「慢性期リハビリテーションをどう広げていくか」── 第26回学会シンポ9
平成30年10月12日に開かれた第26 回日本慢性期医療学会のシンポジウム9は、「慢性期リハビリテーションをどう広げていくか」をテーマに、具体的な現場の取組事例が紹介された。近藤国嗣氏(東京湾岸リハビリテーション病院院長)は回復期リハビリテーション病棟におけるADL向上の取組を、橋本康子氏(慢性期リハビリテーション協会会長)は退院後の在宅生活を支援する取組を報告した。座長は、木戸保秀氏(慢性期リハビリテーション協会副会長)が務めた。
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【座 長】
木戸保秀 (慢性期リハビリテーション協会副会長)
【シンポジスト】
近藤国嗣 (東京湾岸リハビリテーション病院院長)
橋本康子 (慢性期リハビリテーション協会会長)
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最初に登壇した近藤氏は、平成30年度診療報酬改定を振り返りながら、「ADLそのものをよくするにはどうしたらいいかを改めて医療者として考える必要がある」と問いかけた。近藤氏は、チーム医療を中心とする組織的な取組を評価しながらも、さらに一歩前に進めるためには個人のリハビリテーション技術を高める必要性があると指摘した。
橋本氏は、「入院リハから退院後支援リハへのつなぎ方」と題し、入院中から退院後、在宅に至るまで切れ目なくリハビリを継続する「在宅入院」の考え方を提唱。退院した翌日から毎日、病院のリハビリスタッフが訪問してIADLの獲得を目指す取組を伝えた。
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リハビリの技術が上がったわけではない
[近藤国嗣氏(東京湾岸リハビリテーション病院院長)]
リハビリテーションについて平成30年度診療報酬改定の最大のポイントは、実績指数が回復期リハビリテーション病棟に入って6段階になり、さらには栄養評価が加わったことである。もう1つの大きなポイントは、疾患別リハビリテーションの算定期限が、回復期の退院後3カ月間延長されたということで、専従療法士がそこに関われるようになったことであろう。
この実績指数をシンプルに、何らの技術も関係なく点数を高める一番の方法は、早期転院と入院期間の短縮である。ADL は発症早期が最も改善するのだから、より早期に入院させることによって結果としてのFIM 利得を上げることができる。
さらに実績指数は、入院日数で割ることになるので、入院日数が短くなれば当然点数は上がる。しかし残念ながら、転院までの日数に関しては、回復期全体でも1.2しか短くなっていない。あまり変わらなかった。何が変わったかといえば、FIM 利得がいきなり上がったこと。今回、実績指数が入って4点ぐらいFIM利得が上がった。
これを見ると、「すごいな、リハビリの技術が高まったんだな」とか、「なんて素晴らしい。私たちの国は点数が上がると努力するんだな」と思いがちである。
ところが、実はリハビリの技術が上がったわけではない。入院時のFIM の点数がいきなり3点下がった。年齢はほとんど上がっていない。本当に腕が上がったとするならば、退院時のFIMの点数が上がらなければいけない。私たちの最大の
治療成績はFIM 利得ではない。退院時にどこまでよくするかということである。
つまり、改定前となんら変わっていない。残念ながら、ADL を向上させる技術が向上したわけではない。従って、ADL そのものをよくするにはどうしたらいいかを改めて医療者として考える必要がある。
その1つの方法としては、回復期リハビリテーション病棟の運営をいわゆるチームに任せるのではなく、組織としてどう構築するかを考えていくこと。組織プレーというのは、スポーツで考えると守備と攻撃。例えば、野球の組織プレーは守備であるが、ホームランバッターをチームプレーでつくることはできない。
サッカーも同様で、守備はやっぱり組織的にやらなければいけない。ゴール直前までボールを持っていくことはできるけれども、エースストライカーはチームプレーではつくれないから、日本はなかなか勝てない。バレーもどんなに拾っても決められない。バスケットも同じ。どんなにつないでも最後にシュートを決めるシューターがいないと勝てない。
回復期リハ病棟の守備とは、安全管理である。悪化させないこと、それから最低の治療の質を担保すること。そのためには、証拠や根拠が必要だということになる。証拠と根拠でやっていくために、今まで私たちはリハビリテーションばかりをやってきた。しかし、さらにそれ以外の領域の治療技術も必要になってきた。それが今回出てきた栄養管理である。
ここでお示しするのはやや古いデータだが、栄養が悪い患者さんは、さまざまな疾患において入院期間が長引く。リハビリテーションに関連するものでも、脳卒中とか股関節の置換術に関しても、脳卒中では約1.2 倍、人工股関節では2倍の入院期間延長がある。
一方、攻撃についてどのように考えるか。回復期リハビリテーション病棟をチーム医療だけに任せては絶対にいけない。私たちはこれまで、チーム医療を強調し過ぎたのではないか。チームでやることは、リハビリテーションの目標ではない。私は31年間、リハビリテーション科の医師を務めているが、リハビリテーションはチームでしかやったことがない。私は訓練ができない。チームでやるということは前提であるということだ。
チームをどんなにこねくり回したとしても、チームのメンバー以上の結果は出ない。日本のサッカーはワールドカップでは優勝できない。それは選手の質が足りないからである。大事なのは療法士個人、看護師個人、医療職1人ひとりの技術がどれだけ高いものであるかということ。そこに力を入れていく必要がある。
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患者さんが自ら動かないと何も始まらない
スポーツはたくさん練習したほうがうまくなる。当たり前の話で、量が必要だ。歩行という動作は歩くことだけで成り立っているわけではない。起き上がって、端座位が取れて、装具を履けて、立ち上がって、歩けて、ふらついても立ち直れる。外に手すりは付いていないから、つえで昇降できて危険回避ができる。1つひとつの細目動作が全部できて初めて自立。この1個1個の動作をたくさん練習して獲得させる。リハビリテーションによる回復は量に依存する。
筋力がなければ歩けないかといえば、そういうわけでもない。障害が残るということと動作ができることは別だから、障害が残るのは運動神経が悪い状態に近い。「運動神経が悪いからスポーツをやっても意味がない」とは言わない。でも、「運動神経が悪くてもオリンピックに出られる」とも言わない。
たとえ運動神経が悪くても、頑張って練習すればボールが蹴れるようになる。頑張って練習してボールが蹴られるようになったとして、それで運動神経がよくなったわけではない。
それと同じ考え方で、手足に麻痺があったとしても、その中でできる動作を練習して獲得していく必要がある。手足の麻痺を健常に近づけていく“スポーツ” がリハビリテーションである。
ここで注意しなければいけないことがある。「これからスポーツしてもらいにいってきます」という人はいない。皆さんの施設の患者さんが「これからリハビリをしてもらいにいってきます」と言った瞬間、それは意味のないリハビリである。マッサージして、もんで、うまくなる選手はいない。コーチがだらだらと額に汗をかいて、うまくなる選手はいない。療法士が汗をかいている姿は素敵に見えるけれど、患者さんは何も変わっていない。患者さんが自ら動かないと何も始まらない。
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リハビリの本質は、意欲を引き出すこと
野球の練習をしてサッカーがうまくなることは絶対にない。マット上の訓練で歩けるはずがない。にもかかわらず、延々と1 時間の訓練の30分、マットで寝かしているリハビリは何をしているのか。歩けるはずがない。
しばしば、「重症の患者さんは療法士が触らないと動けない」と言われる。でも、それでは練習にならない。難しい課題だと1人ではできないので、似たような課題で簡単にしてあげて自分でできるようにすることを考える。そのための難易度調整をしていく。
例えば、立ち上がりに関してはさまざまな難易度調整がある。難易度を安定させるためには、もっと難しいことをやらなければいけない。例えば、150キロの球をコンスタントに打てるようにするために、160キロのゲージで練習するから打てる。150キロのゲージでずっと練習していても打てるようにはならない。
毎週、その人の限界動作をやって、翌週はそれに切り替えていくことが大事である。難易度の引き出しを持っておいて、その人に応じた訓練を常に切り替えてやっていく。野球を一度もやったことのない人を150キロのゲージに放り込んだら、つまらなくてやめてしまう。先週と今週、何が変わったかを分かるような訓練課題を与えていく。これこそがリハビリの本質で、意欲を引き出すように支援する。
まとめると、高いゴールを達成するためには、リハビリテーションを実施するシステムが必要である。全身管理、栄養管理、安全管理、自立判断、家族指導。1人ひとりの治療においては障害を十分に把握し、あらかじめ戦略を持って基礎的訓練と動作や課題を組み合わせ、さらに難易度を調整する。
現在の障害の範囲でできる限界の動作を定期的に評価しつつ、段階的に難易度を高めていく。ADLでは作業工程分析を行って、未達成課題を抽出し、さらに量を確保する。
一番のポイントは、十分に訓練された患者は、自身で十分に動作を行ってきた患者さんとは限らないということ。筋力や運動学習は長期にわたって改善する。家族を巻き込んだ継続リハビリテーションも重要である。
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退院後の生活につなげていく
[橋本康子氏(慢性期リハビリテーション協会会長)]
慢性期リハビリテーションのポイントは、「回復期」で上げて「維持期」でも落とさないことである。回復期ではリハビリの質向上、維持期では退院後の支援が重要となる。回復期から維持期へ、いかにうまくつなげていくか。慢性期リハの課題である。
患者さんの状態によっては、なかなかシームレスにならないケースもある。医療保険の見直しがあって、算定日数の上限が緩和されたが、それだけではまだまだ足りないところもあるのかなというのが正直な感想である。そこをどう私たちが補っていくか。
リハビリの質の向上については、早い時期にADLをどんどん上げていくことも必要で、回復期では先ほど近藤先生がお話しになられたようなことをいろいろ考えて戦略を立てていくことも必要である。
退院後の支援については、訪問リハに力を入れている。訪問リハの形式として、「だらだら」と言ったら語弊があるが、普通に週に1回を何カ月か続けて機能訓練の続きをやるとか、拘縮を取るためにするというのではなくて、ちょっと考え方を変えて取り組んでいる。
すなわち、退院後の生活を軌道に乗せることを目標にしている。また、当院のある地域は社会資源が充実しているので、私どもの病院がずっと行かなくても、自宅近隣の社会資源へのスムーズな移行も積極的に進めている。
病院では、毎日リハビリをやっている。期間も長い。そのため、患者さんもご家族も「果たして家に帰ってできるのか」とご心配される。とても不安をお持ちの状態での退院なので、安心してもらえるように、今後の生活につなげていくことを第一の目標にしている。そのため、退院してすぐに毎日訪問し1~2カ月間、リハビリを続けている。医療保険や介護保険については、対象となるところだけをいただいているという状態でやっている。
私たちの訪問リハは、機能訓練を中心とするものではなく、主にIADLの獲得を目指している。中学生や高校生の場合は自転車で通学することを目標に退院されるが、果たして本当に大丈夫なのかという不安があるので、自転車の運転とか、一緒に学校まで行くとか、バイクの運転をするとか。
また、70歳以上の人で自動車の運転を続けたいと言われる人も多いので、助手席に乗って何回か一緒に練習することもある。そのほか、一緒に買い物に行くとか、コーラスに参加しに行くとか、畑仕事、お子さまの送迎など。復職される方が多いので、料理屋さんをされている方は実際にお客さんに来てもらって、どんなところが駄目かを評価するようなこともしている。海外旅行の準備を手伝うこともある。
このようなIADLの獲得が半分以上なので、なかなか診療報酬に乗ってこないところもある。しかし、退院後の生活に不安を感じる患者さんがとても多いので、そうしたニーズに応えるように努めている。
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入院中と変わらぬ「在宅入院」でIADL獲得を
当院では、訪問リハをもう少し進めた「在宅入院」という考え方で取り組んでいる。回復期リハ病棟は、ADLを上げて生活の場である在宅に帰っていただき、社会復帰してもらうことを目的にしている病棟なので、回復期リハ病棟の入院期間をできるだけ短くして、在宅でリハビリをしたほうがいい。
また、病院の中で自宅のまね事しながらリハビリするよりは、その患者さんのご自宅で、その人の生活圏内でリハビリを継続したほうがもっと早く回復すると考えている。自分で動きたいとか、やりたいという気持ちも出てくると思うし、まず何をやればいいかという目標も明確になるのではないかと思って、こういうことを始めている。
「在宅入院」という言葉にしたのは、在宅中も入院中もやっている内容は同じという意味。リハの診断や予後予測プログラムをきちんと立てて、家に行って濃厚なリハビリをする。リハビリをしている場所が違うというだけのことで、内容は同じである。
標準的なスケジュールは、朝8時ぐらいに訪問して、午後4時過ぎごろまで。夜8時とか9時までいて入浴の支援などをする場合もある。こうした「在宅入院」の結果、FIM が20点から52点まで上がったケースもある。病院でしかできないことは病院で実施するが、ご自宅でしたほうがいいことはご自宅で実施していくことが必要なのではないかと思っている。
(取材・執筆=新井裕充)
この記事を印刷する2018年10月13日