慢性期医療の使命と役割 ── 橋本会長が記念講演

会長メッセージ 協会の活動等 役員メッセージ

橋本康子会長_第48回通常総会記念講演_2023年6月28日

 日本慢性期医療協会は6月28日、「第48回通常総会記念講演」を開催し、橋本康子会長が「慢性期医療の使命と役割」と題して見解を述べた。寝たきり防止に向け、情報連携やアウトカム評価の必要性などを訴えた。

 橋本会長は講演で、今後の人口減少を見据えた施策として「寝たきり防止」を主要な課題に挙げ、現行制度の問題点や改善策などを提示。当会が有するノウハウを共有化し、患者が一貫したケアを受けられる体制の整備に意欲を示した。

 講演の前半は、少子高齢社会における課題を踏まえた慢性期医療の役割について、後半はこれまでの記者会見で示した提言を改めて紹介する内容となっている。

 講演の模様は以下のとおり。なお、講演資料は日本慢性期医療協会のホームページをご覧いただきたい。
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「支え手」から「治し手」へ

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00_第48回通常総会記念講演_2023年6月28日

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〇井川誠一郎副会長
 ただいまより、第48回通常総会記念講演を開始する。座長は当会の池端幸彦副会長が務める。

〇池端幸彦副会長
 本日の講演は、慢性期医療の使命と役割 ~「支え手」から「治し手」へ 医療介護の力を発揮するとき~と題して、橋本康子会長にお話しいただく。

 橋本会長は昨年6月の当会の総会で武久洋三先生の後を継ぎ、当会の第5代会長に就任された。毎週の記者会見での提言などからも伺える通り、橋本会長は精力的な活動を展開している。それでは橋本会長、講演をお願い申し上げる。

〇橋本康子会長
 副題に「支え手から治し手へ」と記している。私たちは慢性期医療を担う医療従事者として、支えるだけでなく治療にも取り組まなければならないと考えている。本日は、こうした視点から「慢性期医療の使命と役割」について具体的に述べたい。

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医療介護体制の根本的な見直し

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 まず、「医療介護体制の大前提」について触れたい。2020年から2070年の間の推移が注目されているが、特に2040年が問題視されている。2040年が問題とされる理由は、高齢者の数が3,928万人に達し、ピークを迎えるためだ。それ以降、高齢者の数は徐々に減少して3,367万人になる。

 高齢化は一面の問題であるが、2040年以降、さらに深刻な問題として現れるのは働き手、すなわち現役世代の数の急激な減少である。

 高齢化自体は必ずしも悪いことではなく、長寿であることは素晴らしいことだ。日本の長寿は世界に誇るべき点である。

 しかし、問題となるのは現役世代の数の減少である。これが進むと、高齢者の数が若干減少したとしても高齢化率は増加の一途をたどる。これにより、私たちは医療介護体制の根本的な見直しを迫られる状況となる。

 確かに、介護職員、薬剤師、看護師、医師といった医療従事者が不足していることは明らかである。しかしながら、私たちは医療の担い手として、ただ不足を嘆くばかりでなく積極的な対策を練り、実行していかなければならない。

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健康に過ごせる時間を最大限に

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 長生きすることは喜ばしいことであるが、高齢化における問題点として、平均寿命と健康寿命の間に約10年の開きがあるという現実を考える必要がある。

 この10年間は、一般的に健康状態が低下し、介護が必要になる時期である。要介護度2から徐々に寝たきりの状態になる人が多く見られる。

 重要なのは、この不健康な時期をできるだけ短くし、健康寿命を平均寿命に近づけることである。健康寿命が80歳や82歳になると、病気になる期間を限りなく短くすることができる。例えば、女性であれば、病気になるのが1年間だけで済む。

 人はいずれ亡くなるものであるから、健康に過ごせる時間を最大限にし、その後の不健康な時期を短くするべきである。これは、政府や厚生労働省の問題だけではなく、私たち一人ひとりにとっての課題である。私たちが積極的に取り組むべき事項であるため、深く考え行動する必要がある。

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寝たきりの防止を目指すべき

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 高齢化社会において3つの課題が挙げられる。第一に、高齢化が進むことで要介護者が増加するという問題がある。第二の課題として、就労人口の減少が挙げられる。

 これらの問題に対する解決策として、私たちにできることは限られている。国家予算を増やすなどの大規模な対策は私たちの手には余りあるものであるが、寝たきりの状態を減らすことは可能であり、かつ重要な役割である。要介護者を減少させ、寝たきりの防止を目指すべきである。

 要介護者が増えると、それに応じて介護を担当する側の人数も増える必要がある。しかし、介護される人たちの数が減れば、それに比例して介護を行う側の人数も減らすことができる。これは、介護福祉士の人数が少なくても対応が可能になることを意味する。積極的に寝たきりの状態を減少させる努力をすることが重要である。

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要介護者の増加と就労人口の減少

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 2000年から22年までの過去22年間で、65歳以上の人口は1.6倍に増加している一方、寝たきりの人数は2.3倍に増加している。

 2000年当初に「寝たきりゼロ作戦」が掲げられ、寝たきりを減少させ、寝たきりのない国を目指すという国家的な取り組みがあった。しかし、そのうちにこのスローガンが忘れ去られてしまった。寝たきりの人数が減少せず、むしろ増加する傾向にあった。単なるキャッチフレーズでは問題解決には至らない。

 日本の急性期医療が寿命を延ばし、命を救っているものの、病院が寝たきりの状態を作り出しているという現実に目を向けるべきである。そうした中で、慢性期医療が果たす役割が重要となる。

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 もう1つの問題として挙げられるのは、就労人口の減少である。これは避けがたい現象であり、少子化を食い止めることが解決策となるかもしれないが、それは容易ではない。

 介護や医療分野では、将来的に1,000万人の人材が必要とされている。しかしそれだけでは不足であり、現行の予測でも100万人の人材不足が見込まれている。この人材不足を解消するためには、新たな人材を育成する方法を模索する必要がある。外国人雇用も1つの選択肢となり得る。

 しかし、我々が目指すべきは、1,000万人の人材が必要とされる状況を回避し、800万人程度で済むようにすることである。これは、寝たきりの人数を減らし、介護が必要な人を少なくすることで実現可能である。この目標を達成するために具体的な取り組みが必要である。

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年金制度のような考え方でいいのか

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 2040年には全就労人口が10%減少するとされている。一方で、医療分野だけでなく、人口が20%近く増加する必要がある。これが実現可能かどうか疑問が残る。

 人材の確保は非常に厳しい課題となる。努力は必要であるが、難易度が高い。将来、就労人口が増加する可能性があれば何とかなるかもしれないが、それも困難である。

 人材の確保が必要ではあるものの、それが困難である場合、到達できる可能性が低いと判断されるならば、別の手段として生産性の向上が考えられる。

 これは他の業界でもよく言われることである。人手が不足している場合、生産性を向上させることが1つの解決策になるという。

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 生産性の向上とは具体的に何を意味するのか。医療や介護分野における生産性の向上とは、「投入されるリソースに対してどれだけの成果が得られるか」であろう。具体的には、インプットとして人的リソース、アウトプットとしてケアの成果が考えられる。

 例えば、看護師や介護スタッフ10人を雇用したとする。ここでの問いは、この10人のスタッフがどれほどの成果を上げることができるかである。具体的には、「医療福祉従事者」が分母となり、「要介護にならない人」が分子となる。

 このスタッフたちの力で要介護状態にさせず、健康な状態を維持させるのが、ここでの生産性である。例えば、10人のスタッフが担当する100人の高齢者のうち、50人を要介護状態にならないようにした場合、10人のスタッフで50人の高齢者をケアしたことになり、この場合の生産性は「5」であると言える。

 もし、100人の高齢者全員が要介護状態にならなかった場合、生産性は「10」となり、これは非常に高い生産性を持つ施設であると言える。逆に、生産性が「1」や「0」である場合は、担当する高齢者全員が寝たきりの状態になってしまう。

 こうした施設において1人でも2人でも要介護状態を防ぐことができれば、わずかながらも生産性が上がる。ただし、それがゼロである場合、生産性は皆無である。

 現状に目を向けると、分母である医療福祉従事者の数が減少し、分子である要介護状態の高齢者が増加している。その中で、「支え手不足」の対策に焦点が当たっていないか。

 すなわち、どのぐらいの従事者でどれだけの高齢者を支えるかという観点で問題を捉えている。このアプローチは、年金制度のような考え方に等しい。「1人の高齢者を何人の医療従事者で支えるか」という視点である。

 しかし、果たしてそうだろうか。私たちは要介護高齢者を支えるだけでなく、健康を回復させ、寝たきりにならないようにする方向で対応策を検討すべきではないか。今こそ、考え方の転換が必要である。

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寝たきりは治せる

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 では、私たちは何をすべきか。要介護者数の増加を防止するためには、わずか1%の改善で可能である。具体的には、2021年から2040年までに、65歳以上の人口が12.5%増加することを考慮した場合、要介護者の数を現在と同じ水準に保つためには0.9%の改善が必要となる。これは実質的に1%と考えて差し支えない。

 具体的な数字で示すと、もし100床の施設がある場合、その中でたった1人だけを頑張って歩けるようにサポートするだけでよい。100人いた場合に50人全員をサポートしなければならないわけではなく、まずは1人。これを2人や3人に増やす努力をすれば、明るい将来が見えてくる。

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 そんなことが本当に可能かと疑問に思うかもしれないが、寝たきりは適切な対応で治せる。例えば、脳卒中の後遺症で寝たきりになると言われるが、別の原因による寝たきりも少なくない。

 批判を覚悟で申し上げれば、寝たきりは医原性、つまり医療の影響で引き起こされることが多い。ここに寝たきり防止の鍵がある。

 重要となるのが専門家の介入である。作業療法士の介入による改善効果を示すデータがある。

 疑問に思うかもしれないが、適切なリハビリの介入によって自立する道が開ける。患者をしっかり座らせ、移乗を適切に行い、落ちることなく安定して座らせる。足も床に付けるようにする。

 これを日々繰り返し、1年間行えば、4分の1から5分の1程度の人が自立するという結果が得られる。100人中1人が目標とされているが、実際にはもっと多くの人が自立する可能性がある。寝たきり状態は改善可能であることを認識しなければならない。

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急性期・慢性期・介護が一体となって

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10_第48回通常総会記念講演_2023年6月28日

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 当院に入院した60代女性のケースを紹介する。彼女は軽度の脳卒中を患っていた。左側にわずかな麻痺があったが、それが問題ではなく、極度に痩せて歩けなくなり、寝たきりの状態にあった。栄養不良で脱水症状も見られた。しかし、5カ月目にはしっかりと座り、歩き、退院することができた。

 寝たきりの防止には栄養状態の改善が必要である。起き上がってトイレに行くなどの活動を始める。特に高度なリハビリを行わなくても歩けるようになり、QOLも向上する。

 患者さんは誰しも他人にオムツを替えてほしいとは思っていないし、食事の介助をしてもらいたいとも思わない。基本的な自立を支える活動を進めることが重要である。

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 これはよく紹介する図であるが、急性期と慢性期でのアプローチが異なる。急性期においては、患者が受傷した際にできるだけ能力を低下させないようにし、慢性期ではこれを徐々に回復させ、さらに介護の段階で向上させるという方法をとるべきである。これを実施すれば、寝たきりの状態は減少していくことが予想される。

 急性期では、状態が一度大きく低下してしまうと、どれだけ努力してもなかなか改善しづらいケースもあるため、できるだけ能力の低下を防ぐ必要がある。具体的には、急性期の段階で総合診療医を配置し、「基準リハビリ」や「基準介護」の導入が必要である。

 慢性期のアプローチとして、治療病棟では患者を寝かせるだけではなく、積極的なリハビリや栄養摂取、脱水症状の改善など、多角的な治療を行いながら能力の回復を目指すべきである。リハビリと栄養の両方が重要であり、また個室化も重要な要素となる。介護段階に移ると、訪問リハビリが非常に有効である。

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 以上を踏まえ、これまで記者会見で述べてきた寝たきり防止に関する提言を改めて示す。

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【提言1】なぜ総合診療医が必要なのか?

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 高齢者の特徴として「多病」が挙げられる。高齢者は多数の疾患を抱えている。入院の原疾患となる主病以外の治療も必要となる。

 急性期病院の臓器別の専門医は手術や特定の治療に専念するが、これだけでは高齢者が寝たきりの状態から脱却することは難しい。この状況を解決するために、急性期での総合診療医の存在が有益である。

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 急性期病院では、55%以上の患者が75歳以上で高齢者が大半を占めている。これら高齢者のうち8割が2つ以上の疾患を、6割が3つ以上の疾患を抱えている。主病名以外に様々な慢性疾患を抱える。

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 絶対安静や身体拘束によって、主病に関係なく身体機能が低下する。これは拘縮や筋萎縮として表れる。写真は若い患者だが、関節が拘縮してバレリーナのような状態になっている。

 約1週間で10から15%の筋萎縮が起こる。1カ月間も寝たきりでいると筋肉はほぼ半分に萎縮し、起き上がって歩くことができなくなってしまう。拘縮は1週間で徐々に始まる。1年や2年もかからない。

 1~2カ月でこれらの症状が表れ始めるため注意が必要である。急性期病院に入院している間に、これらの症状が徐々に出る。これを防止するために、また発生しないようにするために相応の人数のスタッフが必要となる。
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■ 入院時の状態による改善傾向
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 ここで紹介するのは当院のデータである。入院時に要介護度が5に達してしまうと、通常、退院時も要介護度5のままである。改善してもせいぜい4である。

 しかし、要介護度4で入院した場合、退院時には要介護度が1まで改善し、歩けるようになることも多い。

 FIMスコアでも同様の傾向が見られる。13点になってしまうと、歩いて帰れる人はほとんどいない。しかし、スコアが20点、30点台の場合は、約3分の1の人が歩いて帰ることができる。50点から60点の範囲では約9割が歩いて帰れる。

 そのため、入院時にFIMスコアを13点以下に落とさないようにする必要がある。患者の機能を維持し、低下させないことが急性期における重要な役割である。

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 そこで、患者と医師の関わり方を考える。臓器別専門医による主病の治療に加え、全身の治療ケアが必要となる。多病の患者や廃用症候群などの問題に対し、総合診療医が関与するのが望ましい。臓器別専門医と総合診療医を組み合わせ、専門治療と寝たきり防止を両立させるべきだ。
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■ 総合診療医の育成を
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 では、総合診療医の育成をどのように進めるべきか。最近、他の医師や大学の教員とも話し合った。大学の医学部教育や看護教育、リハビリ教育において、高齢化社会における教育内容の見直しが必要であることが浮かび上がってきた。

 高齢者が増え、寝たきりやリハビリの必要性、さらに認知症といった問題が増えている。日本社会は50年前と比較して大きく変わってきているが、医学教育や看護教育のカリキュラムは大きく変わっていないのが現状である。

 もちろん、臓器別の疾患の勉強は非常に重要である。しかし、現代の日本において医療が必要とされる分野は、高齢化が進む中でリハビリや認知症に対する対応が中心となっている。これらのトピックは、教育の中で十分に取り扱われていないのではないか。

 私自身の経験から言うと、学生時代には、こうした問題はほとんど教育されていなかった。卒業時にも深く考えることはなかった。卒後数十年が経過したが、現在の教育が私の卒業時よりも進歩しているかは定かでない。

 リハビリに関する知識や必要性は以前より広がっているかもしれない。しかし、総合診療医に関して十分な教育がなされていない可能性がある。教育の充実を図る必要がある。

 サブスペシャリティの前の2年間程度、総合診療の研修が必要である。多様な疾患と向き合うために不可欠なステップである。

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 一方、キャリア医師を対象に私ども日本慢性期医療協会が実施しているのは「総合診療医認定講座」である。

 これまで各分野の専門医として活動してきた医師たちは大学病院や市中病院に永遠にとどまるわけではない。回復期や慢性期の医療に移ることもある。

 こうした変化に伴って、総合診療医として新しいキャリアを築く必要が生じる。その際に、再教育の場として、当協会では「総合診療医認定講座」を提供し、医師たちが新たな分野での活動に備えられるよう支援している。

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【提言2】なぜ基準リハビリ、基準介護が必要なのか?

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 拘縮や廃用予防のためには医師だけでは不十分で、他のスタッフにも協力してもらう必要がある。医師は指示を出す。他の専門職がリハビリや直接介護を担う。

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21_第48回通常総会記念講演_2023年6月28日

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 人数が多ければ多いほど対応できる範囲が広がる。しかし、急性期の病院では、看護師と看護補助者が主に活動しており、リハビリ関連の人員が不足している。

 そのため、リハビリにおける基準を整備する必要がある。回復期リハビリ病棟や地域包括ケア病棟には「基準リハビリ」が存在する。人数は少ないものの基準は設けられている。

 急性期病院でもリハビリの基準を充実させる必要がある。例えば、リハビリの実施日数の基準を設定する。土日や祝日にリハビリが行われないことが多く、ICUやCCUにリハビリの人員が不足している。人員の数やリハビリ内容を基準化し、廃用症候群などを予防するための対応が必要である。

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22_第48回通常総会記念講演_2023年6月28日

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 人員の配置と業務内容を明確にする必要がある。寝たきりの高齢者を介護施設に送ることなく、適切なケアを提供するためである。人員配置によりケア時間を確保し、業務内容の明確化で身体機能の改善を図る。このように「量」と「質」の面から基準介護(リハビリテーション介護)が必要である。

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23_第48回通常総会記念講演_2023年6月28日

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 適切なケアが行われれば、寝たきりの状態も改善される。例えば、ただオムツを交換するだけでは解決しない。たとえ人数を増やして毎日オムツを交換しても、寝たきりの状態は変わらない。

 しかし、1日1回でも2回でも、できれば2時間おきにトイレ誘導を行い、排泄のパターンを確認する。そのパターンに沿ってトイレ誘導を行い、患者に感覚を覚えさせ、意思表示を促すと寝たきりの状態が改善される。

 これは医師にはできないし、看護師にもその余裕はない。介護福祉士がこの役割を担うのが最適である。
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■ リハビリ介護技術の習得
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 介護スタッフのリハビリ技術が重要となる。トイレ誘導やトイレトレーニングを行う際、力任せに患者を移動させるような方法は介護士や介護福祉士が腰を痛めるリスクがある。転倒の危険性も増す。

 リハビリ介護は、患者の残存能力を活用しつつケアを進める。1回目より10回目、10回目より50回目と、患者が徐々に自立に近づくようなケアを目指す。

 リハビリ介護技術はリハビリスタッフから学ぶことが可能である。一部は難易度が高いかもしれないが、基本的な技術はそれほど複雑ではない。例えば、「足をこのように配置し、重心をこう移動させる」という手順で簡単に患者を立たせることができる。これらの技術を身につけ、適切なケアを行うことが必要である。
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■ 介護専門能力の活用
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 介護専門能力の活用も必要だ。介護能力を有する者に特定の業務を行わせるべきである。しかし、現在は介護職の業務が明確化されていない。介護職は入浴介助を行う一方で、食器洗い、掃除、ゴミ捨てといった多岐にわたる業務に従事している。デイサービスの送迎も介護福祉士が担当している。

 これらの業務を整理し、直接介護と間接介護に分ける。介護福祉士は専門的な勉強をしているので、患者に直接関わる介護を担う。一方、介護助手は最初のうちはベッドメイキングや掃除、ゴミ捨てなどを担当する。

 例えば、昨日までアルバイトの店員であった人が、突然、食事の介助を行うよう指示されても、その能力を持っていない可能性が高く、危険である。

 しかし残念なことに、人手不足のため現在はこうした状況も生じている。介護職の経験が全くない人がいきなり入浴介助を行うケースもある。解決策を考える必要がある。

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【提言3】療養病床から慢性期治療病床への転換に向けて

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26_第48回通常総会記念講演_2023年6月28日

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 療養病床は目的を明確にしてアウトカムを出す必要がある。療養病床は今や「療養」や「養生」の場ではなく、「治療」の場である。すなわち、「慢性期治療病棟」である。慢性的な疾患を持つ患者を治療する病棟である。

 こうした目的が明確であるならば、「療養病床」ではなく「慢性期治療病棟」という名称に変えて、その目的をより明確化すべきである。

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27_第48回通常総会記念講演_2023年6月28日

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 療養病床に入院する患者は療養目的ではなく、治療目的のために入院していることは明らかである。

 これは厚生労働省のデータだが、入院する人の約7割が治療目的である。リハビリのために入院する人は13%を占め、両方を合わせると、85%近くの人が治療とリハビリのために入院している。

 療養目的や看取りのために入院する人もいるが少数である。治療を求める人は何らかの疾患を抱えている。痛みや発熱、体の不調など、何らかの疾患があるために治療を求め、入院するのである。
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■ 療養病床では改善しないのか?
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28_第48回通常総会記念講演_2023年6月28日

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 治療の成果はどうか。厚労省のデータによれば、8月1日時点で医療区分2に分類されていた患者が3カ月後の10月30日にどうなったかが示されている。

 それによると、医療区分2だった患者のうち、3カ月後に状態が良くなった患者はわずか3.5%にとどまっている。81%が変化なし、15%が悪化したというデータになっている。

 これを見ると、療養病床の必要性に疑問が生じるかもしれない。変化がないケースが8割を占め、3カ月の入院にもかかわらず何も変わっていないのである。「家で寝ていても同じではないか?」と思うかもしれない。

 しかし、それは違う。患者は治療目的で入院している。入院して治療を受けた結果がどうなったのか、このデータだけでは見えないのだ。3カ月の間にどのようなアウトカムの変化があったのか、より詳しく分析する必要がある。
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■ 医療区分の問題点
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 治療の結果がどうなったか、なぜ明らかにならないのか。例えば、医療区分2の患者がCOPD(慢性閉塞性肺疾患)である場合を考える。発熱し、食事もとれない状態で入院した。

 調査の結果、患者は尿路感染症であることが判明したとする。COPDは短期間で治療が難しい病気であり、病状を悪化させないようにする必要がある。一方、尿路感染症は治療しなければならない。体温が39度まで上がっていれば抗生物質を投与する。

 このように、悪化させないために管理が必要な疾患と、積極的に改善すべき疾患が混在しているのが現状である。

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 図示すると、青い部分は現時点では治療が難しい疾患。赤い部分は積極的に治療する必要がある疾患。異なる性質を持つ疾患が混在している。

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 この混在が、なぜ治療の成果が明確でないのかを理解する上での鍵となる。医療区分2に属する患者がCOPDと診断された場合、退院時も同じ医療区分2である。そのため、同時に患っていた尿路感染症が改善したのか、悪化したのか、あるいは変化がなかったのかが明確にはわからない。

 COPDの患者が医療区分2に属している限り、その区分は変わらず、したがって点数も下がらない。これが多くの患者、およそ8割に当てはまる。

 しかし、もし患者がもともと特定の疾患を持っておらず、尿路感染症で入院した場合は、治癒したと判明した際に医療区分1に変更され、点数が1,414点から968点に下がる。治療が成功したという結果が出ると点数が下がる。

 COPDの場合には区分が変わらないため点数も変わらず、治療の成果(アウトカム)が明確には見えない。医療区分制度が抱える大きな問題点である。
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■ 慢性期治療病棟へ
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 望ましい改善は、慢性期治療病棟、あるいは療養病床に入院している患者の治療結果が明確にわかるような仕組みである。

 病床の目的を明確にし、病状を悪化させないように管理する疾患や維持管理が必要な疾患は存在する。しかし、同時に積極的な改善が必要な疾患もある。これには発熱や脱水、疼痛などが含まれる。

 これらの疾患を治療した結果を明確に把握できるようにする必要がある。そして、治療に成功した場合は、それを反映して点数を上げる仕組みが望ましい。

 現行の制度では、治療に成功しても点数が下がるという問題がある。治療の改善が反映されて点数が上がるような取り組みを検討していただくことが重要であると考えられる。

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【提言4】病院給食に栄養はあるか?

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 次に議題に挙げるのは、病院給食である。寝たきりを防ぐためには栄養が不可欠であることは広く理解されている。

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 例として、成人男性に焦点を当ててみる。BMIによる判定基準で22程度が普通体重とされ、25以上は肥満に分類される。理想とされるのは20台だが、60代男性の平均BMIはおおよそ24とされている。健康な範囲ではあるものの、やや肥満に近い。

 急性期病院に入院した時、BMI24の男性がいた。しかし、回復期病院に転院した時、BMIは21まで低下していた。かなり体重が減少している。18以下は「やせ」の範疇に入るが、21はそれに近い。

 問題は、回復期に入院した後でリハビリテーションを行っているにもかかわらず、退院する時点でさらにBMIが低下したことである。もとの24に戻す必要はなくとも、22~23程度まで回復させるべきである。病気により体重が減少しているからだ。

 回復期でリハビリテーションを開始してもBMIがさらに低下してしまうのはなぜか。実は、これが病院給食をめぐる問題を浮き彫りにしている。

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 左側は回復期リハビリテーション病棟協会のデータである。退院時には多くの患者の体重が減少し、痩せていることが確認される。もちろん、通常範囲の体重の人もいる。

 右側のグラフは当院のデータで、入退院時の体重の増減を示している。回復期の入院中にも体重が減少しており、低栄養状態が進行している。10キログラム以上の減少が見られる患者もいる。

 このデータを見て、私たちは当初、患者が食事を摂取していないのではないかと考えた。しかし、73%の患者が病院で提供される食事を100%摂取していた。病院で提供される食事を完全に摂取しているにもかかわらず、退院時に体重が減少している患者が全体の3分の2に上る。

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 私たちは原因を探った。そして、カロリー不足が要因であると考えた。カロリー不足の原因は何かと考えると、1つは給食である。十分なカロリーを提供していない可能性がある。

 また、給食を提供しても患者が全量を食べることができない場合もある。ここで言う患者とは、摂食機能があり、食事を摂取する能力を持つ人たちである。
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■ リハビリや体重増に必要な栄養量はあるか
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 病院基準食の設定に問題がある。当院の管理栄養士に「何キロカロリーの食事を提供しているか」と尋ねたところ、全ての要素を計算した結果、1日に1,500キロカロリー程度だという。

 多くの患者が高齢者や女性であることを考慮すると、1,500キロカロリーから1,600キロカロリーの範囲が妥当とされているので、当院でもそれを基準にしていた。

 しかし、リハビリテーションに必要なカロリーを計算すると、1日に378キロカロリーが必要である。加えて、体重を増やすために1キログラムあたり233キロカロリーが必要である。

 これらの数値を合算すると、約2,000キロカロリーが必要なのに対し、当院では1,500キロカロリーしか提供していなかったのである。600キロカロリーも不足していたため、患者が体重を減らしてしまうのは当然の結果である。そのため、体重が減少する患者が多くいたのだ。
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 1,800キロカロリーに増やした。その結果、体重が減少する人もいるものの、大多数の患者は体重が増加した。毎日リハビリを実施するためには2,000キロカロリーが必要だろう。

 しかし、このことが広く認識されていない。そして問題視されていない。現在の基準では不十分であり、栄養量がもっと必要であることを理解すべきだ。

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 とはいえ、85歳や90歳の高齢者が2,000キロカロリーを摂取するには工夫が必要である。多くの高齢者は大量の食事を摂取することが難しい。そこで、1品あたりの栄養量を増やしたり、食事回数を増やしたりする対策が考えられる。胃瘻造設も選択肢の1つである。

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 柚子胡椒を使用する代わりにタルタルソースを使用すると、カロリーが10倍になる。ネギだけの味噌汁に油揚げを加えるとカロリーが6倍になる。トーストの代わりにクロワッサンを選択すると、カロリーが1.5倍になる。

 唐揚げやアジフライなどの揚げ物を提供することに罪悪感を抱く栄養士や調理師が少なくない。そのため、病院の給食がダイエット食になってしまっている。しかし、カロリーを積極的に増やす必要があり、そのために工夫すべきである。今までの考え方を変える必要がある。

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 しかし、病院給食に対する考え方を変えたとしても、経済的な制約が存在する。現在、給食費は1食あたり218円となっている。極めて低い。1,900円程度あると考えるかもしれないが、その金額には人件費や水道・光熱費も含まれている。

 厚労省の資料によれば、2017年の時点で給食費と材料費を合算した場合、318円の赤字が生じている。それにもかかわらず、給食費の改善は進んでいない。1食当たりの材料費218円では、朝食ならば何とか対応できるかもしれないが、昼食や夕食も同じ218円では厳しい。この予算でカロリーを増やしつつ美味しい食事を提供することは困難である。

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 1998年に1,920円とされた食事療養費は25年間、つまり四半世紀にわたって変化していない。2006年に1,920円を3等分し、1食あたり640円にしたため、一見すると何らかの変更があったかのように感じるかもしれない。しかし、640円を3倍すると1,920円となり、実質的には1998年から25年間、食事療養費は変わっていない。

 何となく上がったように感じている人もいるかもしれないが、それは診療報酬改定の際に、自己負担が例えば260円になったり、100円ずつ増えたことからくる錯覚である。しかし、これは大きな誤解で、それは自己負担の増加に過ぎない。

 食事療養費自体は全く変わっておらず、四半世紀もの間に変化がないというのは問題である。現代の日本でこれが許されるべきではない。特に近年は物価の高騰が顕著であり、人件費も上昇している。食事療養費の改善が必要である。

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【提言5】感染防止と療養環境改善に寄与する個室の規制緩和

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 新型コロナ感染症は多床室の脆弱性を浮き彫りにした。特例措置により個室対応が可能となったが、通常時には医療機関の負担となる。多床室での感染拡大は抑えにくい。
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 病床の50%が個室の場合、室料の差額を全体の50%しか取れないことは医療従事者に周知の事実であるが、一般の方々には知られていないかもしれない。 例えば、100床の病院で全てが個室であっても、室料の差額は50%しか取れない。収入の少ない方々はどうするのか、という問題があるためである。全ての部屋で差額室料を徴収するわけにはいかない。

 私が訴えたいのは、この個室に関する規制を緩和してほしいということ。その理由は、新型コロナウイルスの感染拡大が明確に示している。多床室では感染対策が不十分である。4人部屋で1人が感染すると他の全員が感染する可能性が高いが、個室は感染防止に有効である。

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 それだけではない。個室利用の必要性は、リハビリテーションの観点からも考察する必要がある。患者の活動量を増加させるために個室の利用が不可欠である。個室内での生活が可能になると、患者は歩行する機会が増える。歩行が可能になった患者が個室内で過ごす時間は3時間のリハビリと同等の効果がある。自らの部屋である個室内であれば積極的に歩行する傾向があるからである。

 これに対し、多床室の場合には患者のプライベートな空間はベッド上に限定される。ベッドを一歩離れるとすぐに公共の空間となり、下着姿で歩くなどの自由な動きが制限される。

 しかし、個室であれば、患者は自由に動くことができる。下着姿のままでも洗面所やトイレに頻繁に足を運ぶ。リハビリの効果を高めるためにも個室の利用が必要である。

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【提言6】訪問リハビリテーションの実践的活用法

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 訪問リハビリテーションは非常に高い効果がある。特に寝たきりの予防において、その効果が顕著である。

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 訪問リハビリは主に維持期や生活期に実施されるが、通院できないか、通院が困難な人に限定されている問題がある。通院が可能な人には外来リハビリの参加が奨励されているが、このような制限的な考え方は訪問リハビリの真の有用性を見誤るものである。

 訪問リハビリの利便性と効果を最大限に活かすため、もっと幅広い対象者に提供されるべきである。なぜ訪問リハビリが重要と考えるのか。それはリハビリにおいて「場所」が極めて重要であるからだ。

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 もちろんリハビリの量や質も重要だが、病院では生活の場でのリハビリができない。私は回復期リハビリ病院を運営しているので感じるのだが、入院してくる患者さんにとって病院は“アウェイ”である。病院は彼らにとって馴染みのない場所である。病院ではリハビリスタッフらがいわば主役である。しかし、患者さんが自宅に戻ると状況は一変する。歩けるかどうか、食事ができるかどうかにかかわらず、自宅では患者さんが主役である。

 病院では、「着替えましょう」などの指示が出されるが、自宅では患者自身が自分の生活について意見や要望を持っている。例えば、「ここは階段があり、上がれない」「もともと2階で過ごしていたが1階で暮らそう」など、生活空間に対する具体的な情報や経験を持っている。

 また、「もう少し動けるようになったら調理はこうしよう」「冷蔵庫にはこれが入っている」など、自分の家で何をしたいかという希望が豊富に出る。これは患者さんが自分の生活に主体性を持っているからである。訪問リハビリは患者さんの自宅という環境で、患者さん自身が主役となり、リハビリがより効果的に行えるのである。

 病院で「何をしたいですか」と問われても、患者さんが具体的な希望を持っていることは少ない。自宅であれば様々な希望や要望が出る。目的を持った生活の場でリハビリテーションが行えることが最大のメリットである。したがって、「外来に来られる人には訪問リハビリをする必要はない」という考えは誤りである。さらに、在宅におけるリハビリの量が全く足りていない。

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 リハビリの必要性は、回復期病棟でも地域包括ケア病棟でも存在する。回復期リハビリ病棟の退院後もリハビリが必要であると約半数の人が感じている。他の病棟ではさらに多くの人が感じている可能性がある。

 訪問リハビリの目的として、ADLの改善や維持は当然だが、最も望まれているのは具体的な活動である。例えば、自転車や車、スクーターなどの運転、通学、通勤、買い物、子どもの送迎、職場復帰、弁当作りなど、生活に密着した活動(IADL)である。退院後もこうした活動ができるかどうか、多くの患者さんにとって大きな不安となっている。それなのに、訪問リハビリの量が圧倒的に不足している。
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■ 訪問リハビリで病前の生活に復帰
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 厚労省の関係者や一般の人々の間では、訪問リハビリに対する信頼が乏しいようである。訪問リハビリでは改善があまり見込めないと感じているのか、あるいは訪問リハビリ自体を控えるべきだと考えているのか。理由は明確でないが、提供される量が非常に少ない。

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 訪問リハビリの改善効果はあるか。小脳梗塞で重度の体幹失調のある62歳の男性。回復期入院時のFIMは13点、認知は7点の計20点。気管切開で胃瘻があった。

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 この患者の状態は非常に厳しかったが、訪問リハビリの結果、驚くべきことに走ることができるようになった。入院中のリハビリと同等か、それ以上の効果があった。

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 80歳の女性。退院時に気管カニューレ留置、胃瘻、尿カテーテル留置という、かなり重度の状態であった。

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 しかし、訪問リハビリの導入により、3カ月後には自分の台所で料理ができるようになり、5カ月後には旅行を楽しんだ。訪問リハビリは、退院後の生活の質を大きく向上させる可能性を秘めている。
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■ 訪問リハにアウトカム評価がない
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 訪問リハビリは非常に有用である一方、いくつかの問題が存在する。担当者のみの密室で行われ、リハビリの技術差が生じやすい。質の向上が必要である。訪問リハビリの事業所は小規模であるため、専門的な知識を学ぶ機会が限られている。

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 アウトカム評価がないことも懸念される。訪問リハビリを何回か実施すると一定の点数が付与されるが、患者の状態が良くなったかどうかにかかわらず一定である。訪問リハビリの点数は患者の回復にかかわらず固定されている。

 したがって、訪問リハビリの質を高め、実際の回復に応じて評価を行う仕組みが必要である。具体的には、患者の状態が良くなった場合、より高い点数がもらえるようにするなど、寝たきりの防止にも寄与するような評価基準の見直しが望まれる。

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情報・ノウハウ・人材をシームレスに

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 寝たきり防止には各機能の一体化が必須である。全員が共通の目標に向かい、情報、ノウハウ、人材をシームレスに連携させることが成果を生み出すために不可欠である。

 情報連携においては、同じ言語、同じ評価尺度で評価する必要がある。現在、急性期では評価が不明瞭である一方、慢性期や回復期ではFIM、介護ではBarthel Indexで評価している。

 しかし、これらの情報は相互に理解されていない。情報が豊富にあるにもかかわらず、それが何を意味するのかが把握されておらず、患者が食事ができるのか、歩けるのか、トイレに行けるのかという基本的な情報しか得られていない。

 そのため、急性期・慢性期・介護それぞれの段階で何が必要かという情報が必要である。それと同時に、それぞれの段階に適した人員配置が求められる。

 これらの取り組みにより、医療と介護の間のシームレスな連携が実現し、患者が一貫したケアを受けられるようになる。これが寝たきりの削減につながる。

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寝たきりにしないノウハウを共有

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 日慢協が果たす役割として、寝たきり防止のためのノウハウの共有が挙げられる。日慢協の会員病院は、寝たきりにしないノウハウを豊富に持っている。

 各種の研修などを通じて私たちのさまざまなノウハウを急性期病院や介護施設などと共有する。さらに、慢性期治療のアウトカム指標研究も推進する。これにより、適切なケアと改善に向けた努力が促されるだろう。

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 良質な慢性期医療がなければ日本の医療は成り立たない。今後の日本は人口が減少し、働く人口も少なくなる一方で、寝たきりの人が増えてくる。日本が持続的に成り立つように今後も活動していく。

〇池端副会長
 記念講演にふさわしい素晴らしいご講演に感謝する。日本が持続可能であるために日本慢性期医療協会がどのような役割を果たさなければならないか、示唆に富む講演であった。

〇井川誠一郎副会長
 これからも日本慢性期医療協会への温かいご支援をよろしくお願い申し上げる。以上で第48回通常総会記念講演を終了させていただく。

                          (取材・執筆=新井裕充) 

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