【第32回】 慢性期医療リレーインタビュー 原寛氏

インタビュー

原寛先生(原土井病院理事長)

 「全国のお年寄りを元気にしてあげたい」──。今年、開設46年目を迎えた福岡市の特定医療法人・原土井病院理事長の原寛先生は80歳を過ぎてもなお現役。「一番大切なことは、100歳になってもQOLが落ちないようにすること」と話します。近年、慢性期のリハビリテーションが軽視されがちですが、「大きな間違い」と一喝。「QOLの維持にとって必要なのは、早めのリハビリテーション。慢性期病院で早期にリハビリをすれば、QOLが急激に落ちることなく維持できる」とリハビリの重要性を強調します。
 
 
■ 医師を目指した動機
 

 先祖代々、ずっと医師の家系でしたので、私は別の道に進もうと思いまして、理学部に入り別の仕事をしました。しかし、在学中に本家のほうから「医者になったら」とアドバイスがあり、医学部に編入しました。

 本家の原三信は400年以上も昔、黒田長政公に召抱えられ、それ以降、原家は福岡の地に医家として根を下ろしました。当主は代々「原三信」の名を継承し、6代目原三信(1711年没)は長崎出島で2人のオランダ医師に学び、「オランダ流外科術」の免状を授与され、また杉田玄白が翻訳した「ターヘルアナトミア(解体新書)」に先立つこと87年前に日本で最も早く西洋解剖書「レメリン解剖書」を翻訳しました。杉田玄白の時代とは異なり、キリスト教をはじめ西洋文化の弾圧が苛烈である中、陽の目は見ませんでしたが、日本の外科医療の先駆けであったのは確かです。

 その後も代々、継がれた原三信の名は現在、博多区大博町にある原三信病院に受け継がれています。明治12年に設立した福岡で最初の民間病院で、先代院長の原三信と私は従兄弟です。原家に縁を得た私の実父、原實は昭和初期に小児科医院を開設しました。当時、小児医療が立ち遅れ、小児の死亡率が大変高かったのです。
 
 私には姉1人、兄2人がおり、長兄の養一郎が小児科医院を受け継ぎ、現在の福岡リハビリテーション病院となりました。次兄の敬二郎は現在、福岡市南区にある恵光会原病院を建設しました。これは戦後、国民病であった結核療養を志してのことです。当時、私も医師ではなくて、病院建設を手伝いました。
 
 三男である私も医師となり、父の三番目の病院として、昭和42年に原土井病院を設立しました。当時、不足していた精神科への対応を主として考えていました。大学では、研究者になるために基礎生理学の勉強をしましたが、精神科の医局に入り、精神科病院で臨床医としてスタートしました。

 その後、お年寄りの患者さんが次第に増えてきました。1つの病気だけではなく、全身を診ることが多くなり、そのまま高齢者医療を中心とするようになりました。そして現在に至っています。33床の精神科病院であった原土井病院はいまや急性期病棟(内科、整形外科)130床、回復期リハビリテーション病棟104床、療養病棟292床、緩和ケア病棟30床からなる556床の病院にまで地域に育てていただきました。

 もちろん、規模が問題ではありません。日本の急激な社会の高齢化の到来に対応するため、高齢者のための病院へと大きく舵を切り、増え続ける高齢者医療のニーズに応えた結果、規模と機能が拡大されたのです。キリスト教弾圧下で蘭学を修め、人知れず解剖書を著した原三信の進取の気性、そして父、實の不足のない医療の提供への志を思い返し、東区の地域医療を支える高齢者医療のセンターを目指していきたいと思っています。
 

■ 慢性期医療に携わって思うこと
 

 医師になって15年ぐらい経った頃からでしょうか、高齢の患者さんが非常に多くなりました。慢性期医療に携わったと思うのは、その頃です。現在、私も80歳を過ぎた高齢者ですが、年齢を重ねても足腰も強く、身体の衰えを感じません。
 
 多くの高齢者のQOLは60歳ぐらいからだんだん落ちていきます。お亡くなりになる直前までQOLが保たれて、元気に社会活動などに参加することができるのが理想です。慢性期医療の役割は、お年寄りがいつまでも元気でいられるように、QOLを維持したまま最期をお迎えできるようにしてあげることです。
 
 ある統計によれば、高齢者の2割が60歳代で、7割が70歳代で徐々に自立度が下がるそうです。一方、1割の男性は80歳、90歳になっても元気に社会貢献をしています。私は、この「1割」を2割、3割に引き上げていくことが医療の役割であろうと思っています。聖路加国際病院・日野原重明先生が目標です。
 

■ これからの慢性期医療はどうあるべきか
 

 慢性期医療が果たす役割は大きいと思いますが、病と闘うのは患者さん本人です。医療者にすべてお任せではなく、患者さん本人の意識を高めていくことが必要であると思います。そうした思いもありまして、「高齢者自立支援の会」をつくりました。当院の患者さんや近隣の住民たちに「予防」の大切さを伝え、ご自身の健康を保ってもらうための支援を行っています。会の目的は主に3つです。1つは、生活習慣病の予防です。2つ目は、介護予防です。
 
 そして3つ目は、高齢者が集い、話し合えるコミュニティーです。虚弱になった時でも自立して生活が送れるように支援し、みんなで楽しく過ごせる場にしたいという思いがあります。こうした役割を果たせるのが慢性期病院ではないでしょうか。在宅医療のバックベッドとして開業医の先生方を支援するとともに、地域に開かれた病院として、住民の健康を支援する役割がこれからの慢性期医療に求められると思います。

 それだけではありません。現在、救急病院に搬送される患者さんの多くは高齢者です。急性期病院は慢性期病院に比べて入院料が高く設定されていますので、医療費も多く掛かります。救急病院のマンパワーには限界がありますから、昼夜を問わず搬送される高齢者を受け入れると、病院に多くの負担がかかり、ベッドを早く回転させるため退院させます。

 現在、高齢の救急患者さんはまず救急病院で治療を受け、その後、回復期や慢性期の病院に転院するケースが多いのですが、その間、患者さんのQOLが落ちていきます。急性期病院は臓器別の専門治療が中心ですが、QOLの維持にとって必要なのは、早めのリハビリテーションです。慢性期病院で早期にリハビリをすれば、QOLが急激に落ちることなく維持できて、医療費も安く済むはずです。

 最近、慢性期のリハビリテーションを軽視する傾向がありますが、これは大きな間違いです。リハビリによってQOLが保たれ、生活の質を上げていくことができます。しっかりとしたリハビリがあるから、ご自宅に帰ることができて、寝たきりにならずに社会復帰ができるのです。

 60歳、70歳で倒れて救急病院に運ばれ、その後、QOLが下がってしまうのは、治療後のリハビリテーションが不足しているからです。高齢者医療において、リハビリは非常に重要です。これからの慢性期医療において一番大切なことは、100歳になってもQOLが落ちないようにすることです。そのためにも十分なリハビリが欠かせません。脳卒中や心筋梗塞でQOLが落ちる。それをなるべく元の状態に戻してあげる。それはリハビリです。
 

■ 若手医師へのメッセージ
 

 医学教育が悪いので大学では学ぶことばかりで、自分の頭で考えないような医師になります。我々が数十年前に習っていたことが、まだそのまま続いています。「基礎医学が重要だ」と言うのです。医学部に入りますと、最初に解剖をやります。しかし、解剖というのは、死んだ人間を対象に行うものです。生きた人間を相手にせずに、医療が分かるのでしょうか。人間を「物」としてとらえる臓器別の教育がいまだに続いています。それでは、これからの高齢社会における医療に対応できません。

 臨床実習では、臓器別の専門性を非常に重視しています。しかし、お年寄りにはそれでは対応できません。高齢者は、あっちもこっちも全身が悪いのです。たくさんの病気を抱えているのに「臓器別の専門性」ですから、医学教育が全く間違っていると言うほかありません。

 自分の専門科に当てはまる患者さんは診られますが、専門外になるとどうにもならない。こうした「臓器疾患医療」から早く脱却しなければなりません。頭を切り替えて、「心身一体の医療」に変えなければいけません。遺体の解剖なんて早くやめて、生きた人間をしっかりと診るようにしてほしいと思います。

 かつて、精神と肉体を切り離すという考え方がありました。精神を入れてしまうとサイエンスにならないと考えたわけです。精神は神様の世界ですが、肉体は「物」であると考える。そうすれば科学になるんだと。そういう考え方をずっと進めてきて、今ではDNAまで追究しています。しかし、生命は決してそういうものではない。若い学生たちはぜひ、多くの高齢者らを診て、臓器別では解決できない問題がたくさんあるということを知ってほしいと思います。
 

■ 日本慢性期医療協会への期待
 

 私は現在、医療教育ボランティアに力を入れています。医師や看護師ら医療関係の職を目指す人たちを育成するため、学生や研修医の問診を受ける患者役の方々が「生きた教材」として協力します。ボランティアが参加した研修によって、学生たちは診察態度など患者さんとの接し方を学ぶことができます。
 
 いま協力してくださっているボランティアの95%は70歳以上です。ボランティア役のお年寄りにとっても、病歴や生活環境などを伝える習慣が身に付きますので、ご自身の日々の暮らしを振り返り、健康について改めて考え直すきっかけにもなります。

 これは、いわゆる「模擬患者」とは異なり、自分自身やご家族の病歴などをお話しするのですから、あえて演技をする必要はありません。食事や運動、睡眠について本当のことを話します。年金暮らしで自宅に引きこもりがちのお年寄りが外出して、多くの人と接する良い機会にもなります。自らの体験を生かして、社会貢献しているという気持ちを抱くこともできますし、自立した高齢者を増やすことにつながると思います。

 私は、こうした活動を通じて、「平均寿命」よりも「健康寿命」を延ばしていけたらいいと思っています。日本慢性期医療協会でもぜひ、こうした取り組みも進めていただき、わが国の高齢者医療をリードしていってほしいと思います。慢性期医療についてさらに普及、啓発を進め、今後も積極的に情報を発信し、提言していってほしいと期待しています。(聞き手・新井裕充)
 
 
【プロフィール】

 はら ひろし 原土井病院理事長
 
 1932年福岡市生まれ 県立福岡高、九大医学部卒
 九大精神神経科入局、医学博士号修得(九州大学医学研究院 生理学)
 1967年原土井病院開設
 1976年原看護専門学校設立
 
 日本慢性期医療協会、全国公私病院連盟、他 理事
 福岡県療養病床協会会長
 
 座右の銘《生涯現役》
 

この記事を印刷する この記事を印刷する

« »