身体拘束廃止をデザインする ── 定例会見で橋本会長

会長メッセージ 協会の活動等 役員メッセージ

橋本康子会長_20240822会見

 日本慢性期医療協会の橋本康子会長は8月22日の定例記者会見で、身体拘束に関する見解を示した。橋本会長は、身体拘束ゼロ作戦の推進が2000年から取り組まれてきたものの、医療分野においては十分に実現されていない現状を指摘し、「今こそ、身体拘束ゼロ作戦を」と呼び掛けた。
 
 会見で橋本会長は、患者の尊厳を守り、身体機能の低下を防止することが重要であり、これを達成するためには技術習得と適切な手続きを徹底することが不可欠であると述べた。
 
 橋本会長はまた、法的リスクへの対応として、身体拘束の際には、切迫性、非代替性、一時性の要件を満たすことが求められるとし、家族や関係者と十分な協議を行うことの重要性を指摘。これにより、訴訟リスクを最小限に抑えるための慎重な対応が必要であると述べた。
 
 さらに、身体拘束を行わないための技術的工夫として、点滴や処置の際に患者の注意を他に向ける方法を紹介。これらの技術は難しいものではなく、適切な知識と実践によって十分に対応可能であるとした。これに関連し、当会が10月22日に具体的な技術習得を目的としたセミナーを開催する予定であると紹介し、参加を呼びかけた。
 
 最後に、診療報酬上の評価について、身体的拘束を実施した時間単位での評価の導入を提案。身体拘束ゼロの実現に向けた継続的な努力が必要であると締めくくった。
 
 橋本会長の説明は以下のとおり。なお、会見資料は日本慢性期医療協会のホームページをご覧いただきたい。
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根性論だけでは難しい

[池端幸彦副会長]
 ただいまより日本慢性期医療協会8月の定例記者会見を開始する。本日、理事会は開催しなかったが、記者会見は予定どおり実施する。では、橋本会長から挨拶とプレゼンテーションをお願いしたい。

[橋本康子会長]
 前回の会見で示したように、当会は寝たきりゼロに向けて、慢性期医療や介護が果たすべき役割を見直す。目的、プロセス、アウトカムの視点でデザイン(改革提言)する。今回のテーマは身体拘束である。
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 当会は今期から「慢性期医療をデザインする」というテーマを掲げ、「目的」「プロセス」「アウトカム」という視点で慢性期医療のデザインを進めている。

 本日のテーマは、「身体拘束廃止をデザインする 〜今こそ、身体拘束ゼロ作戦を!〜」とした。
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 まず、身体拘束廃止の目的は、患者の尊厳を守り、身体機能の低下を防ぐことであることは皆さまも既にご承知のとおりである。

 次に、プロセスとしては、身体拘束ゼロを達成するための技術習得と密なコミュニケーションが必要である。根性論で「やりましょう」という掛け声だけでは実現は難しく、確実な技術の習得が求められる。

 そして、アウトカムとしては、身体拘束の最小化、あるいはゼロ化を推進することである。この点については、時間単位での評価が有効であると考えている。
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身体拘束はなぜ問題なのか

 まず復習の意味で、身体拘束がなぜ問題とされるのか、抑制廃止や身体拘束ゼロという考え方について説明する。これらは20年以上前から指摘されており、皆さまもご存知かと思うが、再確認の意味で述べる。
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 介護保険分野では、以前から身体拘束が禁止されており、法律でも明文化されている。今回の診療報酬改定では、医療保険分野においても身体拘束を避け、可能な限り最小化する方針が示された。

 ここに示した11項目は、身体拘束の具体的な行為である。これらも皆さまもご承知のことだろう。例えば、紐で縛る、ベッド柵で囲む、患者がチューブを抜かないようにミトン型の手袋を装着させる。あるいは車椅子テーブルをつけて立ち上がれないようにするなどの行為である。最近、慢性期の病院であまり見られなくなったが、介護衣(つなぎ服)を着せることも身体拘束の一例である。

 また、行為そのものだけでなく、例えば10番目に挙げられているように、行動を落ち着かせるために向精神薬を過剰に服用させることも問題である。「寝かせておいたほうがベッドから落ちずに安全だ」といった理由で向精神薬を過剰に使用したり、居室に閉じ込めたり、隔離したりすることは、許されるべきではないとされている。
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身体拘束がもたらす弊害

 身体拘束は、「される側」だけでなく「する側」にも弊害をもたらす。身体拘束の弊害は主に、3つに分けられる。まず身体的障害、次に精神的弊害、そして社会的障害である。
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 身体的障害については、動きを制限されることにより、関節の拘縮、筋力低下、廃用症候群等が発生することが含まれる。また、このように目に見える部分だけでなく、内臓にも影響を及ぼす。食欲の低下や心肺機能の低下、さらには感染症への抵抗力の低下など、内臓系への影響が挙げられる。目に見えない機能低下として表れる。身体拘束から逃れようとする際に転落や転倒が起こり、窒息などの大事故につながる危険性も存在する。

 身体的な問題に加えて、精神的な弊害もある。これもおそらく理解しやすいと思うが、縛られるということ自体が極めて苦痛である。人間の尊厳が傷つけられ、不安、怒り、屈辱、諦めといった感情が生じることで、認知症の進行やせん妄の頻発が見られるようになる。家族にも精神的な苦痛を与える。

 さらに、社会的障害も存在する。身体拘束を行う看護師や介護士の士気が低下し、「なぜこんなことをしなければならないのか?」と、やりきれない思いが募る。病院や施設に対する社会的な不信や偏見が生まれることもある。このように、身体拘束がもたらす多くの弊害がある。
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身体拘束の悪循環

 拘束が拘束を生む「悪循環」がある。
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 身体拘束を行うと、本人には精神的・身体的苦痛が生じ、それがBPSDや行動障害を引き起こし、体力や生活機能の低下が見られる。

 これにより、さらに転倒の危険が増大する。筋力が低下し、ふらつきが増すことで転倒リスクが高まり、再び身体拘束が行われる。この悪循環が続くことで、最終的には身体拘束による死亡、いわゆる抑制死に至る危険性がある。
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身体的拘束の最小化に向けた体制

 今回の2024年度診療報酬改定において、入院料に関する改定が行われた。具体的には、組織的に身体的拘束を最小化する体制の整備が求められる方針が示された。
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 例えば、身体拘束最小化委員会を設置し、病院内で組織的に身体拘束の最小化を進める体制を整備することが求められている。

 この体制が整備されていない場合、入院料が1日につき40点減点される。また、指針の作成、定期的な指針の見直し、ラウンドの実施などが求められており、これらを怠ると入院料が下がることになる。
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 さらに、認知症ケア加算についても変更がある。同加算は従来から存在していたが、その点数が10%以上引き上げられ、160点が180点、100点が112点、40点が44点などに増加した。

 一方で、身体拘束を行った場合の減算幅が拡大され、20%以上の減算(100分の40から100分の60)となった。このように、認知症ケア加算においても、身体拘束の最小化に向けた方針が示された。
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身体的拘束の見える化

 どれほどの割合で身体的拘束が実施されているのか。令和5年の社会医療診療行為別統計(令和5年6月審査分)によれば、認知症ケア加算を算定している全回数のうち、身体的拘束を実施している回数は次のとおりである。
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 病院全体では31.7%。特定機能病院、療養病床を有する病院、一般病院の別で見ると、若干の差はあるものの、おおむね3割の患者に対して身体的拘束が行われているのが現状である。
 
 これは認知症ケア加算を算定している病院に関するデータだが、自施設の現状や目標などの見える化に活用できるだろう。
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身体的拘束の経営への影響

 認知症ケア加算については先ほど説明したが、今回の改定でどのように変わったか、経営面への影響という点から説明する。
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 身体的拘束の有無による点数差は1,832点である。身体的拘束を行った場合には1,832点の減算が発生する。これは対象患者数に応じた減算となる。例えば、10人の患者に対して身体的拘束を実施すると、1カ月で約18万3,200円の減算となる。

 身体的拘束をなくすためにはミトンを外すなどの措置が必要であり、それには人的な支援が不可欠である。そのため、一見すると減算額は大きく見えるが、実際には対応に伴う十分な人員が求められるという面もある。

 特に急性期の病院では、胃瘻を新たに造設した患者や気管切開を行っている患者、人工呼吸器を装着している患者など、さまざまな医療器具を使用する場面が多い。見守りを行うスタッフが必要となる。

 このため、一時的に身体拘束を行わざるを得ない状況が発生する可能性がある。24時間継続するものではないとしても、特定の時間帯において身体的拘束が必要となる場合がある。その際、身体的拘束を回避するためには、追加の人員配置が求められる。
 
 しかし、現行の診療報酬点数では、その人件費を十分に賄うことが困難である。したがって、身体拘束の最小化に取り組む医療機関には、より充実した人員配置が可能となるような支援策が検討されるべきである。
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身体拘束をなくすプロセス

 身体拘束をなくすためのプロセスについて述べる。仮に体制を整備したとしても、現場では身体拘束をどのようにして減らすべきか悩むことがあるだろう。その際には、技術的な工夫が求められる。
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 例えば、点滴をする際に通常の腕への点滴では患者が気にしてしまい、抜去される可能性がある。そこで、足に点滴を施し、その上からソックスを履いてもらうといった工夫が考えられる。

 また、患者が寝た状態で点滴や処置を行うと、どうしてもその箇所に意識が集中してしまうが、車椅子や椅子に座ってもらい、手を自由に動かせる状態にした上で足に点滴や処置を行う。患者の注意を他に向け、点滴を抜かれるリスクを低減できる。

 これらの工夫は、難しい技術を必要とするものではない。このような対策を知っているかどうか、実践しているかどうかの違いが結果に影響を与える。したがって、こうした技術を学び、実践することが重要であると考える。

 法的リスクに備える手続きも必要である。身体拘束によって事故が発生した場合、命に関わる事態に至ることがある。一方で、身体拘束を行わなかったことによって、ベッドから転落したり、歩行困難な患者が歩こうとして転倒したりする事故が発生する場合もある。いずれのケースも裁判に発展し、訴訟が提起されることがある。

 これらの事例では、いずれの場合も病院側が敗訴することがあるため、絶対に安全な対応策や訴訟を回避する方法は存在しないといえる。したがって、身体拘束を行う場合でも行わない場合でも、訴訟リスクを避けるために適切な手続きを遵守することが重要である。
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身体的拘束を最小化する技術

 日慢協には、「身体的拘束の最小化」だけではなく、「身体拘束ゼロ」を実践している会員病院も少なくない。その具体的技術を習得できる場を設けたい。
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 身体拘束ゼロに向けた技術は手引きにも記載されているが、より具体的な技術を習得していただくために、日本慢性期医療協会では10月22日に1回目のセミナーを開催する。テーマは、「身体的拘束最小化大作戦 〜根性論だけでは進まない具体的なテクニックを学ぼう〜」とし、会員外の参加も受け付ける。現場で拘束ゼロに取り組まれる看護・介護など、患者のケアを担当されている皆さまのご参加をお待ちしている。講師は、田中志子常任理事(内田病院理事長)、富家隆樹事務局長(富家病院理事長)が担当する予定である。

 このセミナーでは、技術面での工夫や実践的な技術を学ぶ機会を提供する。具体的な技術の習得を目的としているため、ぜひご参加いただきたい。このセミナーは一度限りではなく、今後も継続的に開催したい。多くの技術は、知識として知っているかどうかで習得可能なものである。このセミナーを通じて、そのような技術を学び、現場で実践していただきたいと考えている。
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法的リスクに備える手続き

 身体拘束に関する法的リスクがある。ルール・手続きを定め、施設内および患者家族との密なコミュニケーションを図ることが必要である。
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 まず、患者本人とその家族、さらに本人に関わる病院関係者全員での検討が必要である。患者が理解できるかどうかにかかわらず、家族や関係者と十分に協議するべきである。担当の看護師や医師1人で決定することは避ける。また、病院スタッフのみで決めることや、少人数で判断することも避けるべきである。

 身体拘束の検討に際しては、切迫性、非代替性、一時性という3つの要件に照らし合わせ、慎重に検討を行うことが求められる。

 抑制を行わなければ命に関わる状況が切迫性である。しかし、もう一度検討し、抑制以外の方法で命に危険が及ばないよう、安全に対応できる方法がないかを考える必要がある。

 それでも他に代替案がなく、切迫性が認められる場合でも、一時性の要件を満たす必要があるため、慎重な検討が求められる。
 
 やむを得ず身体拘束を実施するとしても、身体拘束の内容、目的、拘束の時間などについて、家族や本人に対して詳細に説明する必要がある。

 身体拘束は通常、1日単位で記録されるが、時間も明記する必要がある。また、期間についても具体的に記載することが求められる。例えば、「1日のうち3時間」「食事時に1時間ずつ、計3時間」といった具体的な時間の記載が必要である。また、その期間も「胃瘻が安定するまで」「経口摂取が可能になるまで」など明確に記載し、曖昧にしない。1週間ごとに見直すといった期間設定も必要である。

 3つの要件に該当しなくなった場合には、速やかに拘束を解除することが求められる。このような慎重な手続きを行うべきであり、特に患者本人が理解できない場合には、家族とのコミュニケーションが最も重要である。
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実施単位を1日から時間に

 まとめである。「身体拘束ゼロ作戦推進会議」は2000年から24年間にわたり取り組んできたが、医療分野においては、依然として十分に達成されていない部分がある。
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 今後は寝たきりゼロを目指すとともに、身体拘束ゼロへの取り組みを推進する必要がある。慢性期医療において、特に日本慢性期医療協会の会員は、身体拘束ゼロに長年取り組んできた実績があるため、その経験をさらに広めていきたい。

 その目的は、尊厳を保持し、身体機能の低下を防止すること。プロセスとしては、技術の習得が不可欠である。手続きを確実に履行し、リスクに対応できる体制を整え、コミュニケーションを徹底することで、身体拘束の最小化、さらにはゼロ化を推進する。

 以上を踏まえ、提案したい。現在、診療報酬上の身体的拘束は1日単位での評価となっている。しかし、実際には24時間連続で身体拘束を行うわけではなく、ミトンを時々外すなどの状況もある。身体的拘束を実施した具体的な時間を記録している点なども踏まえ、時間単位での評価も取り入れるべきであると考える。私からは以上である。
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[池端幸彦副会長]
 橋本会長、ありがとうございました。私から1つ補足させていただきたい内容がある。誤解を避けるため、中医協委員として説明を追加する。橋本会長がご説明された「身体拘束」と、今回の診療報酬改定で減算対象となる「身体的拘束」には若干の違いがある。

 スライド6ページの(3)をご覧いただきたい。「身体的拘束は、抑制帯等、患者の身体又は衣服に触れる何らかの用具を使用して、一時的に当該患者の身体を拘束し、その運動を抑制する行動の制限をいう」と定義されている。今回の診療報酬においては、この「身体的拘束」が対象となる。

 一方、日慢協がこれまでゼロを目指して取り組んできたのは「身体拘束」である。この「身体拘束」には、橋本会長が先ほど紹介されたように、4点柵や薬物による拘束も含まれている。日慢協はこの意味での「身体拘束」のゼロを目指している。

 今回の改定では、まず先ほどの定義に示された「身体的拘束」の廃止を目指している。このような違いがあるため、「身体拘束」と「身体的拘束」には意味の違いがあることを理解していただきたく、補足させていただいた。
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