コミュニティをどのようにつくっていくかは大きな課題です。これからの超高齢社会を迎え、どのようにまちづくりをしていくか。そういう大きな視点で、先生はまさに青年のように輝いた瞳で見つめていらっしゃいます。千葉県の松戸市や福井県などで、そういう試みに非常に熱意を燃やしておられます。

 今日は、「超高齢社会のまちづくり~Aging in Place~」というテーマで基調講演をしていただきます。先生、どうぞよろしくお願いいたします。
 

日本の医療は大転換期
 
○辻哲夫氏(東京大学高齢社会総合研究機構特任教授)

辻哲夫氏(東京大学高齢社会総合研究機構特任教授) 私は現在、東京大学で高齢社会のまちづくりの問題に取り組んでいます。武久先生とは、実は長いお付き合いで、もう何年前でしょうか、いろいろな現場に連れて行ってもらいました。非常に踏み込んだ医療の課題というものを教えていただきましたことを昨日の事のように思い出しています。

 また、福井には2か月に1回ぐらい、東大の研究機構と福井県の高齢社会の共同研究の関係でお邪魔させていただいており、池端先生にはいつもお世話になっています。この学会でお話しさせていただくことを心から光栄に思っています。

 さて、本日のテーマですが、「医療システムはかなり発想の転換をしないといけない」というお話をさせていただきます。これからの超高齢社会、2025年までの日本の医療は、いよいよ大転換期であると思います。
 すなわち、大都市圏の高齢化が進み、日本の医療や介護、まちづくりにおいて、相当に大きなイノベーションを必要とする。発想の転換が必要であるということをお話ししたいと思います。そして、慢性期医療が非常に大きな貢献をすることが期待されているということを申し上げたいと思います。
 

想像を絶する社会が来る
 

 今後、75歳以上の人口が激増します。すでに2005年の75歳以上人口は9%で、世界的にこんな国はないのですが、2030年には20%まで増えます。2055年には27%になり、これはもう想像を絶する社会です。世界中、どこも経験したことがない社会に向かっています。
 2030年の5年前、2025年に団塊の世代が75歳を超える。その後2040年、2050年まで頃が日本にとって非常に大きな試練の時期で、ここをいかにいい形で乗り切るかということが大きな課題です。

 一方、あとでまた触れますが、75歳未満人口が減り続けている。典型的な高度急性期医療ニーズが減っている。それから、75歳以上人口が増えるということは、外来が減るということです。それに引き続き今でも増え続けている入院患者がさらに増える。これが大都市圏で大きな規模で起こるということが大きな課題です。

 結論から言いますと、大都市圏では、今までのように療養病床や介護老人保健施設、特別養護老人ホームなどの施設で受け入れるのは、物理的にも、時間との勝負という意味でも困難であろうと思います。そこで、これからどのように乗り切るか。まだ見通しは付いていません。
 

「闘う医療」だけで幸せか

 
 病院での死亡率が年々上がり80%にまでなっている理由は「病院信仰」です。つまり、病院への憧れの歴史だと私は思っています。昭和30年代の後半から「○○科」という臓器別医療が進みました。病院はいわば臓器別医療の拠点です。病院を中心として、病気には原因があり、原因は臓器で特定され、それを治すということを一生懸命にやってきた。
 私たちもその素晴らしい営みに魅かれて、「できる限りのことをしてください」「できるだけ良くしてください」と言って、吸い込まれるように病院で亡くなっていったと言えると思います。

 私は医者ではないからこんな勝手なことを言えるのでしょうが、臓器別医療というのは「病気を治す」ということです。では、「何のために?」と考えると、それは突き詰めると救命、延命のためです。つまり、病院医療とは死との闘いだった。「闘う医療」と言う人もいますが、これが究極の病院医療だと思います。

 しかし、「闘う医療」だけでわれわれは幸せか。これが今、問われていると思います。逆に言えば、慢性期医療という概念を掘り下げて考えていく時代が来ていると思います。慢性期医療が今後どのように展開されるのか、私は非常に興味深く思っています。そして、慢性期医療に大きな期待がかかる。
 

生活の場に医療が及んでいない
 

 現在、自宅で医療上不安な状態になったら入院するしかない。生活の場に在宅医療が及んでいない。これは日本の医療の大きな欠落点。私はかなり前からそう思ってきました。在宅医療に関わるお医者さんから、「定期的な訪問診療があれば、肺炎など入院しそうな病気を早期に発見できて入院予防ができる」という話をよく聞きます。そのような医療の目が在宅にきちんと及んでいない。

 75歳から80歳の間が通院受療率のピークです。これからは高齢者世帯は高齢者だけの世帯が中心なので、総人口の5分の1、さらに4分の1が後期高齢者つまり通院できなくなるという社会になるので、生活の場に医療を入れていく政策を考える必要があります。

 今後も病院は絶対に必要ですが、病院にいる限り病人です。アメリカの社会学者が「病人役割」という言葉を用いています。病気になったから病人になるのではなく、病院に行ったら病人という地位を与えられ、本人が病人として行動するようになる。治療に協力するため当然かもしれません。

 しかし、生活の場では「生活者」です。私は鍋料理が大好きなので、いつもこの話をするのですが、自宅なら鍋を食べれる。気分が良ければお酒を飲んでも誰にも叱られない。笑顔が保てる時間を長く持てる。ですから、生活者としての時間をいかに持つのかが問題で、そのためのシステムをつくる必要があると思います。

 しばしば病院の医師から聞くのは、「ちょっと心配だけど退院させて帰してみたら、別人のように元気そうに見えた」という言葉です。「笑顔があった」と言うのです。これをいかに実現していくかを考えたい。本人や家族が望めば、在宅で亡くなることも可能にしてあげたい。そのためには、どうしても在宅医療が必要ですが、今はあまり普及していません。
 

在宅医療を支えるシステムがない
 

 在宅医療が普及しない理由は明確です。第一に、主治医がいないと成り立たない。第二に、在宅医療イコール訪問看護と言っていいので、優秀な訪問看護師が不足している。そして薬局や歯科医の協力が必須です。さらにそうした医療とケアマネ、24時間介護がつながった多職種連携がないといけない。第三に、併せて極めて重要になるのが、バックアップ病床。こうした3つの要素がきちんとつながっていないと在宅医療を継続できないので普及していない。実はもう一つ、住民の意識が変わる必要があるのですが、今日は、踏み込んで触れません。

 第一の点については、特に大都市部では訪問診療をしたことがない医師が多い。専門医として訓練されてきているので、在宅医療に参入する医師が少ない。そして、「24時間365日は勘弁してほしい」という医師がほとんどですから、やる気のある医師がグループ化するシステムをつくらないと在宅医療は進まない。もちろん、医師だけでは在宅医療は成り立ちませんので、先ほど述べたように第二第三の点に関連して、これをつなぐシステムをつくる人が必要となります。

 こうしたことを制度論として自覚している人は少ない。在宅医療に熱心な医師会があり、熱心な病院があり、熱心な診療所はあるけれども、なかなか普遍的なシステムとしては進まない。結論から言いますと、制度論としては、鍵は、市町村です。市町村が「システムとしてつくろう」と考えるかどうかが重要です。
 

医療・福祉のハイブリッドシステムを
 

 現在、千葉県の柏市で在宅医療を含む地域包括ケアのモデルづくりとして取り組んでいます。生活の場に在宅医療、看護、介護のハイブリッドケアシステムが及ぶように、病院は病院として必要な機能を果たすと共に在宅医療をバックアップする。在宅ケアを支えるために病院がある、施設があるという方向に行かないと、都市部の高齢者を支えることは困難になるでしょう。

 「弱ったら病院に移す」というのではなく、急変など必要な時だけ病院がバックアップしてできるだけ早く、生活の場での定期的な訪問診療の場に戻し、できるだけ長く生活の場に住み続けられるようにすることが必要です。つまり、在宅医療、看護、介護などのサービスが基本で、それをさせるのに必要な病院機能という関係にする。そういう方向で改革していくのが王道だと思うのです。

 サービス付き高齢者向け住宅は専門の会社が建てても良いわけで、メインとなるのは在宅医療や訪問看護、介護サービスです。医療は医療保険ですが、訪問看護、介護サービスは介護保険の財源がメインなので、今後は医療保険に加えてそれも取り込んでいくという流れになります。

 「Aging in Place」は、住み慣れた地域で安心して最期までという考え方で、医療・福祉のハイブリッドシステムを地域に埋め込むモデルを柏市で展開しています。本日は深く触れませんが、その場合の大前提は、高齢者ができる限り自立を維持してほしいので、高齢者がまちに出ること、すなわち「閉じこもらない地域社会」をつくることです。

 65歳を過ぎても地域で働く。コミュニティビジネスを地域に埋め込む。基本はワークシェアリングの考え方です。1人が週5日働かなくても、「3人で5日分」とか、「6人で常勤2人分」というような働き方をシステム化していくというモデル事業が動き始めています。今後は定年退職した65歳がずっと家の中に閉じこもっていてはどうしようもないでしょう。
 

地区医師会と市町村が大きなカギ
 

 全国的に見た場合、診療所の外来患者数は現在、伸び続けています。しかし、団塊の世代が75歳以上になる2025年以降を境に減少していきます。75歳以上80歳を境に外来の受療率は減りますから、外来がどんどん減っていきます。ただ、現在は都市部で外来が増えていますので、お医者さんとしては「外来で忙しい」「在宅医療?」という感じでしょう。そういう状況ですので、在宅医療は普及していません。

 しかし、いずれ外来患者は着実に減り始める。そのあと、入院需要がピークに達する。その時から在宅医療を始めようとしても間に合わない。在宅医療のニーズが最も高まるピークは2025年から40年辺りです。都市部は病床での対応に限度があり、この時期は相当大変だと予想します。「今まで何をしていたのだ」とその時に騒いでも遅い。

 しかし、一人開業のかかりつけ医が1人で取り組むのは大変です。そこで、柏市ではかかりつけ医をグループ化しようとしている。若い医師らが将来を見通して動き始めています。かかりつけ医同士がグループ化してもいいし、在宅療養支援診療所が最後のバックアップとしてグループに入る場合もあります。在宅医療の対応を点から面にするため、市役所が3師会の拠点となる建設予定の建物の中に、在宅医療を含む在宅ケアのマネジメントを行う地域医療拠点を設置する予定です。現在、主治医と副主治医との関係などグループ化をどのようにまとめていくかを柏市医師会のメンバーを中心にして試行検討中です。

 こういうプロジェクトは、地区医師会が絡まないとできない。地区医師会が自分の地域をどうするのかを考える。地区医師会が若い医師たちに「ちょっと在宅医療をやってみないか」と声をかける。それに看護はもちろん歯科医、薬剤師ら多職種とつないでいく。
 こうした取組みの事務局としての役割は市役所です。あえて申しますと、地域全体を療養病床にするということです。従って、例えて言うならば療養病床の院長は、地区医師会の会長で、病院運営をコーディネートする事務長は、介護保険の保険者である市役所です。私は、これが次の時代に求められるシステムであると考えています。

 地域にいる、限られた数のかかりつけ医にできる限り頑張っていただくために、地区医師会が関わる中で市が事務局的にバックアップする。そして地域を面としてメンテナンスする。
 この場合、地域の病院は、在宅療養支援病院として地域のかかりつけ医とグループ化する一方、訪問看護や訪問介護などを系列法人が持って、地域全体を支えるという役割が考えられます。従って、大きなカギになるのは地区医師会と市町村です。個々の病院は、その枠組みの中に位置づけられ、より活躍するという形を期待します。
 

超高齢社会を支える役割を
 

 柏市では現在、「UR柏豊四季団地」内に、24時間対応の在宅医療・看護・介護の総合的なサービスシステムとサ高住が一体化した拠点が建設中です。このような総合的なコンソーシアムシステムの整備が急がれます。

 みなさんの中には、「それは都市部だけの話ではないか」と思われる人もいるかもしれません。しかし、これからは地方でも当てはまるようになると思います。私の見通しですが、地方でも、将来は住み替えが進むと思います。今後の後期高齢期のライフスタイルとして、地域内での住み替えが進むとみています。例えば、自分が卒業した小学校や中学校のある集落の地域に住み替える。子どもたちが住み替えた住まいの近くにいたら、さらにいい。子どもたちが頻繁に出入りする。地域の人も出入りしやすくなって、お互いに気にかける。
 これからの日本では、こんな社会をつくっていくべきではないでしょうか。そうして、地方でも柏市と同じようなシステムができあがる。私は、制度と人々のライフスタイルが動けば、各地域がそういう方向に行くと見ています。

 ただ、大きなポイントは、医療を含めて訪問系サービスに必要な財源です。訪問系サービスにお金を投入しないとできません。とにかく、これからは介護する家族がいないのですから、たとえどのような政権になろうとも、これは進めていくのだと思います。

 これは日本経済の仕上げです。経済発展する中で、人々が都市部に移り住んだ。核家族になった。長生きになった。せっかく建てたマイホーム、そこに住みきれるかどうか。日本経済発展の成果としての「まち」をどうつくっていくのか。
 このようなまちづくりのためには、もちろん、市町村と地区医師会に頑張ってもらわないといけないのですが、まさに日本慢性期医療協会が果たす役割が重要であると思います。

 日本医師会も、在宅医療に関する国の動きに協調する旨の方針を示されたと聞いています。地区医師会が動けば市町村も前に進める。こうした動きが今後、全国に広がっていくと思います。みなさま方も、この動きをぜひ参考にしていただいて、日本の超高齢社会を支える役割を果たしてほしいと心から祈念いたします。(会場から大きな拍手)[→(4)はこちら]

 ▼ 質疑応答を含む詳しい内容は、「日本慢性期医療協会誌(JMC)」の次号に掲載予定です。


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