年頭所感2024 日本慢性期医療協会 会長 橋本康子

会長メッセージ 協会の活動等

橋本康子会長

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明けましておめでとうございます。
私が日本慢性期医療協会会長を拝命して、今年で1年半になります。
日慢協のコンセプトは前会長の武久洋三先生の掲げた「良質な慢性期医療がなければ日本の医療は成り立たない」であり、私もそのコンセプトを継承してきました。そして、そこに「今こそ寝たきりゼロ作戦を!」を付け加えました。若い方々はご存じないかもしれませんが、約24年前に、厚労省は「寝たきりゼロ作戦」と銘打ち、高齢者の寝たきりを作らない、減らそう、をキャッチフレーズに寝たきりゼロへの10か条を掲げていました。
しかし、日本は超高齢社会となり、どんどん寝たきり高齢者の数は増えています。過去20年間での高齢化率は166%増であることに比べ、寝たきり高齢者(要介護度4+5)は233%増になっています。これは、私たち医療、介護従事者にも責任の一端があるのではないでしょうか。
今後の日本は、就労人口が減少し、さらに人材不足に陥ります。人材育成や雇用条件の向上、外国人雇用、医療・介護DXの推進などを進めることも大切ですが、一方でお世話される寝たきり高齢者を減らしていくことが必要です。慢性期医療では、要介護者の減少が成果であり、医療介護の生産性向上とは要介護者を減らすことです。介護保険創設期にはお世話をする量や時間を評価していましたが、今はいかに介護量を減らせるかが評価されるべきです。例えば、おむつ交換を1日に数回行うことに時間を費やすのではなく、自立に向けて、排泄パターンを確認し習慣づけをしたトイレでの排泄訓練を行うことに時間や人手を使うことが生産性向上につながります。
まず、高齢になり病気になると寝たきりになる、寝たきりになると死ぬまで寝たきり。という誤った概念を無くすことです。寝たきりは治すことができ、そして予防もできます。私はこの1年半、寝たきり高齢者を作らない、減らすための具体的な方法を、ほぼ毎月行われる記者会見で次のように提言してまいりました。

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提言1.総合診療医が必要
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まず、指示をだす立場の医師が、寝たきりを作らないことが大切です。そのためには急性期医療の現場で、主病以外に併存している疾患の治療・管理、低栄養・脱水にならないよう管理すること。筋萎縮・関節拘縮防止、ADL低下防止などを行う総合診療医が、臓器別専門医と共に患者の治療にあたることが必須です。そして慢性期対応の医師や総合診療医の育成を日慢協は行っています(総合診療医認定講座)。

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提言2.基準リハビリ・基準介護が必要
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医師の指示を受け実際に動く人が必要です。患者さんに携わるすべての職種に寝たきり防止の意識が必要ですが、特にリハビリテーションとケアは重要で、急性期から慢性期、生活期すべてにおいて基準化するとよいのではないかと考えます。身体機能、ADLを低下させないためにリハビリテーションとケアが重要であることは周知の事実ですが、その方法や量、時間はバラバラで十分効果を発揮できていないと思われます。そのための基準化を提言いたしました。

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提言3 介護のアウトカムをどう評価するべきか?
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さらに介護の重要性を示し、評価されるにはわかりやすいアウトカム(数値化など)が必要です。加齢に伴う心身の衰えや多病のため改善が難しい人もいます。一つの方法として、回復可能群と回復困難群にグループ分けを行い、可能群には自立を目指すリハビリテーションやケアを行いFIMや要介護度などの数値で結果を示し、困難群は維持や苦痛緩和を目的にリハビリテーション、ケアを行う。このように患者や利用者に応じたアセスメントを行い、一人からでも寝たきりを防いでいく試みが大切だと思います。そして、アウトカムが良い、つまり要介護度が4から2や1に変わった場合には報酬アップなどの改善実績の評価が必要です。
また、介護専門職の能力を活かすために、業務の役割分担を行うべきです。(直接介護と間接介護)

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提言4 寝たきりを減らすリハビリチームの創設を
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寝たきりを減らすには、前にも記載したようにチームでリハビリを行うことが重要です。ここではさらに具体的に示しました。現在は、医師・看護師・リハビリスタッフ・管理栄養士・薬剤師・介護職・歯科衛生士などがチームとして病棟で働いています。ここで病院での介護福祉士・介護士の役割を考えるとお世話ではなくADLリハビリを行っていることに気づきます。食事介助やトイレ誘導、入浴、更衣、整容などをリハビリ視点で介入し、少量頻回のトレーニングを行うことで寝たきりを防止、改善しています。寝たきり防止チームを創設し、介護士をリハビリチームの一員として専門性を発揮してもらうべきだと考え、提言しました。

今回の診療報酬、介護報酬、障害福祉サービスのトリプル改定では、我々が主張してきた、病院での介護福祉士、介護士の重要性に少し光が当たってきたようです。

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提言5 療養病床から慢性期治療病床への転換に向けて
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「療養病床」と聞くと、患者さんも医療従事者も‘‘療養する病棟‘‘と思ってしまいます。しかし現実は、患者さんはほとんどの人が治療のため、リハビリテーション目的のために入院すると答えています。そして医療者は治療して治しています。しかし、厚生労働省が調査した資料(令和3年度入院医等の調査・評価分科会とりまとめ資料編)では医療区分2の患者が3か月間療養病床に入院して、改善3.5% 変化なし81.4% 悪化15.2%との結果が示されました。これにはからくりがあり、療養病床の医療区分では治療困難な難病やCOPDなど慢性疾患と、治療しなければいけない肺炎や、尿路感染症、出血、嘔吐、褥瘡などが混在して医療区分2とされています。そして治療して治ってしまうと点数の低い医療区分1に変わってしまいます。そのため治療して改善する病名は付けずに治療困難な慢性疾患などを病名とするため3か月経過しても変化なしとなり、点数も変化なしとなる一種の経営努力をしているのではないかと思われます。医療区分に治療しなければいけない疾患と治療困難な疾患、処置、状態像などが混在していることは、現在の状態のみを評価することになるため、アウトカムが見えにくいと指摘しました。今回の改定で見直されることを期待しています。
日慢協は、「療養病床」の名称を実態に合わせた「慢性期治療病棟」へ転換することを提言いたしました。

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提言6 病院給食に栄養はあるか? ~寝たきり防止への栄養管理~
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病気を治す、体力をつける、元気になるには栄養が不可欠であることはだれしもわかっています。しかし、病院給食では寝たきり防止や、その状態を改善することは困難です。栄養量が足りないからです。私が運営している千里リハビリテーション病院(以下「当院」。回復期リハビリテーション病棟退院患者81名)の調査では2015年時点で73%の患者が全量摂取していたにもかかわらず、約80%の患者さんが退院時に体重減少していました。回復期リハビリテーション病棟協会の調査でも同様の結果が示されています。また、急性期病院退院時にも極端な体重減少は多く見られています。つまり、患者さんが必要としている栄養量が病院給食に不足しているということです。当院では、リハビリテーション量や疾患を加味した計算にやり直し、基準化栄養量を平均1日1500Kカロリーから1800Kカロリーに増加しました。その結果、2016年の調査ではほとんどの患者の体重が変化なしから増加に転じました。給食費を増加させずに栄養量を満たすための工夫(ドレッシング、揚げ物を増やすなど)もいたしました。現在の病院食はダイエット食になっています。改善する工夫が必要です。又、給食費用(640円/食)は25年前から変わっていません。材料費、人件費、光熱費の上昇を考えると非常に問題であると考えます。患者さんの栄養量、食事の質を改善し、病院給食は美味しくない、という概念を変えたいと思います。

今回、患者の自己負担額ではありますが、25年ぶりに給食費用がアップすると聞いています。

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提言7 訪問リハビリテーションの実践的活用法 ~早期集中型訪問リハビリの可能性~
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訪問リハビリテーションについて当院での試みも交えて提言しました。訪問リハビリテーションは患者、家族の生活の場でトレーニングが行える、社会環境も見ることができるなど理想的なリハビリテーションの場と言えます。しかし、現状の訪問リハビリテーションは圧倒的に量が不足しています。アウトカム評価に伴う、質の確保が必要ではないかと考えました。
有用な制度のため、量の増加、適切な期間、質の確保などを行い効果的なリハビリテーションを行えば、在宅での寝たきり防止に大きく役立つと考えます。

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提言8 感染防止と療養環境改善に寄与する個室の規制緩和
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新型コロナウイルス感染症のパンデミックを経験した私たちが考えなければならないことは、今後も起こりうる感染症との闘いに備えることです。その一つが個室化であり、現在の個室50%規制緩和を考えていただきたいと提言しました。また、療養環境もさることながら、当院の調査では個室患者の活動性は多床室患者の2倍以上になっていました。寝たきりは病院で作られるという不名誉な現象の要因の一つに多床室があるのではないかと考えます。

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提言8 医療介護の人材確保をどうするか?
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現在、医療介護人材の確保は、労働人口全体の減少、賃上げ原資不足による格差拡大・他産業への流出、働き方改革による労働力減少の3重苦にあえいでいます。医療・介護の業界には人員基準があるため、人材確保は必須です。当協会では、アンケート調査を行い、紹介会社からの就職状況、紹介手数料について調べました。回答施設のうち77%が有料紹介会社を利用し、新入職者の4人に一人が紹介会社経由でした。紹介手数料は1施設当たり平均812万円であり約3割が1000万円超、5000万円支出の施設もありました。その原資が社会保険料と税金からであり、医療介護業界の公定価格と紹介手数料の自由価格では歪みが生じています。厚生労働省の調査では紹介手数料総額は1215億円となり、国民医療費+介護医療費の0.2%に相当します。大きな問題であり、医療介護体制持続のためには業界一帯での取り組みが必要と提言しました。

今年は、診療報酬などトリプル改定の年です。また、人材不足、物価、光熱費高騰など経営的にも厳しい年になりそうです。報酬アップを願うという、他力本願になりがちなのですが、私たちの努力も必要です。品質を高める教育と仕組み、それを皆様に知ってもらうための広報活動、どんどん変わりつつある社会やDXに取り残されないような経営戦略が今までにもまして必要になってきております。
これからも様々な課題を皆様と共に考え、解決していきたいと思います。今後ともよろしくご指導、ご鞭撻をお願い申し上げます。

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