平成30年年頭所感 日本慢性期医療協会会長 武久洋三

会長メッセージ

171226_武久会長

 会員の皆様、新年明けましておめでとうございます。
 いよいよ今年は医療・介護の同時改定の嵐がやってきます。
 会長の私としては、医療保険部会委員、介護保険部会委員、介護給付費分科会委員など、また、池端副会長は、今ではむしろ中医協より重要と言われている「入院医療等の調査・評価分科会」の委員として、同時改定に直結した委員会に属しています。

 昔の診療報酬改定と違って、密室で行われることもなく、資料もオープンであり、国民が直接、目にすることが出来ます。そうなると必然的に恣意的で一方的な改定など出来るわけがありません。委員会での委員の発言や各方面の意見をよく聞いた上で、最大公約数的に国民が「なるほど、最もだ、さもありなん」と言う改定をしなければなりません。

 最大公約数的改定となると、従来からの大きな圧力団体や、政権をサポートする有力者の意見ばかり聞いていては、庶民感覚とズレた改革とならざるを得ません。そうです。ガラス張りの中での改定は、どこかに偏ることなく、利益は国民に帰属すべきものとならざるを得ません。その基本方針のもと、支払側や事業所側の双方の納得のいく着地点を探りながらの改定は、いつもながら、保険局、老健局の担当の人たちの努力には頭が下がります。

 介護保険の方は、そろそろ概略が見えてきました。介護給付費分科会も12月13日で一応終結し、その審議報告のもと、介護報酬の単位付けが新年より行われます。何より、どちらかと言えば抑制されていた社会福祉法人等の介護事業所への医療の提供が大きく評価されたことは特筆ものです。

 これまでは、特養といえば、医師は嘱託医が週に1~2時間来るだけで、看護師も入所者定員100人に3人という法定人員なのに、「看取りを特養でどんどんやれ」という大合唱だったのです。要介護者自身もそうでしょうが、家族だって、大切な身内が医師も看護師もいない夜中に、歳をとった介護のおばちゃんともいわれる人に「さみしく看取られる」ことを国は推奨してきたのです。人間一人が死んでゆくのです。しかもその人たちは太平洋戦争後の日本を、目をみはるように、見事な復興を成し遂げてくれた人たちなのです。日本の恩人がこの世を去ってゆく時に「残った人たちの見送る態度としていかがなものか」とかねてから疑問に思っていたのです。
 せめてもの礼節をもって、医師や看護師がその場にいて、苦しみを取り除きながら、感謝をもってお見送りをするのが当然と思っていました。そんなひどい現況を一変するような改定をしていただけることになるようです。

 医師の緊急要請に対する新たな評価や看護師の夜勤に対しても適切に評価してくれることとなりました。今まで社会福祉施設は、全般に医療サイドからの介入を極端に嫌っていたように思われていました。しかし、医療と介護はもっと密接に助け合いをしなければなりません。社会福祉法人と医療法人とはその形も性格も違うと言いながらお世話している人たちの半分程度はその症状が類似しています。

 病院は患者の急変に対応して治療することが主な業務です。一方、特養等は後遺症はあるものの病状の急性期的な人は少ないですが、たとえ特養で病状が悪くなっても、病院に搬送するのではなく特養で看取ることを推奨して来たのは厚労省の一部の人たちでしょう。何故でしょうね。

 特養から病院に紹介した場合は、「特養のベッドを3ヶ月間そのまま空けておいて、施設に戻りやすくするように」との強い指導もあるので、病院への入院紹介患者が多ければ、それだけ特養の収入が減ってしまう仕組になっているのです。その結果として、本人や家族がよほど強く病院への紹介を要請しなければ、施設からは進んで病院へ紹介しない方向になるように、しているのかなと思われかねませんでした。
 
 しかし、特養には医師は嘱託医として週1回程度、1~2時間訪問するのみで、看護師の夜勤もありません。それはあまりに酷いということで、2018年の改定では看護師の夜勤や夜間や祝日の医師の特養への訪問を高く評価することとなりました。日本の恩人ですから、それなりの礼節をもって高齢者に応えようと変えていこうという姿勢は素晴らしいものです。多くの高齢者を単にターミナルという一言のジャンルにそのほとんどを押し込めて、安上りに済まそうとしていたのでしょうか。

 日本医師会の終末期の定義をみると「担当医を含む複数の医療関係者が、最善の医療を尽くしても、病状が進行性に悪化することを食い止められずに死期を迎えると判断し、患者もしくは患者が意思決定できない場合には患者の意思を推定できる家族等が「終末期」であることを十分に理解したものと担当医が判断した時点から死亡まで。」でした。

 最善の医療というのは、どういう形のものを指していることは別として、社会福祉施設では少なくとも最善の医療はできませんよね。しかし、医師や看護師が器材を持ち込めば特養の中でも、ある程度のレベルの医療はできます。患者ご本人は動かなくても、住み慣れた部屋で治療が受けられるならそれは良い方向でしょう。

 また、低栄養や脱水の改善や排泄や嚥下のリハビリも評価されるようになりそうです。高齢者はできれば自宅での日常生活に戻りたいのです。家族がいるなら食事と排泄が自立していれば最低限の自立が可能なので、自宅で暮すことができます。これらのことが可能になるように介護保険も医療保険もこの6年に1度の同時改定の貴重な機会を捉えて、大きな改革をしてくれました。

 今後、年間に最大170万人に近い高齢者が死亡するようになるのです。現在約130万人の年間死亡者より40万人もの多くの人々が死亡する場所が必要となるのです。新しく私達が提唱している病床機能を図に示すように、従来の回復期を地域包括期と名付けることで、病床機能の整理が確実に進むと思われます。

 この内、私達は地域包括期と慢性期を担当し、地域急性期から在宅まで、そして在宅の慢性期救急も含む機能を果さなければなりません。もはや、単に慢性期として慢性期の患者に入院してもらって看取りを主体とするような機能より、きちんと治る病変は治していく慢性期治療病棟としての技術を高めるべきです。看取りは新しく出来る介護医療院でQOLを保ちながら、きちんとした看取りをすることも大切な役割です。在宅での慢性期患者の急変を緊急時に受け入れて、治療改善し退院に持って行くことで慢性期病床での死亡退院率を今の半分に減少させましょう。「良質な慢性期医療がなければ 日本の医療は成り立たない」を目指して。

                        1月1日 元旦 会長 武久洋三
 

考えられるべき病床機能

 

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