年頭所感2020 日本慢性期医療協会 会長 武久洋三

会長メッセージ

年頭所感2020 日本慢性期医療協会 会長 武久洋三

 いよいよ2020年です。スパッとキリの良い年ですが、ここ数年、医療介護業界にとって厳しい状況が続いています。厚労省は2020年度診療報酬改定のために中医協や入院医療等の調査・評価分科会が頻回に開催され、大きな論争になっていますが、2021年に予定されている介護報酬改定にむけても、介護保険部会や介護給付費分科会がたびたび開催されています。改定直前でなくても問題が山積みであるということなのでしょう。

武久洋三・日本慢性期医療協会会長 医療と介護は別々のものであるという人もいるし、厚生労働省でも担当部局も違うからと思っている人もいるかと思いますが、1人の人間が病状によって医療保険と介護保険を行ったり来たりしていることも事実です。

 2010年の65才以上高齢者は、2924万人であったのが、2025年には3677万人、2045年には3920万人となると言われています。現在、人口が減少している地域でも、医療や介護が必要な対象者は確実に増加しています。ところが、日本は2010年から人口が減少に転じて、はや10年経過しました。

 厚生労働省が発表した2019年の人口動態統計の年間推計によると、日本人の国内出生数は86万4千人で、出生数が死亡数を下回る人口の「自然減」も51万2千人となり、人口減少が加速化しています。出生数は90万人を下回り、戦後の第1次ベビーブームに最も多く生まれた270万人の1/3以下です。今や少し先の未来を考えるだけでも空恐ろしくなります。

 人口が減れば税収は減り、国民の購買力もますます低下します。つまり、日本は沈没の危機に瀕しています。でも不思議なことに政府は切羽つまっているようには見えません。さすがに医療や介護業界に対する締め付けは継続していますが、日本の一大事と思っている風には見えません。

 しかし私は日本の存亡の機であると感じています。だからこそ、日本慢性期医療協会を代表して意見を述べさせていただく時には、将来に対するリスクマネジメントについて、皆さんからは少しオーバーではないかと思われるくらいのことを発言しています。しかし、これから高齢者がさらに増加する日本の医療や介護の必要量を適正化していかなければたいへんなことになるのです。

 誰もが皆、元気で長生きすることを望んでいます。でも日本人の平均寿命と健康寿命との差は依然として10年以上の開きがあります。この10年間に使われる医療費と介護費を考えると、これから先、500万~1000万人も増える高齢者の数を考えると、相当な覚悟を持って医療や介護の必要量の適正化に挑まなければなりません。

 その解決方法は、根本的には健康寿命と平均寿命の差を半減させることです。つまり「元気で長生き」なのです。正に人間の寿命が尽きる寸前まで元気でいてくれる事が一番なのです。そのためにはまず医療や介護が必要な状況を改善することでしょう。「寝たきり」は急性期病院で作られるという事実が明らかになってきています。

 2006年の診療報酬改定で、7対1一般病床が新設され、医療療養病床に医療区分が導入されました。あれから約15年、この間に7対1一般病床を有する急性期病院に入院する高齢者が倍増しているのです。高齢者が増えれば看護ケアだけでなく、介護ケアの必要量が増えるのは当然ですが、7対1一般病床では、看護職員が手厚く配置されています。しかしその配置数は今も増えていません。しかし高齢入院患者の倍増で、明らかに看護ケアだけでなく介護ケアの業務量が増大しているのです。

 認知症状の見られる患者も増え、歩行不安定な患者も増え、夜中にうろうろ徘徊する人が増えると、夜勤帯の看護職員は、気が気でありません。そこで不慮の事故を防ぐために、患者が自分でトイレに行ったりしないように身体拘束を行い、患者のオムツ交換をしなくていいように膀胱留置バルーンカテーテルを挿入することが多くなり、ひどい場合には病棟入院患者の半分の患者にそのような対応をしている病院すらあります。

 この20年足らずの間に急性期病院で寝たきりにされてしまっている高齢患者が増えているのです。1か月近くも拘束されてバルーンカテーテルを入れられて、ろくなリハビリテーションもされず、ベッドの上でじっと動かないようにされた結果、関節が固まってしまうのです。

 そのような状態で急性期病院から回復期リハビリテーション病棟を有する病院等に紹介されて集中的なリハビリテーションを実施しても、なかなか一度固まってしまった関節を動かせるようにするためには、大変な労力が必要であり、努力しても歩けない要介護者が激増しているのです。このような体制を改善もせず、病院からどんどん寝たきり状態に近い患者が介護施設にやってきては、介護施設がいくらあっても足りませんし、介護費用も果てしなく増えていきます。

 これらを解決するために、私が、2019年8月8日の日本慢性期医療協会理事会において急性期病棟に「基準介護」の導入を提案したのです。周囲の先生方から驚きのまなざしで見られましたが、後からそのことに同意してくれる人たちも増えてきています。

 日本看護協会も後に「看護補助者」を増やしてほしいという主張をしてくれたことは、誠に適時かつ適切な表明でした。ただ、一般的には介護をする職員は、介護福祉士を主体とする介護職員といいますが、日本看護協会は、彼らのことをいまだに「看護補助者」と呼び、看護師の配下であることにこだわっているように思います。しかし病棟での介護ケアニーズの高まりは理解されているので、嬉しく思いました。

 病棟に介護職員を20対1配置すると、患者40人の病棟で10人の介護職員が配置されます。夜勤も看護師2人と、さらに1人の介護職員が入って、夜間の介護ケアを一手に引き受けてくれれば、夜勤の看護師は大いに喜ぶと思いますし、その結果、患者のトイレ誘導など、より手厚い介護ケアを行うことによって、より要介護状態に陥るリスクが減ることは間違いありません。

 急性期病院での介護ケア拡大により、「寝たきり」患者は確実に減ります。さらに積極的なリハビリテーションを行うことによって患者の在宅復帰が期待できます。さすれば、介護保険施設も少なくて済み、介護にかかる国の予算も半減するでしょう。

 もう一つの問題は、急性期治療によってもたらされる高齢者の低栄養、脱水の患者が慢性期病院に大量に紹介されてきていることです。慢性期病院では、主病名の急性期治療の結果生じた低栄養や脱水状態に陥った高齢患者の治療に悪戦苦闘しているのが現実なのです。これらの症状は治療すれば確実に良くなります。しかし、高齢患者の治療経験の少ない医師にとっては、彼ら患者を終末期状態であると思うのでしょう。

 人間が生きていくには高齢者でも1日1500kcalの栄養と1500mlの水分は必須なのに、急性期病院の中には、その半分どころか1/3程度しか投与しないで平気な医師がいます。未必の故意の殺人と言われても反論できないのではないでしょうか。医師は自分たちがそんな状態にしたという自責の念は全くなく、「終末期ですが、看取りをお願いします」といった意味合いの紹介状を書いて紹介してくる医師の気が知れません。

 がんなどの悪性腫瘍や難治性の神経難病の場合、終末期としての対応を選択する場合もありますが、人為的に作られた低栄養や脱水状態の患者は、適切な治療を行うことによって確実に軽快します。良質な慢性期医療を提供している病院は、不適切な急性期医療の後始末を必死に行っているのです。そしてリハビリテーションを行って、日常生活復帰される実績がどんどん増えている病院が、日本慢性期医療協会の会員病院にはたくさんあります。

 療養病棟を持ちながら、日本慢性期医療協会に入っていないケアミックスの病院はあいも変わらず急性期医療の結果、生じた「えせ終末期」の患者を大した治療もせず、終末期対応をしている病院も多いようです。1日に必要な栄養も水分も十分に与えないで「病気に勝て」と言っても、とても無理なことも理解できていない医師がまだ世の中にはたくさん存在していることに戦慄を覚えているのは私だけではないでしょう。慢性期病院が急性期病院の後始末に明け暮れるのだけは勘弁して欲しいものです。

 その患者ごとに有している寿命を全うできるようにお手伝いをするのが医療です。その寿命を医療的に短縮させていることに無頓着な医師には猛省を促したいと思っています。今年は、地域病病連携推進機構の活動を通して、急性期医療を担う医療機関とその後を担う医療機関との連携を改善し、「元気で長生き」できる日本人が少しでも多くなることを願っています。

 最後に一言。
 リハビリテーションとは歩かせることが最優先でないことを理解してください。リハビリテーションで最初に目指すことは動物復帰です。すなわち自分で食べて自分で排泄できるようになる機能の回復を第一に考えましょう。鼻から管を吊って、オムツをして、ガニ股で、一生懸命歩行訓練するのは、優先順位が違うことに早く気が付いてほしいものです。

 さあ、慢性期医療の存在感と重要性が国民に理解される時代はすぐそこまでやってきています。今年もより良い慢性期医療の発展のために、皆さん頑張りましょう。
 

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