【第6回】 慢性期医療リレーインタビュー 木村宗孝氏

インタビュー

南昌病院

 「アルバイト医師が相手にされる時代はもうすぐ終わります。ぜひ地域に根ざしたドクターになってほしい。患者さんを大事にするということは、そういうことじゃないですか」─。医療・介護・福祉の一体化に取り組む岩手県の医療法人社団・帰厚堂の理事長、木村宗孝先生にお話を聞きました。
 

■ 医師を目指した動機
 

 私の場合は、ほかの方々とかなり違うと思います。木村家というのは代々、南部藩の藩医をしていて、僕が15代目に当たります。初代から15代までずっと医者なんですね。それで、僕は一人息子ですから、生まれたときから医者にならなければいけなかったです。

 ですから、医者を目指すとかではなくて、ほかの道を目指さないようにするのが親の務めだったと思います。「映画監督になりたい」とか、そういう気持ちはすべて封印されて、「医者になってからやればいいんだ」と言われて育った。医師以外の道は、親族一同から望まれていませんでした。

 私の父は循環器の教授(木村武・岩手医科大学第2内科教授)でした。循環器学会などをつくった年代の人たちです。循環器の患者さんは最後に脳卒中を起こす。それで、患者さんの最期を診る場をつくらなければならないと考えて、父は65歳で病院を建設したのです。私はまだ学生でした。父はその病院を10年間頑張って経営していましたが、脳卒中で倒れた。私はまだ33歳でしたが、父の病院を継ぐこととなりました。

 これから高齢化が進むだろうと考えて、父は70歳で特別養護老人ホーム、75歳で介護老人保健施設を開設しましたが、そんな矢先に脳卒中で倒れたものですから、ものすごい借金を背負っており、そこから病院の立て直しで22年です。

 南昌病院は現在180床で、一般病床30床、回復期リハ60床、医療療養60床、介護療養30床です。回復期リハが専門の病院で、90人を超える理学療法士、作業療法士などのリハビリ専門職種が勤務しています。在宅復帰を目標としていますが、在宅が不可能な場合のために介護老人保健施設等に入所していただき、そこで老衰状態に陥った患者さんを最終的に診る場所として、療養病床を設けています。

 現在、岩手県矢巾町のJR矢幅駅西口に5階建ての医療福祉複合ビルを建設中です。介護老人保健施設や保育所、グループホーム、訪問系サービス、地域包括支援センター、在宅療養支援診療所などを整備して、医療と介護、児童福祉などのサービスを一体的に提供したいと考えています。計画途中で震災があり難航しましたが、ようやく建設に入りました。
 

■ 東日本大震災の影響
 

 3月11日、大震災の後3日間の停電がありまして、自家発電のみの状態となり、かなり苦労しました。病院の建物は幸いにも亀裂が入った程度で、大きな損傷がなく済みました。ただ、停電の影響で患者さんへのサービスも低下しました。食料もだんだんなくなりましたので、1日1200キロカロリーという少ない状態が約3週間続きました。普通は1800キロカロリー、高齢者は1600キロカロリーなので、「お腹すいた」とよく言われました。

 ガソリンもどんどんなくなっていきました。山の中の病院で職員はほとんど車通勤でしたから、出勤できない職員も徐々に増えてきました。病院が病院でなくなる日を覚悟するような状況が続きました。役場などと交渉して、石油の確保に努めました。また職員にはお互いに乗り合いで通勤するようにしてもらいました。何しろ、ガソリンスタンドは給油待ちの列が3キロで、3時間待ちで10リットルだけとか、そんな状況でした。職員にも苦労をかけたし、非常に危機感を覚えました。そうした中で、日本慢性期医療協会から支援物資が届きました。ご厚情に感謝しております。

 岩手県の場合は沿岸が被災地で、県立病院が3か所全壊、診療機能停止1か所、民間病院は1か所半壊しました。内陸部でも診療機能が停止した県立病院が1か所あり、いまだに復旧していません。特に、沿岸部の医療機能がかなり落ちたため、そこに入院していた患者さんらを当院で引き受けました。仙台もひどい状況でしたので、仙台の病院からの患者さんも引き受けました。今後も、沿岸部へのリハビリスタッフの派遣など支援を続けていきます。

 また、沿岸部から盛岡地区に3千人ぐらい避難していますので、その方々へのケアもこれから大切だと思っています。特に心のケア、自殺防止が課題です。秋田、岩手、青森はいつも自殺のワースト3に入る地域です。私は岩手県医師会の常任理事(地域医療担当)でもあり、岩手では以前から自殺防止に力を入れているのですが、改善されることなく現在に至っています。今回は震災の影響もあって、今まで以上に心のケアに力を注ごうと思っています。虚脱状態にある方々の悩みをいかに傾聴するかが重要です。
 

■ 慢性期医療に携わって思うこと
 

 今後、当院が目指す方向性は震災前もそれ以後も変わりません。急性期以後の回復期リハビリテーション病棟を中心とした病院ですから、後遺症ある患者さんたちをリハビリテーションによっていかに在宅復帰させるかということに注力しています。

 当院の在宅復帰率は平均約75%(重症度30~50%)です。25%は帰れない。ですから、そういう方々の処遇をどのようにするかも重要です。介護老人保健施設や特別養護老人ホームでケアをして、最終的に療養病床で最期を看取ることが私の仕事だと思っています。

 現在、矢巾駅前に建設を進めている複合施設では、さらに在宅ケアに力を入れていくつもりです。ただ、患者さんの中には「家に帰りたくない」「家には帰れない」という人がかなりいます。それが実態なんですね。ですから、厚生労働省の思惑どおりの在宅医療の推進は高齢者に関しては難しいと思います。

 若い方でがん患者さんの場合なら在宅医療もあると思いますが、高齢者、特に女性の場合は難しいと思います。旦那さんが先に亡くなってから、10年ぐらい長生きしますよね。そういう方を「自宅で」という話は絶対に出てきません。逆に、在宅を進めると高齢者虐待がどんどん増えると思います。暴力だけが虐待ではなくてネグレクト、無視ですね、そういうことも虐待になりますので、在宅を強引に進めることは高齢者虐待を増やすことにつながりかねません。
 

■ これからの慢性期医療はどうあるべきか
 

 当院は医療型の療養病棟が60床で、うち45人くらいが中心静脈栄養の状態です。つまり重度の人ばかりです。大半が「医療区分3」で、1か月に5人から10人がお亡くなりになります。もちろん80歳、90歳の人たちばかりで、当法人の介護施設等で診ていた人たちばかりです。最期はご家族に看取ってもらい、エンゼルケアをしてお見送りします。ですから、当院の療養病床は終末期医療を中心にやっています。

 「療養病床」ではなく「慢性期医療」という場合、その患者さんは外来対応の割合が高くなると思います。つまり、「慢性期医療」の対象となる患者さんは、後遺症が残っていながらも落ち着いている状態の患者さんが多く想定されます。その状態をケアするのは本来、診療所の役割のはずであり、後遺症状が強く在宅介護不能の場合は介護保険の施設への入所となるはずです。

 「日本慢性期医療協会」は以前、「日本療養病床協会」という名前だったのですが、平成20年に名称を変更しました。「療養病床」から「慢性期医療」という名前に変えたということは、入院ではなくて外来とか、いわゆる「入院機能が必要ないもの」というところまで含めた医療という考え方だと思うのです。

 以前の療養病床協会のころは、どちらかというと終末期医療を中心に活動していたと思うのですが、現在はちょっと考え方が変わって、いわゆる急性期医療から脱した人の受け皿として慢性期医療を考えているようです。

 しかし私の考えは違っていて、急性期医療の受け皿は回復期リハビリ病棟や亜急性期病床などの病床が受け皿になるのではないかと思っています。そうした病棟から重度の人はさらに療養病床で受ける、あるいは、介護老人保健施設等に入所するという流れだと思うんです。

 ただ、現在の会長の考え方は、急性期治療を終わった患者さんを療養病床で受けるという方向でお話しされていると思っています。ちょっと僕の考え方とは違いますが、今回の改定では、急性期からの受け入れに加算などを付けていますから、急性期の後方として療養病床を位置づける考え方もあると思います。

 一方、先ほども申しましたように、当院では急性期の後は回復期リハビリ病棟です。そこに入れない重度の方は一般病棟内にある亜急性期病床に入ります。しかし、今回改定で亜急性期病床が60日に短縮されました。これはかなり厳しいです。介護保険に乗せるには最低2か月はかかりますし、うまくいかない場合には3か月かかることもあります。今までの3か月が最適だったのですが、今年度から急いでやらなければならなくなりました。
 

■ 若手医師へのメッセージ
 
 
 最近の若い先生方はみんな立派だと思います。患者さんを熱心に診ている。僕たちの若いころに比べて、ずっと立派にやっていると感じます。僕たちより上の年代はもっと緩かったそうですが、最近は真面目で熱心な医師が多いと思います。患者さんを症例として見ないで患者さんとして診ているので立派です。

 ただ、ごく一部の医師だけとは思いますが、条件の良いあちこちの病院を転々としているアルバイトの医者がいるようです。こういうドクターは、病院もこれから徐々に相手にしなくなると思います。今は医師不足だから高額なアルバイト代で招く病院もあるようですが、そういう時代はもうすぐ終わるでしょう。ある程度の規模の病院はそういう医者を相手にしません。だから、もっと将来を見据えて、若いうちは頑張ってほしいと思います。

 医学部を卒業したら、一度は大学の医局に属すべきだと思います。大学医局について、その善し悪しはもちろんあると思いますが、一度は経験する必要があると思います。初期研修を民間病院でやったとしても、その後は大学の医局で頑張ってみる価値はあると思います。

 最近よくあるパターンとして、専門医の資格を取った後、どこかに登録して……というアルバイト医師が一部おりますが、そういう人たちが相手にされる時代はもうすぐ終わります。ぜひ、それぞれの地域に根ざしたドクターになってほしい。患者さんを大事にするということは、そういうことじゃないですか。

 もう30年近くも前になりますが、僕が大学医局にいたころ、中途半端なことをしていると教授から「お前はシップドクターになりたいのか!」って叱られました。シップドクター、船医ですね、当時はあまり良い意味で使われなかった。今だと、「お前はアルバイトドクターになりたいのか!」っていうところでしょうね。
 

■ 日本慢性期医療協会への期待
 

 現在、協会では慢性期医療の認定病院という取組をしていますが、協会内での認定だけでは公的な位置づけが難しいですので、日本医療機能評価機構(以下、機構)と連携して進めるべきだと思います。機構の認定には、付加機能評価として救急リハビリテーション、緩和ケアがありますので、この付加機能の1つに療養病床部門を入れてもらうよう、同機構とともに検討すべきではないかと思います。

 もちろん、機構の認定を受けていることが前提になります。機構の認定を受けている病院は、全国約8650病院のうち2440あります(2012年2月3日現在)。当院は2003年に病院機能評価の認定を受け、2006年にはリハビリテーションの付加機能評価も認定されています。全国で10番目、初台リハビリテーション病院と同時期に取っています。

 日本慢性期医療協会としては、機構の機能評価を取った後に、付加機能評価として療養病床で認定を受けていくような方向に力を注いでいく必要もあるのではないでしょうか。

 また、政策提言機能も必要です。厚労省が考えるように、急性期から回復期、慢性期(在宅)へと進めばそれは素晴らしいですけれど、現場はなかなかその通りにはいきません。ですから、「それはおかしいよ」ということをうまく説明していくことも協会の仕事だと思います。

 ただ、数字で出さないと役所や官僚に納得してもらえません。「この場合は具体的にこうだ」ということを提示できないと、役所や官僚は話を聴いてもらえませんから、そうしたものを日本慢性期医療協会が示せたら良いと思います。日本医師会にはそうしたシンクタンクがあります。この協会でも、シンクタンク機能の充実に向けて、ぜひ積極的に取り組んでいただけたらと思っています。(聞き手・新井裕充)


【プロフィール】

 
 岩手県盛岡市出身

《現 職》
  医療法人社団帰厚堂 理事長
  医療法人社団帰厚堂 南昌病院 病院長

  社会福祉法人敬愛会 理事長

《略 歴》
  昭和58年3月 岩手医科大学 医学部 卒業
  昭和58年4月 岩手医科大学 医学部 神経内科医局 入局
  昭和63年4月 岩手医科大学附属病院 神経内科 助手
  平成5年4月  医療法人社団帰厚堂 理事長就任
  平成6年4月  医療法人社団帰厚堂 南昌病院 院長就任

《要 職》
  日本老年医学会 専門医・指導医
  日本脳卒中学会 専門医
  日本内科学会 認定医

  日本医師会 認定スポーツ医
  日本医師会 認定産業医

  日本慢性期医療協会 理事

  岩手県医師会 常任理事
  紫波郡医師会 副会長
  岩手県介護老人保健施設協会 理事
 

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