「現場では焦り以上の恐怖がある」── 処遇改善等の議論で田中常任理事

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20250324_介護給付費分科会

 介護職員の処遇改善等に関する調査結果が示された厚生労働省の会合で、日本慢性期医療協会の田中志子常任理事は賃金アップの結果を評価しながらも、「他業種には到底追いつかない。現場では焦り以上の恐怖があるのが事実」との認識を示した上で、「処遇改善について局をまたいだ議論を要望する」と述べた。

 厚労省は3月24日、社会保障審議会(社保審)介護給付費分科会(分科会長=田辺国昭・東大大学院法学政治学研究科教授)の第245回会合を開催し、当会から田中常任理事が委員として出席した。

 厚労省は同日の分科会に、「令和6年度介護従事者処遇状況等調査結果の概要(案)」などを示した。それによると、介護職員(月給・常勤の者)の基本給は令和5年度から1万1,130円増加(+4.6%)、平均給与額は令和5年度から1万3,960円の増(+4.3%)となっている。
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 委員からは「処遇改善加算の効果が見られる」と評価する声がある一方、「他産業と比較して低い水準」「人材が流出する」と懸念し、さらなる財源の確保を求める意見が相次いだ。

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施策としては効果があった

 調査によると、給与等の引き上げの理由で最も多かったのは、「介護職員処遇改善支援補助金を踏まえて給与等を引き上げた」(52.8%)、次いで「介護職員等処遇改善加算の一本化を踏まえて給与等を引き上げた(予定)」(33.4%)との回答だった。

 質疑で、小林司委員(連合総合政策推進局生活福祉局局長)は「処遇改善加算の一本化を踏まえたという回答を加算の対象となるサービスだけで見れば、その回答割合はもっと高い数字になるだろうから、施策としては効果があった」と評価した。

 一方、小林委員は他産業も含めた連合の春季生活闘争の最新データを紹介。「平均賃金方式で回答を引き出した1,388組合の加重平均で1万7,486円、5.40%の賃上げ。300人未満の中小組合においても、1万3,288円、4.92%で、どちらも昨年同時期を上回っている」と指摘し、「他産業に置いていかれてしまう。さらなる賃上げへの施策が求められる」と訴えた。

 田母神裕美委員(日本看護協会常任理事)は「平均給与額、基本給が増加していることは、加算の取得によって一定の処遇改善の効果があったものと思っている」としながらも、「賃金構造基本統計調査の結果では、全産業との比較において伸び率が低調であり、差が大きくなっている」と指摘。「引き続き処遇改善の強化が必要である」と述べた。

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令和7年度の賃上げ財源はない

 東憲太郎委員(全国老人保健施設協会会長)は「令和5年度と6年度を比較してプラス4.6%の増となったことは、加算の一本化や支援補助金等、さまざまな施策を打っていただいた効果が少しずつ表れた結果」と謝意を示した上で、加算額の一部の令和7年度への繰越状況に言及。「令和7年度の賃上げに資する財源は、ほぼ残っていないのではないか」と危機感を表した。
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 東委員は「令和6年度介護報酬改定では2年分の処遇改善の財源が新加算に盛り込まれたものと認識しているが、加算の全額を令和6年度の賃金改善に充てた事業所が約81%あるため、プラス4.6%は2年分の処遇改善を令和6年度の賃上げに充てたものと考えられる」と説明した。

 その上で、東委員は「今年の一般企業の春闘の状況を鑑みると、このままでは全産業との差が開くことが容易に予想される。介護業界からの人材の流出も心配だ」と懸念。「補正予算で付けていただいた5.4万円、806億円はあくまで今年6月までの財源なので、臨時の介護報酬改定によって処遇改善の対応が行われる令和8年4月までの間の手当が早急に必要である」と述べた。

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介護業界が壊滅的な状況になる

 江澤和彦委員(日本医師会常任理事)も「8割を超える多くの施設が2年間で処遇改善加算を取得し、配分する見込みであると読める」とし、「次年度の処遇改善加算のアップ分はないのではないか。次年度は事業所の自助努力による賃金アップ分ぐらいしか期待できないと危惧している」と述べた。

 その上で、江澤委員は他産業との格差にも触れながら、「少なくとも一般の平均賃金より介護職員が上回らない限り人は集まってこない。大変危機的な状況で、他産業に流出した職員はおそらく戻ってこない。本当に崖っぷちの状況にある」と強調。「これ以上、他産業との開きが出れば介護業界が壊滅的な状況になるので、しっかりと対応していただきたい」と求めた。

 長内繁樹委員(全国市長会、豊中市長)も「介護従事者が他産業と比べて遜色のない賃金水準となるよう、継続的な処遇改善措置を講じていただきたい」と要望。全国市長会の緊急要望を紹介し、「柔軟な対応をお願いしたい」と求めた。

 長内委員は「介護や障害福祉サービス等の報酬については次の改定が令和9年度となるが、現下の社会情勢で持続可能な制度とするためには、改定期を待たずに必要な見直しを適宜、その時期に応じて行う仕組みが必要」と提案。他の委員からも期中での対応を求める意見があった。

 こうした議論を踏まえ、田中常任理事が最後に発言。次年度以降の処遇改善を懸念し、「局をまたいだ議論を強く要望する」と述べた。

【田中志子常任理事の発言要旨】
 処遇改善について、本データおよび処遇の増額に対して感謝を申し上げる。一方で、多くの委員が発言しているように、処遇改善加算を取得しているにもかかわらず、他業種には到底追いつかないという現実がある。また、先ほど示された賃金構造基本統計調査においても、他業種における上昇幅との傾斜の違いが顕著になっている。これらの点を踏まえると、現行制度そのものの見直しが必要であると考える。
 他業種の春闘における満額回答などの報道に触れるたび、この業界に未来がないとして職種転換を選ぶ若者が増加しており、現場では焦り以上の恐怖があるのが事実。東委員や江澤委員と同様に、次年度以降の処遇改善について大きな懸念を抱いている。
 また、多くの委員が指摘しているように、処遇改善の対象が介護職員であることから、居宅ケアマネジャーに対する手当が不足しており、制度の見直し、あるいは新たな制度の創設が必要であると提言したい。
 さらに、資料2ページに記載されているように、介護医療院においては、新加算の届出を行っていない施設の割合が、介護3施設の中でも高くなっている。これは、併設されている診療報酬対象の病院職員との処遇差が生じることを懸念し、同一法人内における職員間の待遇の公平性を保つために、加算の取得を控えざるを得ないケースがあると聞いている。したがって、処遇改善については、今後も引き続き局をまたいだ議論を強く要望する。

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現場の声や実態を丁寧に調査すべき

 この日の分科会では、新型コロナウイルス感染症に係る臨時的な取扱いについて対応案が示され、これを了承した。

 厚労省の担当者は「臨時的な取扱いの廃止による影響が大きい状況が続いている」と説明した上で、臨時的な取扱いについて「更に2年間継続し、その後の対応については次期介護報酬改定にむけて介護給付費分科会において議論する」と提案。賛成意見が多数を占めた。
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 また、ユニットリーダー研修について「概ね未受講者が解消されたことから、臨時的取扱いは廃止することとしてはどうか」と提案。田中常任理事は反対意見を述べたが、廃止する方針でまとまった。田中常任理事は「このような重要な判断を行う際には、最も影響を受ける現場の声や実態を丁寧に調査・把握すべき」と述べた。

【田中志子常任理事の発言要旨】
 老健における2年間の継続措置については、大いに賛同する。老健施設における新型コロナウイルス感染については、委員各位が述べたとおり、いまだ再燃する感染事例が見られる。特に、在宅と施設の相互利用という特性を有する中間施設である老健では、運営における多大な影響がいまだに続いている。
 特養や他の介護施設とは異なり、在宅と施設を行き来する中で、より感染リスクの高い利用者が入退所を繰り返すという性質上、クラスターの発生も極めて起こりやすい。とりわけ、認知症専門棟など、要介護1・2で歩行可能な認知症高齢者が入退所するという特性から、感染者が室内での安静を保てず、感染拡大を防ぐことが困難な状況にある。
 感染症法上の分類が5類に変更されたとはいえ、現在もコロナが流行している中、「利用可能ですので、どうぞ」と施設側が家族に提案したとしても、ご本人やご家族からは「それならば延期します」「中止します」といった反応が返ってくるのは、ある意味当然のことである。
 特養や介護医療院とは異なり、老健はご家族が困難な状況にあるときや、ご本人が一時的にリハビリを必要とする際に活用される施設であり、その機能ゆえにこそ、当該機能の継続は不可欠であると考える。江澤委員の発言にあったように、これはさまざまな要件に関わる重要な要素である。
 しかし、施設側の努力や工夫によっても、このようなキャンセルや利用の不安定さは解消できない。高齢者が利用者であることから、コロナ感染による影響は若年層とは比較にならず、免疫が低下している者も多いため、施設側としてはキャンセルを受け入れざるを得ず、もともと厳しい運営状況にさらなる負担を強いているのが現状である。
 また、小泉委員の発言にもあったように、今回の2年間の措置の後には、すべての施設において、他の感染症に対する対応策についても改めて見直す必要があると強く感じている。
 続いて、ユニットリーダー研修について発言したい。「概ね未受講者が解消された」との報告があったが、このデータは研修実施事業者側、ならびに自治体からの調査に基づくものであると伺っている。そのため、ユニットリーダー研修の未受講者が概ね解消されたと断定するのは、やや性急であると感じる。現場には、研修に人員を出すことすら困難なほど人手不足の施設も存在しており、見かけ上の数値で「解消」とみなされている可能性も否定できないと危惧している。
 今後、このような重要な判断を行う際には、最も影響を受ける現場の声や実態を丁寧に調査・把握すべきである。少なくとも、来年度の調査においては、このユニットリーダー研修の実施状況について、実態を把握できるような設問を何らかの形で盛り込んでいただきたい。
 さらに、ユニットリーダー研修に限らず、資格要件についても提言したい。近年の働き方改革の中で、産休や育児休暇の取得が男女問わず若い職員にとって取りやすくなっている点については、高く評価したい。
 一方で、施設側から見れば、突発的にスタッフが休業することによって人員計画に支障を来す状況が発生している。特に、休業者が施設基準や加算要件を満たす有資格者や研修修了者である場合、直ちに同等の要件を満たす人材を確保することは困難であり、大変苦慮している。加えて、出産・育児・介護といった休暇は、計画的に取得できるものばかりではなく、職員および施設双方にとって予期せぬ出来事となることも多い。
 このような観点からも、働き方改革を実効性あるものとするためには、改革に伴う休業を支える制度として、該当する要件の緩和も併せて推進しなければならない。そうでなければ、休みにくい、あるいは休ませにくいという矛盾した状況が生じかねない。
 したがって、働き方改革と並行して、これを後押しする形で、育児休業や介護休暇を取得する職員に関する資格・加算等の要件緩和を検討し、働き方改革のさらなる推進につなげていくことを提言したい。

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