「第20回日本慢性期医療学会福井大会」のご報告(8) ─ シンポ5(日本慢性期医療協会への期待)
■ 梅村聡氏(参議院議員)
一体改革に加えて何が必要か
みなさん、こんにちは。ただいまご紹介いただいた参議院議員の梅村聡でございます。今年の10月2日まで、日慢協の参与という立場で日慢協を応援し、いろいろ活動させていただいた。本日は、「日本慢性期医療協会への期待」というテーマでお話をさせていただく。
今、「10月2日まで」と申し上げた。私は10月2日、第3次野田改造内閣で厚生労働大臣政務官を務めることになった。政務官をやりながら参与をすることについて、個人的には「なんの問題もないんじゃないか」と思ったが、いろいろな内規がある。特定の団体を応援することはいかがなものかというような内規があるため、現在は参与という立場を離れてさせていただいている。政務官を終えたら、参与という立場でまた戻ってきたいと思う(会場から拍手)。どうぞよろしくお願いいたします。
これまで約2年間、日慢協の参与としてどのように応援させていただいたのか、どういう形でさまざまな政策に取り組むのかについて、最近のトピックも交えながら話したい。今大会は第20回ということで、先日も東京で日慢協の20周年記念式典が開催された。20年という本当に大きな節目であると同時に、今年2012年でちょうど100年を迎えた事柄がある。
100年前は1912年。日本で初めて「老年病学」というタイトルの教科書が書かれた年が1912年だと言われる。東京帝国大学の入沢達吉教授が書かれた。なぜ私がこの教科書をみなさんにご紹介するのか。この辺りからまず話を進めたい。
私は議員であり医師なので、地元で多くの方々から医療相談を受ける。「こういう医療機関を紹介してほしい」とか、あるいは「こういう病気で困っている人がいるんだけど、なんとかしてほしい」と、こんな要望を受けることがある。
そこで、私なりにいろいろな提案をする。ところが、どんな答えが返ってくるか。現実をありのままにお伝えすると、「私のおじいちゃんは○○大学病院が希望なんです」とか、「どこどこ病院がいい」など、急性期の大病院を紹介してほしいという要望が非常に多い。
一方、今回の社会保障と税の一体改革で何が謳われているか。医療と介護の機能分化が謳われているが、私に「○○大学病院がいい」とおっしゃった人の頭の中には、恐らく「○○老人病院」というイメージがまだ強く残っている。こういう方々に対して、われわれがどう政策的にアシストしていけるのか。もちろん、今回の一体改革をはじめ、診療報酬と介護報酬の同時改定では、今後しっかりやっていく方向性を示したが、それに加えて何が必要かを考えている。
教育からの改革を一緒にやりたい
まず、教育から変えることはできないか。これが第1の問題意識である。医療や介護の世界に進む学生のみなさん、若い医師や看護師、介護従事者、こうした方々の教育の部分からなんとか変えることができないか。実は、2010年末から厚生労働省と文部科学省、そして私たち議員、さらには大学関係者らが夜遅く永田町に集まり、教育面からどういうアシストができるか話し合った。
このメンバーには、昨日のシンポジウムでお話しされたと思うが、宇都宮前老健課長、現在は医療課長をされている宇都宮さんのほか、本日のシンポジウムに来られると聞いていた唐澤審議官、現在は統括審議官をされている。そして文科省からは医学教育課長の新木さん、それから東京大学の大内先生、さらには国立長寿医療研究センターの大島総長、そういうメンバーで、教育の側からどういうアプローチができるかを考えた。
そして今年6月に入り、教育をどう進めていくべきなのか、あるいは研究をどう進めていくべきかを日本老年医学会が1冊の報告書という形でまとめた。この中にアンケート結果が出ているので紹介する。例えば、学生さんが老年病学や慢性期医療に触れた時、どういう答えが返ってきているか。90%の学生さんが、「新しいカリキュラムに触れることによって、慢性期医療や老年医学に対する印象が変わった」と答えている。
「変わった」と答えた学生さんの回答を1つ読み上げさせていただく。「身近に高齢者がいないため、遠い話だと講義前までは感じていたが、高齢者の特徴を踏まえた上で専門医療を提供する確固とした分野であることに気づいた」、あるいは「多臓器にわたる疾患を診る必要がある慢性期医療は、システムの複雑系を相手にしなければならない高度な医学であることが分かった」、「老年医療と終末期医療はほぼ同じものだと思っていたが、そうではないことが分かった」など、4年の学生さんからこういう答えが返ってきている。
一方、「変わらなかった」と答えた学生さんもいる。そういう学生さんは何と書いているか。例えば、「講義よりもむしろ前年度の介護学実習でイメージが変わった」という回答。それから、「系統的な知識を身に付ける上で座学が大切だが、イメージや考えを変えるには実地での体験や自主的な学習が重要。その意味で介護学実習などの企画が役に立った」という回答だった。やはり、触れるか触れないか、聴くか聴かないかということが非常に大きなターニングポイントになっているということがよく分かる。
では、文部科学あるいは教育分野からどうアプローチしていくか。医学教育の内容は、「モデル・コア・カリキュラム」というものでつくられている。「モデル・コア・カリキュラム」では、医学教育の中で学ぶべき論点がガイドラインで示されている。この中に入った項目については、いろいろな医学教育、あるいは臨床実習、こういった所にどんどん反映される。例えば、高齢者医療については、現在どういう内容がコアカリキュラムの必須に入っているかと言うと、「高齢者に治療上の理由が説明できる」、あるいは「栄養摂取の特殊性が説明できる」、「老年症候群、すなわち誤嚥、転倒、失禁、褥瘡の病態の治療と予防を説明できる」といったことがコアカリキュラムとしてすでに入っている。診療の基本としては、在宅医療なども入っている。
そこで私はまず、このコアカリキュラムの充実を日慢協のみなさんとぜひ一緒に考えていきたい。この中にしっかりと書き込むことができれば、新たな教育や研修などに発展させられるのではないかと感じている。政務官という立場よりもむしろ1人の議員として、もう少し突っ込んだ話をすると、臨床研修指定病院あるいは学生さんの実習病院などに慢性期の医療機関が認定されることを推し進めていきたい。そこまで進めることができれば、私は大きな変革になるのではないかと思っている。従って、まず1点目はぜひ、教育あるいは学生さんの立場からの改革ということをぜひ一緒にやらせていただきたいと思っている。
認知症にどう対応していくか
2点目は、今特に大きな問題になっている認知症。この点についてお話ししたい。私は現在、労働分野の政務官を担当している。具体的には、医療・介護ではなく、生活保護や障害者福祉、子育てなどの分野を担当している。来年の通常国会は恐らく精神科医療、もう少し具体的に申し上げれば、精神科の入院医療をどうしていくかという改革が大きな論点になってくると思う。
今年6月28日、厚生労働省の「精神科医療の機能分化と質の向上等に関する検討会」で報告書がまとめられた。この中で、認知症にどう対応していくかが大きな論点になっている。特に重要な点をそのまま読み上げる。こう書いてある。「認知症の人の不適切な『ケアの流れ』の結果として、認知症のために精神病床に入院している患者数は、5.2万人(平成20年患者調査)に増加し、長い期間入院し続けるという事態を招いている」。私はこの文章そのものに100%賛同しているわけではない。
しかし、認知症患者が300万人に達し、将来的には恐らく500万人を超える。そこで、認知症に対してどのように対応していくかが大きな課題になっている。確かにそういう状況があることは事実だが、先ほど読み上げた文章に100%賛同しているわけではない。その理由は、ここで考えなければいけない点があるからだ。まず、受け皿をどうしていくのかという問題がある。長期入院されている多くの方は、特に高齢者を中心に受け皿がない。そのことが、結果として精神病床への入院を続けることになっている。受け皿をどうしていくのか、ここをまずきちんと対応しなければいけない。
それから2つ目は、精神科病床がすべて悪いわけではなく、BPSDなどは精神科医療がきちんと対応することによって軽減され、QOLが確実に上がっていく。従って、認知症の中核症状と周辺症状をきちんと分けて対応できるかどうかが大きな論点ではないかと思う。周辺症状と中核症状の他にも、早期発見、早期治療という観点もある。団塊の世代が2025年から後期高齢者に入っていく。その時に重要なことは、認知症の早期発見をどのように行っていくのか、鑑別診断をどのように行っていくのか、こういったことが一番大きな課題になってくる。
私は、日慢協さんのブログを週1回チェックしている。10月31日の記者会見で、武久会長が「認知症科」を新たな診療科として認める時期にきていると提言していた。認知症患者さんが急増している状況を考えると、精神科のみではもはや対応できないことは事実である。あるいは、アウトリーチだけですべて対応できるかについても、地域のマンパワーという視点から、現在はまだ限界がある。そう考えると、この「認知症科」という1つのご提案に対し、私は基本的に賛成の立場だ。
今朝、厚労省医政局の関係者と少し話をしてきた。現在、いろいろな診療科から「こういう診療科をつくってほしい」という申し入れがあるという。そのため、「どういう観点で認知症科をやっていくのか」と言われていた。私は、認知症のボリュームに対応することは喫緊の課題であるので、相当考えなければならないと感じている。従って、「認知症疾患医療センター」の拡充、あるいは「認知症科」の創設について、後押ししなければならないと考えている。
雇用の質を改善していく
3点目は、医療従事者の働き方の問題。私の担当分野の1つとして、医療分野での雇用の質、働く方々の環境の問題などについて、厚生労働省内のプロジェクトチームが取り組んでいる。先月の10月26日に初会合が開かれた。これは非常に大きな取り組みであると思う。医政局、保険局、労働基準局、職業安定局、雇用均等・児童家庭局、これら5つの局長さんも入って、医療における雇用の質を改善していくというプロジェクトだ。
本日はいろいろな立場の方がおられるので、賛否両論があるかもしれないが、充実した慢性期医療あるいは急性期医療を実現していくためには、医療従事者の働き方の問題に取り組んでいかざるを得ない。具体的には2点ある。1つはやはり労働環境の問題。これは労働時間の問題もあるし、あるいは雇用形態の問題もある。こうしたことに取り組んでいくことが、このプロジェクトチームの大きな目玉になる。
ここで私は、職業紹介制度の問題点をぜひ明らかにしてほしいということを局長の方々に指示した。私はこの職業紹介制度そのものを全面的に否定するわけではない。しかし一方で、医師や看護師が医療機関に紹介されて、一定期間を過ぎるとすぐに辞められて、また次の医療機関に紹介されていく。これを繰り返すと、紹介業者の利益幅が非常に大きくなる。ところが、これを放置すると、医療従事者のキャリアが形成される前に外へ出て行ってしまう。そうすると、いま非常に人手不足になっている現場のキャリア形成がおろそかになってしまうのではないか。患者さん、国民が不利益を被るのではないか。
現在の職業紹介の在り方について、私はそういう問題意識を持ったので、しっかり実態調査する必要があると考えた。そこで、現状が適切な紹介手数料なのか、あるいはどういう雇用の仕方をしているのかについて実態調査するよう指示を出した。こうしたことにもしっかりと取り組んでいかなければ、医療従事者のキャリア形成が実現できないのではないかと思っている。
終末期医療の在り方に道筋をつけたい
最後の論点として、終末期医療の在り方について述べたい。この問題について、私はしっかりと取り組んでいきたいと思っている。社会保障と税の一体改革は、「消費増税の話だけではないか」、「財源の話だけではないか」と思われるかもしれないが、私は一体改革をめぐる国会質問の中で、野田総理や文部科学大臣に対して終末期医療の在り方について問いかけた。
今回の一体改革の中には、「社会保障制度改革推進法」という法律が出ている。この第6条3項にこういう文章がある。「医療の在り方については、個人の尊厳が重んぜられ、患者の意思がより尊重されるよう必要な見直しを行い、特に人生の最終段階を穏やかに過ごすことができる環境を整備すること」。こういう文言が、一体改革の法律の中に書かれている。「尊厳死」や「自然死」といった文言ははっきり書かれていないが、一方で個人の尊厳や意思をどのように正確に反映すべきか考えるべきと書かれている。
これに基づき、国会ではさまざまな議論が行われている。その中には、「尊厳死を法制化する必要があるのではないか」という議論もある。私が国会で質問したのは、法律にするかしないかは別にして、現場ではすでにこのことが大きな課題になってきているということを申し上げた。
今年6月の朝日新聞の報道によると、高齢者医療に携わっている方々の約半分が、過去1年間に人工栄養の中止または差し控えを経験されている。22%は中止を経験されている。差し控え、または中止を経験された方の平均回数は1人当たり平均4回。つまり、すでに現場ではこの問題が、言い方を変えれば「あうんの呼吸」かもしれないが、こういうことが現実に起こってきている。こういうことに対して、政務官の間になんとか道筋をつけたいと思っている。政務官就任時のインタビューでも述べた。
では、法制化すべきか。いろいろと微妙な問題がある。尊厳死の法律としては、フランスで2005年にできたレオネッティ法という議員立法が有名だ。中止や差し控えに対しては一定基準を満たして、不治あるいは末期であれば刑事訴追を受けないという免責事項がある。ただ、この方式を日本でそのままできるかについては、非常に微妙な点がある。
私はフランスで、医療関係者に「あの法律ができて、本当によくなりましたか?」と尋ねた。すると、「かえって手間がかかる」という答えが返ってきた。なぜ手間がかかるのか。簡単に言えば、医療や介護関係者と患者さんやご家族との関係のみでは決めることができないからだ。法律で「これはできる」と書かれているということは、当然誰かが線を引かなければいけなくなる。
では、線をどう引くのか。話によると、その地区の医療介護施設が月に1回、ケースカンファレンスを開き、「おたくの病院のこの患者さんのこの条件だったら中止オッケーですね、差し控えオッケーですね」と相互にレビューしないと手が出せないという。つまり、何らかの客観性がなければいけないので、医療・介護関係者と患者・家族との関係だけで決められない。そういう意味で、本当にこの法律が、意思決定にとってプラスだったのかマイナスだったのか微妙なところだというのがフランスの方々のご意見だった。
従って、そうした海外の事例も踏まえながら、私はぜひガイドラインまでは進めていく必要があると考える。国が進めていくだけではなく、ぜひ日慢協や学会のみなさん、あるいは医師会やケアマネジャーの方々もぜひ、いろいろな議論に加わっていただき、ガイドラインの作成や、場合によっては法制化も進めていく必要があるのではないかと思っている。ぜひ、みなさんと一緒に議論をさせていただきたいと思う。
2025年は、団塊の世代の方が後期高齢者に入ってくる年。この時代に向けたみなさんの取り組みを、私は国会議員として、現在は政務官として、なんとかして応援させていただきたい。そんな思いで、今日はこの場に来させていただいた。これからも、しっかりと頑張ってまいりたいと思うので、ご指導、ご支援をよろしくお願い申し上げる。[→ 続きはこちら]
2013年4月15日