「介護事故は裁判で負ける」 ── 武久会長、法整備を求める
「介護事故は不可抗力の場合も結構ある。裁判になるとほとんど施設側が負けている」。日本慢性期医療協会の武久洋三会長は10月30日、令和3年度の介護報酬改定に向けて介護施設の安全対策がテーマに挙がった厚生労働省の会議でこのように述べ、「ここは何とか法整備をしていただけたらありがたい」と求めた。
厚労省は同日、社会保障審議会(社保審)介護給付費分科会(分科会長=田中滋・埼玉県立大学理事長)の第190回会合をオンライン形式で開催し、前回に引き続き次期改定に向けた検討を進めた。
この会合に先立ち、厚労省は「令和2年度介護事業経営実態調査」などの結果をまとめ、同分科会に提示。この結果に対する委員の意見を聴いた後、各サービスの審議に入った。
今回の主なテーマは、①居宅介護支援・介護予防支援、②介護老人福祉施設、③介護老人保健施設、④介護医療院・介護療養型医療施設──の4項目で、厚労省が示した「検討の方向(案)」を中心に各委員が意見を述べた。
このうち②の特別養護老人ホームについては、人員配置基準の緩和やユニットケアの推進、看取り体制の整備のほか、「介護保険施設のリスクマネジメント」を論点として提示。「介護保険施設における安全対策に係る体制についてどのような対応が考えられるか」と意見を求めた。
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2020年10月30日の介護給付費分科会「資料8」P35から抜粋
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事故情報が活用されていない
介護保険施設のリスクマネジメントについて厚労省の担当者は、多くの施設で指針やマニュアルを整備していることや、介護事故防止のための研修を93.6%の施設が実施している状況を報告した。
一方、課題として挙げたのは事故報告の範囲。厚労省の担当者は「市町村として範囲を定めているのが58.2%で、事故情報は30%程度の市町村で活用されていない」と指摘した。
その上で、今後の検討の方向性として「国において報告様式を作成し、周知することを検討してはどうか」と提案した。
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2020年10月30日の介護給付費分科会「資料8」P46から抜粋
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自立支援を促進すればリスクは高まる
質疑で小泉立志委員(全国老人福祉施設協議会理事)は「市町村によって事故報告書の様式が異なり、報告基準にも差がある」と指摘し、「厚労省が事故報告書の様式を作成し、メールで提出すべき」と述べたほか、「責任者の配置と研修や事故報告等の一連の取組に対して報酬上の評価をすべき」と要望した。
石田路子委員(名古屋学芸大学看護学部教授)は「離床や自立支援を促進しようと思えば思うほど、やはり事故のリスクが高くなる」と指摘。「安全対策の強化があまり強調されると逆に現場の職員が萎縮してしまい、介護事故が多い事業所であるというレッテルが付けられてしまう恐れがある」と懸念した。
その上で、石田委員は「こうした(安全対策の)取組を積極的に行ったがゆえに事故も発生してしまったようなケースについてはマイナスに評価するのではなく、取組を認めた上で考えていく、十分検討していく必要がある」と述べた。
こうした議論を踏まえ武久会長は「誤嚥による死亡や、認知症の人が転倒して骨折する場合などは状況により、ご家族が納得される場合もあるが、裁判になることが多い」と現状を説明。「不可抗力の場合も結構ある」と指摘し、「ここは何とか法整備をしていただけたらありがたい」とコメントした。
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過疎地の要介護者は踏んだり蹴ったり
このほか、特養については人員配置基準の緩和もテーマになった。厚労省は、介護・看護職員や生活相談員らの兼務を認める方針を提示。栄養士の配置基準を見直す考えも示した。
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2020年10月30日の介護給付費分科会「資料8」P15から抜粋
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武久会長は入所基準に言及し、「過疎地にある特養には要介護2でも入れるようにしてあげたほうがいいのではないか」と提案。「介護保険の中で措置的なシステムを考えていただかないと、過疎地の要介護者は踏んだり蹴ったりという状況」と述べた。
特養については、ユニットケアの推進も論点に挙がった。厚労省は、1ユニットの定員を現行の「おおむね10人以下」から15名程度以内に緩和することなどを提案し、大筋で了承された。武久会長も「今回の提案のように効率化をしていただければありがたい」と賛同した。
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頑張っているケアマネの評価を
この日の会合では、居宅介護支援・介護予防支援の報酬・基準もテーマになった。厚労省は、人材不足が進むケアマネジャーの収入を安定させるため、ケアマネ1人あたりの担当が40件を超えると介護報酬を半額、60件を超えると3割に減額される「逓減制」の見直しを提案し、了承された。
ケアマネ1人あたりの担当件数が増えることによる質低下への対応策としては、ICTの活用や事務職員の配置による業務の効率化などを提案した。
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2020年10月30日の介護給付費分科会「資料7」P16から抜粋
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武久会長は「よく頑張っているケアマネジャーをより評価してあげるようなシステムになればいい」と期待を込めた。
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介護医療院への移行、「市町村の反対が多い」
介護医療院への移行も議論になった。厚労省は「早期の意思決定促進」と題し、「検討状況の報告を求め、報告の有無によりメリハリをつけた評価とすることを検討してはどうか」と提案した。
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2020年10月30日の介護給付費分科会「資料10」P40から抜粋
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質疑で、安藤伸樹委員(全国健康保険協会理事長)は「単に報告の有無だけではなく、その内容も踏まえた評価とすべき」と主張。河本滋史委員(健康保険組合連合会常務理事)は「報告しなければ減算するとか、報告を介護療養型医療施設の基本報酬の要件に加えるべき」などと提案した。
河本委員はまた、来年3月までの期限となっている「移行定着支援加算」(1日93単位)について「延長すべきではない」と主張。井上隆委員(日本経済団体連合会常務理事)も「現行の期限を厳守しながら移行を支援していくべき」と述べた。
井上委員はさらに、「支援だけでいいのか、あるいは、もう少し強い指導というようなものが必要になってくるのではないか」と付け加えた。
武久会長は「実は市町村が多く反対をしている。介護保険財政が非常に厳しくなるので介護医療院への移行をかなり抑制している市町村が全国に散見される」と指摘し、「移行したい所がスムーズに移行できるように厚労省のほうで対応していただけると大変ありがたい」と述べた。
武久会長の発言要旨は以下のとおり。
■ ケアマネの逓減制の見直し等について
居宅介護支援について述べる。どんな職種でも一緒だが、あまり仕事をしない人と、一生懸命にやる人がいる。
調査によれば、ケアプランが全く変わっていないものが半分近くある。サボろうと思えばサボれるが、一所懸命やる人もいる。私はやはり、頑張っている人を評価してあげるような方法をぜひ取っていただきたいと思う。
そのためには事務員の配置も必要である。今回の提案にもあるが、コンピューターを使ったのIT的な処理や事務的な仕事が結構多く、ケアマネジャーのデスクワークも非常に多くなっている。ケアマネジャーはできるだけ外に出て行って、いろいろな病院を回ったり、患者さんに付き添ったり、居宅に実際に行ったり、そういう業務に積極的に取り組んでいただき、事務的な作業は事務員がするようにしたほうがいい。
そのような対応をした上で、現在のケアプランを50件か60件ぐらいまでは、減算せずに対応するようにする。よく頑張っているケアマネジャーをより評価してあげるようなシステムになればいいと思っている。
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■ ユニットケアの推進について
特養について、辻哲夫さん(元厚生労働事務次官)が「どんどんユニット化する」と言って進められてきたが、都内には4人部屋をミックスしたような施設がたくさんある。
今回の「検討の方向(案)」にも示されているように、2つの違った施設が一緒になっているというような処理の仕方をされている。
そのため、職種がダブり、結果的に収益が赤字になることが多い。従って、今回の提案のように効率化をしていただければありがたいと思っている。
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■ 特養の入所基準について
特養には要介護3以上でなければ入所できないという基準がある。しかし、過疎地には入所できる施設が不足しているため、特養以外の施設がない地域がある。そういう所の方々のために、過疎地にある特養には要介護2の人も入れるようにしてあげたほうがいいのではないか。臨機応変に対応していただきたい。
大手の事業者は収益性を考えるため、過疎地にはなかなか進出してくれない。過疎地で提供するサービスの効率が非常に悪いため、収益率が悪くなる。その結果、過疎地では介護サービスを受けられない人が出てくる。
そこで、特別な場合にサービスを維持するように、介護保険の中に措置的なシステムを老健局で考えていただきたい。そうしないと、過疎地の要介護者は踏んだり蹴ったりという状況になる。
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■ 介護施設の安全対策等について
介護事故でよくあるのは、誤嚥による死亡や、認知症の人が転倒して骨折する場合など。これは状況により、ご家族が納得される場合もあるが、裁判になることが多い。
法定人員はきちんと守っている。突発的な動きによる不可抗力の場合も結構ある。裁判になると、施設側がほとんど負けている。ここは何とか、法整備をしていただけたらありがたいと思う。
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■ 介護医療院への転換について
介護療養型医療施設から介護医療院にどんどん移行してくれればいいが、アンケートによると動きが鈍いように思う。「93単位(移行定着支援加算)をもう少し延期してほしい」という声もある。われわれ日本慢性期医療協会の中でもいろいろな意見がある。私としては、行政が行うことを信用して移行してくほうがいいと思っている。
ただ、財務省が関わってくるとマイナス改定がどんどん進む。これは残念だが、新しい施設をつくるときには行政に協力していきたい。介護医療院にどんどん移っていただきたい。
介護療養病床から医療療養病床への移行は難しい。医療区分2・3の患者を8割以上という条件で入院させることができるかと言えば、非常に厳しい状況があると思う。
ただ、介護療養型の病床を介護医療院に移行させようとすると、実は多くの市町村が反対する。介護保険財政が非常に厳しくなるため、介護医療院へ移行するのをかなり抑制している市町村が全国に散見される。
こうした状況によって、国の方針が示されていても現場では移行への障害になっている。介護医療院に移行したいという所はスムーズに移行できるように厚労省のほうで対応していただけると大変ありがたいと思う。
(取材・執筆=新井裕充)
2020年10月31日