【第38回】 慢性期医療リレーインタビュー 穂積恒氏

インタビュー 役員メッセージ

穂積恒先生

 秋田県内唯一のホスピス病棟として旧厚生省から認可を受けて15年。医療法人惇慧会・外旭川病院などを運営するウイズユーグループ理事長の穂積恒氏はアートにも力を入れています。昭和63年、病院新築の際には絵画などの美術品を院内に展示できるよう設計。穂積氏は、「たくさんの音楽や美術に触れて感性を磨き、患者さんやご家族とより良い関係を築いてほしい」と話します。今年7~9月、秋田県立美術館などで開催された「草間彌生展」には、同グループが所蔵する作品が数多く出展されました。
 

■ 医師を目指した動機
 
 私は5代目で、父も祖父も曾祖父も高祖父も医師です。曾祖父は秋田市内で初の民間病院をつくりましたが、祖父の代で一度閉院になり、父が再建、それを私が引き継ぎました。

 医者の家庭に育ちましたので、子どもの頃から父や祖父の仕事を見ていて、「医者っていいな」という気持ちを持っていました。ですから、ほかの仕事に就こうか、医者になろうかと悩むことはなく、自然に医者になったという感じです。「自分は将来医者になるんだ」と強く意識したのは中学生の頃ですが、特別な出来事があったとか、医師を目指す動機が急に芽生えたというわけではありません。

 大学の医局は、循環器・呼吸器をやっている第二内科に入り、最初に指導を受けたオーベンの影響で呼吸器内科に進みました。気管支喘息の論文で学位を頂き、卒業後はすぐに父の病院に戻りました。そこはいわゆる「老人病院」でした。医師や看護師も少なく衛生状態も悪かったので、少しでも改善したいと思い、様々な改革に乗り出しました。

 父の病院に戻って3年後、現在の病院に新築移転しました。当時は241床すべて療養病床でした。現在でも療養病床としては秋田県内で最大規模を誇る病院です。大きな転機となったのは、県内初のホスピス病棟の開設。これまで多くの高齢者をお看取りしてきましたので看取りには自信がありましたし、がん末期で苦しむ患者さんを学生時代から見てきましたので、ホスピス病棟の必要性を痛感していました。

 当初は、「療養病床をやりながらホスピスができるのか」と疑問視する声もありましたが、なんとか頑張って13床で開設し、平成19年に21床増やして34床になりました。東北では最も多い病床数です。最近、県内の病院にホスピスができましたが、それまでは当院が県内唯一のホスピス病棟でした。そのため、大学病院や看護学校での指導などを通じて秋田県内の緩和ケアをリードし、地域に貢献してきたと思っています。しかし、今日に至るまでにはいろいろなことがありました。

穂積恒先生、往診

■ 慢性期医療に携わって思うこと
 
 私は一貫して慢性期医療ですが、決して平坦な道のりではなく、様々な葛藤がありました。父の病院に帰ってまず考えたことは、大学病院などの急性期病院と民間病院が競争していけるかという問題です。近隣の大規模な急性期病院は、税金で新しい機械をどんどん買います。補助金などを使って、5億や10億もするMRIやCTをどんどん買います。

 しかし民間には無理です。借金をして、かつ税金を払いながら高額投資をしても、すぐに新しいバージョンの機種が出てきますので、追い付いていけません。古い機械だらけの急性期病院には、医者もなかなか来てくれないでしょう。つまり、急性期病院として勝ち残るためには、「設備投資の競争」に勝たなくてはいけません。

 そこで考えました。「急性期をやっている」と言われる民間病院はどのような病院なのか。実は、名ばかりの急性期がほとんどでした。急性期病院と言いながら、慢性疾患を抱える長期入院の患者さんが多い。これからの高齢化を見据えた時、彼らがやらない慢性期医療をやるべきだと思いました。それからホスピスですね。当時の急性期病院にはできない領域でしたので、そこに取り組もうと決めました。

 近隣の医療機関にも、当院の方針を広めるように努めました。「慢性期を極めよう」「療養を極めよう」という思いがありましたので、「当院は重症患者さんを診ます」と伝え、積極的に受け入れました。現在、医療区分3の患者さんが60~70%、2が20%~30%で、1はほとんどいません。人工呼吸器は15~16台。手のかかる患者さん、ほかの病院では診られないような患者さんをどんどん受け入れました。結果的には、その方針で良かったと思います。

 しかし、病院という組織を動かしていく必要がありますので、当初は簡単には進みませんでした。職員には、「できるだけ楽をしたい」「重症の患者さんはいやだ」という気持ちがあります。そういう職員にいかに理解してもらうか。私の闘いはそこにありました。重症の患者さんをしっかりみていくことが当院の社会的使命であることを理解してもらうため、何度も何度も説得しました。最近になって、ようやく努力が報われるようになってきましたが、当時は診療報酬点数も低く難儀しました。
 

■ これからの慢性期医療はどうあるべきか
 
 2006年度の診療報酬改定で医療療養病棟入院基本料に医療区分が導入され、療養病床の削減に向けた嵐が吹き荒れました。当院ではすでに重症患者さんを多く受け入れていましたので、「医療区分2と3を多く入れましょう」という方針を立てた時、看護師も医師もスムーズに動いてくれました。地域との連携も進めていましたので、医療区分1の患者さんを受け入れてくれる介護施設との提携も円滑に進めることができました。

 療養病床の運営が今後かなり厳しくなるという思いは全くありませんでした。どんな時代になろうとも、長期入院を余儀なくされる重度の慢性患者さんは必ずいます。介護施設では診られない、しかし急性期の病院には長く入院できない。そういう患者さんをしっかり受け入れることのできる病院というのは、中途半端な病院よりも必ず生き残っていけるという確信がありました。

 ようやく時代が追いついてきたと思います。高度医療が発展すればするほど、昔ならば亡くなっていたような病気の人も助かる。しかしその一方で、一命は取り留めたものの重度の後遺症を残し、毎日毎日、医療管理をしなければいけない人がどんどん増えてきています。そういう方々をきちんと支える病院はこれからさらに必要だと思います。

 とかく「慢性期病院」「療養病床」と言うと、お年寄りで手間のかからない患者さんを何もせずに寝かせておいて高い診療報酬を取ると思う人もいまだにいるかもしれません。しかし、急性期病院にも介護施設にもいられない、そして在宅でも療養できないような重度の患者さんに対応する「重度長期慢性期病棟」の存在が地域に欠かせません。そういう病棟の社会的な存在価値や意味が強く認識されるように、われわれは努力を重ねていく必要があると思っています。

 重度の長期療養に対応できない療養病床は全国にたくさんあると思います。そうした病院の方から相談を受けることがあります。「介護施設に転換したほうがいいのか」という悩みです。私は、医療療養病床として生き残っていくためには、医療区分3の患者さんにしっかり対応できる機能があることが必要だと考えています。

 そこで重要になるのは、医師や看護師をはじめスタッフの資質をきちんと高められるか、そういう環境を整備できるかだと考えています。もしそれが難しいようであれば、老健などに転換したほうがいいとアドバイスしています。中途半端が一番良くないと思います。
 

■ スタッフへのメッセージ
 
 在宅復帰できない患者さんや、在宅療養を望まない家族がいます。医療機能を備えた施設も増えてきているようですが、病院に対する信頼感や安心感が根強くあることも事実です。当直の医師や看護師が必ずいて、緊急時の対応ができる病院はやはり安心です。そうした病院へのニーズが今後ますます高まりますので、スタッフの方々にはそうした意識を強く持っていただきたいと思います。

 医療に従事する方々はみな専門職です。ですから、まず専門職としての腕を磨くことに力を注いでほしい。それからやはり人間性。医者というのは小さい時から勉強がよくできて、論理的に物事を考える能力は優れていますが、人文的な分野への頼りなさが残ります。他人の気持ちを理解する能力に欠けている面がありますので、多くの音楽や芸術作品などに触れて、思いやりの心や感性を磨いてほしいと思います。

 当院は26年前に新築移転する際、父が所有していた多くの美術品を院内に展示することを念頭に置いて設計しました。患者さんや家族とコミュニケーションを取るために必要な能力は「感性」です。専門職としては、理論や理屈なども必要ではありますが、「理性」だけではなく「感性」を磨く経験が少ないと思います。私がアートに力を入れているのは、「理屈だけではなく感性を磨いてほしい」という思いがあるからです。

 アートには癒しの効果もあります。素晴らしい1枚の絵を見ることによって自分の感性を良くする。感性を磨けば磨くほど、他人の痛みや気持ちがより理解できる人になれるのではないかと思っています。最近の若い人たちは非常に勉強熱心で優秀ですが、コミュニケーション能力の低さがトラブルの原因になることも少なくありません。相手の立場に立ち、相手が納得しやすいような言葉で話せばいいだけなのですが、「こうだから、こうです」と、数字を挙げてパパッと言われても、ご家族は納得できません。

 彼らが理解できる言葉や筋道で話してあげれば、「ああ、そういうことだったのですね」となる。特別なテクニックは必要ありません。「共感力」と言いましょうか、その人の目線に合わせて話ができる医師や看護師であってほしい。そのためにも、たくさんの音楽や美術に触れて、感性を磨いてほしいと思います。

 職員一人ひとりが感性を磨かないと、「冷たい病院」になります。他の職員と同じことをしているだけなのに、「なんだこんなの!」と言って怒る人もいますし、逆に「ありがとう、本当にありがとう」と感謝しながら帰る患者さんやご家族もいます。

 両者の違いは、説明の仕方です。説明が機械的で、「どうせ駄目よ」とか、「こんなに数値が悪いから駄目だ」と言ってしまう医師や看護師がいます。一生懸命やっている姿勢は分かるのですが、説明の仕方1つで損をしているスタッフもいます。ぜひ、伝える技術や感性を磨いて、患者さんやご家族とより良い関係を築いてほしいと思います。
 

■ 日本慢性期医療協会への期待
 
 現在、非常に強い政策提言力を持っています。会員病院の協力の下、厚生労働省に対しエビデンスベースの要望を伝えることができるのは、非常に素晴らしいことです。こうした政策提言力、発信力をますます強化していってほしいと期待しています。

 さらに、今後は経営支援の機能も高めてほしいと思っています。消費税率が10%に引き上げられることはほぼ確実ですので、病院経営は厳しさを増します。そこで具体的には、当協会内に「共同購入組合」をつくり、会員病院の経営支援を進めてほしい。例えば、薬剤や医療材料などを1,200病院でまとめて購入し、今まで以上に安くて良い物を提供できるような力を持てば、日本慢性期医療協会はもっと発展するのではないかと思っています。

 各病院はそれぞれの地域で個別に交渉しています。大きな病院は多くの数量をまとめて購入していますので、実勢価格よりも安く買える場合もあるようですが、小規模な施設や病院はそういうわけにはいきません。交渉能力もありませんので業者の言い値です。値引き交渉をしても、「これしか取引していないので、これしか割引できない」と言われてしまいます。しかし、「日本慢性期医療協会の会員価格」ということで、さらに数%安くなれば、消費税率引き上げ3%分ぐらいを補填できるかもしれません。

 これから各病院は「損税で経営が厳しい」と嘆くだけではなく、具体的に対抗するアイデアを出していくべきです。慢性期の医療機関では、使用する薬剤はほとんど一定しています。上位1,000種類だけでも日本慢性期医療協会の組合を通して買うことができれば、数%くらいは安くなるのではないでしょうか。当院の場合、月1,000~2,000万円の購入費用が掛かっていますので、もし5%安くなれば月50~100万、年間600~1,200万円の節約になります。

 さらに今後は、消費税引き上げだけではなく、人口減の時代が待ちかまえています。「消滅都市」などと言われていますが、秋田県も例外ではなく、生き残れる町は本当にわずかしかありません。県内すべての市町村は40年後に消滅するとも言われています。そういう中で、病院が将来どうあるべきか、いま一生懸命に考えています。

 私は、とにかく借金をしない、借金を減らすことを目指しています。この5年間で「完全無借金」な健全経営の病院になることを目指しています。人口減少時代になり、患者さんが減った時に病院の規模を縮小する必要が出てくるでしょう。その時に必要なのは「借金がない」ということです。借金があれば収入を減らす道を選択できませんが、無借金であれば、病棟1つ閉鎖するようなダウンサイジングをすぐに決断できます。

 病院が生き残るためにどんどん新しいことをやることも大切ですが、不採算部門を閉めていくことも必要です。2025年を乗り越えた人口減の時代に、撤退する勇気、損切りする勇気ができる病院になれるよう今から準備しておきたいと思っています。非常に難しい課題ではありますが、20年後、30年後に医療や介護の業界がどう変わっても、フリーハンドで取り組めるようなスタンスでいられる必要があります。

 ですから、日本慢性期医療協会にはぜひ「経営支援機能」を強化していただきたいと思っています。いわゆる「オピニオン・リーダー」としての役割だけではなく、経済的な側面で各医療機関を引っ張っていくリーダーになってほしい。そうすれば、さらに多くの仲間も集まり、より強いパワーを発揮できると信じています。

                           (取材・執筆=新井裕充)

 

【プロフィール】
 
穂積恒(ほづみひさし)
医療法人惇慧会 理事長

1953年1月3日生
1979年 秋田大学医学部卒業
1985年 秋田大学医学部医学科大学院卒、医学博士取得
1992年 医療法人惇慧会外旭川病院院長
1995年 医療法人惇慧会理事長
2003年 ウイズユーグループ代表
2006年 IFA理事に就任
2010年 高齢社会NGO連携協議会(JANCA)理事
2010年 日本慢性期医療協会理事
 

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