「第20回日本慢性期医療学会福井大会」のご報告(3) ─ 向井千秋氏、辻哲夫氏の講演

協会の活動等

福井大会開会式

 

■ 記念講演 ── 「宇宙医学に学ぶ健康長寿」
 

○座長:池端幸彦氏(日本慢性期医療協会副会長、大会長)

 本大会の開催が決まった時、(記念講演の候補として)真っ先に浮かんだのが向井先生でした。「向井先生を、ぜひお呼びしたい」と思いました。

 実は、約30年前に私が大学を卒業して研修医として外科の医局に入った時に、指導医だったのが向井先生でした。当時は女性として珍しい心臓外科医として頑張っている先生にご指導いただき、今日の私がある。その向井先生を、どうしても福井にお呼びしたいと思いました。とても多忙でいらっしゃるので調整には紆余曲折がありましたが、本日、こうしてお招きできたことを本当に嬉しく思っています。

 向井先生は、1977年に慶應義塾大学医学部をご卒業され、85年まで心臓外科医として臨床に従事されていました。そして85年、宇宙開発事業団(現在の宇宙航空研究開発機構、JAXA)にスペースシャトルを利用した第1次材料科学実験の搭乗科学技術者として入社されました。94年、ご存じのように第2次国際微小重力実験室計画の搭乗科学技術者としてスペースシャトル・コロンビア号に搭乗され、宇宙飛行士になられました。

 向井先生の研究テーマは現在82あります。「微小重力科学」で材料科学や流体科学など、また「ライフサイエンス」の中で宇宙生理学、宇宙生物学、放射性生物学など、さらに「宇宙医学」で心臓血管系、自立神経系、骨・筋肉の代謝などの研究がございます。

 88年には2回目の宇宙飛行を行い、微小重力環境の人体影響と老化に関する実験を実施。ここで日本慢性期医療協会との関わりが出てきました。そして2003年にスペースシャトル科学飛行の副ミッションサイエンティスト、すなわちNASAの任命業務として科学実験を取りまとめておられます。03年から07年には国際宇宙大学の教授をなさっています。先生の現在のポジションは、JAXA有人宇宙環境利用ミッション本部特任参与、宇宙医学研究センター長、宇宙飛行士、医師、医学博士です。

 本日は、当学会と縁のあるテーマを頂いております。向井先生、どうぞよろしくお願いいたします。
 

常にゴールのないマラソン
 
○向井千秋氏(宇宙航空研究開発機構[JAXA]宇宙飛行士、宇宙医学研究センター長)

向井千秋氏(宇宙航空研究開発機構宇宙飛行士) みなさま、おはようございます。ご紹介いただきました向井千秋です。20回を迎えた日本慢性期医療学会、こんなに多くの方々がお集まりになって開催されていることは本当に素晴らしいことだと思います。これまで一緒に働いてきた池端先生が本当に立派なお姿になられて、大会長をされている。本当に誇らしく思います。

 池端先生がご紹介くださったように、私が心臓外科医としてレジデントをしている時に池端先生が入ってこられました。当時も弁置換や解離性大動脈瘤などいろいろな手術があってバタバタしている時に、池端先生いつもニコニコしながらてきぱきと仕事をされている思い出があります。こういう機会を頂きまして、本当にありがとうございます。

 この機会に、私は「宇宙医学に学ぶ健康長寿」というテーマでみなさまにお話をさせていただきます。幸運なことに、私は2回も宇宙飛行ができましたので、「私にとって宇宙飛行とは何だったんだろう」「宇宙飛行から何を学んだんだろう」ということも含めて、ぜひみなさまにお伝えしたいと思います。

 「宇宙飛行士の仕事は大変ですか?」ときかれることがあります。心臓外科医として救急医療などをやっていたころは、常にゴールのないマラソンのようなもので、そういうつらさがあったからこそ、「宇宙飛行士の訓練は医者に比べたら決して大変ではない」と思って、これまでやってこられました。
 

素晴らしい時代に私は生きている
 

 人生は、何がどういうきっかけで、どんな事が起こるのか分かりません。1983年、ある新聞を見ましたら、日本が宇宙飛行士を募集すると書いてありました。それを見た時、「どうせ軍人で、毛むくじゃらの男性が行くのだろう」と思いました。ところが、そこに書いてあったのは、男女を問わないということ。そして、日本はパイロットとして送るのではなく、宇宙という特別な環境──重力がない、宇宙放射線がある環境──をうまく利用していろんな研究がしたいということが書かれていました。地球上でいろいろな仕事をしている人たち、医者や技術者、研究者らを宇宙に送りたいと書いてあった。小さな記事でしたが、私はこれを見た時に身体が震えるぐらい興奮しました。

 当時、病院の中で患者さんたちと闘いながらいろいろな事をやっている間に、20世紀の科学技術がこんなにも進んで、普通に地上で働いているわれわれを宇宙にまで送り出し、その宇宙に人間の活動圏を広げていける。そんな素晴らしい時代に私は生きているんだということに、私はものすごく気概を感じてしまった。そうか、私はこんな時代に生きているなら、ぜひ自分の目で、自分が住んでいる地球が見たい、そう思いました。

 それはたぶん、われわれが知らない事を知る、行ったことがない所に行ってみる、知らない本を読んでみることと同じように、そういう事をすると自分の視野が広がってくると思うのです。自分が現在住んでいる地球を多角的に外から見ることで、たぶん自分の視野が広がって、自分の考え方も深くなるのではないかなと思いました。調べてみると、重力がない宇宙では身体にいろんな事が起こってくる。これはすごく面白いと思った。そんなこともあって私は、「宇宙の環境を利用できる時代が到来した。ぜひ行ってみたい」と思って、宇宙飛行士を目指しました。
 

宇宙の不思議は地球の不思議
 

 宇宙では、重力がない中で身体に起こるいろいろな現象がとても面白かった。それは老化現象にとてもよく似ているのです。30代でも70代でも同じような変化が起こる。帰還した時は、誰かが肩の上に乗ってギュッと押しつけているような感覚でした。
 私たちは地球上にいると意識しませんが、実はものすごい重力で地球の中心に向かって押しつけられている。宇宙という重力のない世界に行ったからこそ、私はそれが分かった。これがすごい感激でした。重力がある世界に育った人は当たり前のように思っている。物が落ちて当たり前。しかし、実はその当たり前の事が当たり前ではなかった。

 例えば、ここにかごの絵があります。その絵には青いフィルターがかけてあります。かごの中にある物が青い色で書いてあったら、かごの中に何が入っているのか見えない。しかし、青いフィルターを外してみると、かごの中に青い鳥がいることに気付く。つまり、私たちは青いサングラスをかけて生まれてきてしまった。青いサングラスが重力だったとすると、青い色の物が見えない。私は凡人なので、宇宙に行って、青いフィルターがはぎ取られた状態で宇宙の現象を見ると、水が丸くなってみたり、物が落ちないでフワフワしてみたり、いろんな現象が身体に起こってくる。「それはすごく不思議だ」と思ったのですが、地球上のほうが逆に不思議だったのです。
 

地上のみなさんと一緒に取り組みたい
 

 宇宙飛行士は身体が丈夫で元気な人たちですが、地球に帰ってくると、何十歳も年をとったような、老化現象が起きたような状態になります。宇宙に行ってそういう現象が起き始めて、それと闘いながら、アダプテーションしながら帰ってくる。そして帰ってきたらリハビリをする。そういうクリニカルコースが非常に短い。数か月の間で、病気といかに闘い、どのように治るのかが分かる。ですから、発症、適応、回復が非常に短い期間で見られるというのが1つの魅力です。

 宇宙はいろいろな現象が増幅されます。例えば、骨が溶ける病気で悩んでいる地球上の人たちの10倍の速さで、若い男性飛行士の骨が弱くなります。筋肉は寝たきりの人の2倍、自然放射線は地上の半年分を1日で浴びてしまいます。免疫機能が低下したり、血圧の調節機能や平衡感覚がおかしくなったりします。

 精神・心理現象も違います。人間関係がイヤだから仕事を辞めて違う部屋に行くということはできません。みんなで力を合わせてやっていかなくてはならない。
 ですから、地球上ではいろいろな問題がバッファシステムの中に隠れてしまう。ところが、宇宙ではバッファシステムが少ないので見えてしまう。地球上で起こっているいろいろな問題を洗い出すことに非常に適した環境と言えます。宇宙で身体に起こる現象は、高齢社会でメリハリがなくなって起きるいろいろな現象に似ています。

 例えば、宇宙飛行をすると骨密度が減少します。加齢によっても骨密度が落ちて骨粗しょう症になることがあります。また、宇宙では筋肉が萎縮します。加齢でもサルコペニア(筋肉減弱症)のような筋肉の減少があります。さらに、宇宙では体内リズムもかなり乱れることが予想されます。地球上でも、加齢によって生活のリズムが乱れてしまって夜眠れないということがあります。
 つまり、宇宙飛行士のためにやっている医療などが、地上の健康科学に役立つのではないかと思うのです。逆に、みなさんが病院でいろいろ取り組まれている健康科学を宇宙医学に取り込んで、いろいろと一緒に仕事ができないだろうか、一緒に取り組みたい、そんなことを常に考えています。

 「宇宙医学」とは、狭い意味では宇宙飛行士の健康管理をするための医学です。月や火星に人間を送り出すために必要な医療技術を開発することが「宇宙医学」ですが、もう少し広い意味で考えてはどうか。なぜ、宇宙という環境でそのような現象が起こるのか、そのメカニズムを解明したり、その成果を地上に還元していくことも大事なことです。
 

人類のための宇宙開発をしよう
 

 私たちが宇宙飛行を安全に行う上で、医学が果たす役割は本当に大きい。人がいる所に医学がある。そのチャレンジは、月や火星に人類の活動圏を広げていくことです。それを展開していくための医療技術を開発し、地上に還元していく方向性で動いています。
 従って、われわれJAXAをはじめ宇宙開発機関で研究している人たちは、「宇宙医学は究極の予防医学である」という概念の下、社会に役立つ宇宙医学をモットーに研究を進めています。宇宙飛行士は元々、元気な人たちです。元気な人たちを病気にさせてはいけない。そのための「宇宙医学」は究極の予防医学です。

 昨年は、ガガーリンが飛行してから50年。来年は、女性初の宇宙飛行士・テレシコワが飛んでから50年。これまでの50年は、アメリカやロシアを中心に国際協力で取り組んできた時代。これからの50年は、いい意味での競争です。各国間の競争ではなく、民間の優れた企業がどんどん参入して、官民共に産学連携しながら競争して、より遠くに、より長く宇宙に人を送り出す。そうした技術を開発していく時代であると思います。
 ですから、Space for Humanity. 人類のための宇宙開発をしようではないか──。そんな合言葉で仕事をしています。

 今回、このような講演の機会を頂き、私たちの日ごろの活動を紹介させていただきまして嬉しく思います。先生方が取り組んでいらっしゃる在宅医療や慢性期医療にお役に立てれば光栄です。また、先生方に良いアイデアがありましたら、どんどん宇宙開発分野に情報提供していただければ幸いです。
 慢性期医療ルネッサンス。池端先生が、本当に素晴らしいテーマを謳われた。この大会が大成功で終わることを期待いたします。ご静聴、本当にありがとうございました。(会場から大きな拍手)[→ 続きはこちら]
 

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