「第20回日本慢性期医療学会福井大会」のご報告(6) ─ シンポ3(終末期)

会員・現場の声 協会の活動等

福井大会シンポ3

 

■ 中川翼氏(日慢協副会長、定山渓病院院長)
 

人権と尊厳は守られているか
 

 「定山渓病院における取り組み」というテーマで、病院の立場から話す。最近、使われている言葉として、「尊厳死」(日本尊厳死協会)、「平穏死」(石飛幸三先生、長尾和宏先生)、「老衰死」(金丸仁先生ら)、「自然死」(中村仁一先生ら)、「満足死」(市民側)などがある。これらの言葉が持つ共通の問いかけは、「認知症や意識障害ら、特に高齢者に対する延命治療(胃ろうなど)が適切でしょうか」ということ、そして「人間の人権と尊厳は守られているでしょうか」ということだと考える。

中川翼氏(日慢協副会長) 私の考えとして、主に次の3点を挙げたい。すなわち、▽人間の考え方は多様であるため、患者さんの意思やご家族の意思の確認が求められる、▽医療従事者も患者・家族の意向を尊重したケアが求められる、▽そのケアは多職種で共有されていることが必要である──ということである。

 終末期の施設(病院)ケアの優れているところは、ご家族の介護負担が圧倒的に少ない点であろう。すなわち、いろいろな職種が関わってくれるし、チームで関わってくれる。医師もすぐそばにいて、看護職や介護職も多く、リハビリテーションもやってくれる。また、栄養をとる方法がいろいろあるし、トイレや排泄の介助をしてくれる。車いすが使えるため、トイレが使いやすいことや、保清をしてくれたり、褥瘡の予防をしてくれたり、といった点が挙げられる。

 一方、終末期の施設ケアの劣っているところとして一般的に言われるのは、「なじみの環境ではない」ということ。また、「本人や家族の意思、意向をどこまで尊重してくれるのか不安である」との声も聞く。「お金が掛かる」という不安もあるかもしれない。

 そこで当院では、「終末期の施設ケア(入院)の長所を生かし、短所を補っていくにはどうしたらいいだろうか」という観点から取り組んできた。いまだ進行形だが、終末期との関わりの中で悩みながらも前向きに取り組んできた当院の姿を述べたい。
 

終末期について多職種で共有
 

 当院では、1997年4月から99年3月末にかけて、病院全体での「役職者研修」を行い、99年4月からは各病棟で「ターミナルケアカンファランス」や「死亡後カンファランス」を行ってきた。まず、「役職者研修」について説明する。

 「役職者研修」は、「医師と看護師長との間で終末期ケアの考え方が違わないだろうか」という問題意識に基づき、幹部医師と幹部看護職で2年間勉強した。具体的には、毎月に1回のペースで開催し、亡くなった方の事例検討を中心に行った。

 そこでは、看護職から医師に対して「先生は私たちに相談しないで自分だけの考えで物事を進めるので、とても困る」とか、「高齢者の終末期への対処が延命治療に走りすぎているのではないか」とか、「ご家族ともっと話し合ってほしい」などの意見が出された。研修を終えた参加者からは、「病院全体で取り組んだのは良かった」との意見が多く聞かれた。この研修は、テーマを変えながら現在も継続している。

 その後、院内で「こうした研修を各病棟でもやってほしい」との声があったため、99年4月から「ターミナルケアカンファランス」「死亡後カンファランス」を開始した。現在、8個病棟すべてで実施している。終末期に近づいていると考えられたときには「ターミナルケアカンファランス」を、死亡後2週間以内に「死亡後カンファランス」を行っている。出席者は、担当医師や看護師長、看護職、介護職、リハ療法士(PT、OT、ST)、管理栄養士、MSW、看護部長、薬剤師で、時間は15~20分。院長である私はほとんど毎回出席している。

 その結果、終末期にある患者さんの状況について、多くの職種で共有できるようになった。特に、リハビリテーション療法士が参加したことが大きいと思う。本人のみならず、ご家族にも病院の対処が共有されており、安心して終末期を迎えていると感じる。
 

患者・家族の意思確認の方法は
 

 患者さんやご家族の意思確認をどのようにしたらいいだろうか。2004年9月、の定山渓病院の病院祭で、患者さんのご家族(50代女性)から、こう言われた。「この病院に入院している患者の家族として、これ以上の延命を望まない場合、それを文書にしておく様式はないのだろうか」。

 当院では、医師と看護職を中心に、ご本人・ご家族への病状説明や話し合いを適時行い、「ターミナルケアカンファランス」でも、多くの職種と情報や方針の共有化を図ってきたが、私どももこうした用紙の必要性を感じていた。早速、私と看護部長で検討し、「意思確認用紙」を作った。これは、ご本人が希望しない項目に丸を付けてもらうという、極めてシンプルなものだった。希望しない処置として提示したのは、①経管栄養(胃ろう)、②中心静脈栄養(高カロリー輸液)、③人工呼吸器装置、④心肺蘇生、⑤点滴、⑥輸血、⑦酸素、⑧その他──の8項目。

 この用紙は、2004年9月から09年3月まで、4年6カ月にわたり使用した。この間、106人のご家族が記入し、本人署名は0人。ご家族の署名は、1人だけが90%で、ご家族2人が記入したのは8%だった。ご家族が希望しなかった項目として、最も多かったのは「人工呼吸器装置」、次いで「心肺蘇生」であり、これらは90%以上のご家族が希望しなかった。「輸血」は約70%が希望しなかった。「経管栄養(胃ろう)」と「中心静脈栄養(高カロリー輸液)」は約50%が希望しなかった。なお、既に他院で胃ろうをつくった人も含まれている。一方、「点滴」については、希望するご家族が多かった。

 その後、この「意思確認用紙」を改訂することになった。まず前文を入れた。この用紙の趣旨や、本人の意思表示が不可能である場合にはご家族の意思を書いていただくこと、変更はいつでも可能であること、強制的なものではないことを入れた。また、記入方法も変更した。すなわち、「希望しない」だけではなく、「希望する」も入れた。さらに、看護師長の要望で、「病院に一任」も入れた。事後報告の処置も入れ、ご家族署名は複数記載を可能にした。すべての項目に回答しなくてもいいことを明記して、記入しやすいようにした。

 新しい「意思確認用紙」の前文を紹介する。次のように記載した。
 「近年の国民調査によりますと、治療を尽くしても現在以上の改善が見込まれな
い、いわゆる人生の最期が近くなっていると医学上判断された場合、それ以上の単なる延命治療を希望しない、という考えも少なくないことが報告されています。私共も、これまで比較的タブー視されていた終末期に対するご本人・ご家族の治療に対するご要望も、医療上許容可能な範囲であれば、充分尊重することが大切であると認識しつつあります。
 このような意思のご確認は、本来、ご本人にお聞きするのが筋道であると考えております。しかし、ご本人がお元気で、記入可能なうちに意思表示されている方は、未だ極めて少ないのが実情です。厚生労働省で作成した終末期のガイドラインでも、ご本人の意思を確認できない場合は、ご本人の元気なときの意思を考慮しつつ、ご家族の意思を尊重することを勧めています。
 以上の考えの下に、ご本人・ご家族のご意向をお聞きする次第です。無論、ご記入はご自由です。また、一度この用紙に記入した場合でも、お申し出いただけば、変更はいつでも可能ですし、適宜、ご相談しながら進めさせていただきます。
 ご本人が入院されている病棟の担当医師や看護師長が、この用紙をお渡しすることがあると存じます。不明な点はご遠慮なくお聞きください。なお、この用紙は、お互いの、日頃のお話し合いの内容の再確認といえるものであり、ご記入、ご提出は、決して、強制的なものではないことを重ねて申し添えます。」

 以上のことを用紙の左側に書いて、右側には「終末期になったときの私どもの希望」として、「希望する」「希望しない」「病院に一任」のうち、該当箇所に丸を付けもらう形式にした。質問項目に挙げた医療処置は、①経鼻(胃ろう)チューブを介した栄養摂取、②中心静脈からの点滴(栄養)、③上(下)肢からの点滴(輸液)、④気管へ挿入したチューブを介した人工呼吸器装着、⑤心肺蘇生(心臓マッサージ等)──である。加えて、「上記以外の医療処置(痛みの軽減、鎮静、酸素、輸血、補助呼吸等)については、適宜、ご報告させていただきます」と書き添えた。そして、ご家族の署名欄を複数にした。

 この新しい「意思確認用紙」は2009年4月から使用し、12年3月末までの3年間で延べ120人が記入、そのうち2回記入した方が4人いる。本人署名は4人で、ご家族の署名は「1名が46%」、「2名が50%」など。ご家族の署名欄を複数にすると、記入しやすくなると感じた。

 その結果を見ると、「経鼻(胃ろう)チューブを介した栄養摂取」は、「希望する」「希望しない」「病院に一任」がそれぞれ20~30%強で、ほとんど同じぐらいの割合だった。「中心静脈からの点滴(栄養)」は、「希望する」「病院に一任」が35~45%で、同じぐらいの割合だった。「上(下)肢からの点滴(輸液)」も、「希望する」「病院に一任」が40%強で同じぐらいだった。これに対し、「気管へ挿入したチューブを介した人工呼吸器装置」は、約70%が希望しなかった。

 「病院に一任」をどのように理解するかについては、いろいろなご意見があると思う。私は、十分に説明した後の結果であるので、「お話はよく分かりました。あとは病院にお任せします」という意思の表明であり、これは1つの信頼の証ではないかと考えるようにしているが、いろいろなご意見があるところだろう。
 

「意思確認書」に付加する優しさや寄り添い
 

 事例を1つ紹介したい。アルツハイマー型認知症などがある90代女性。2006年8月、「日本尊厳死協会」の文言(尊厳死の宣言書)を自筆で書き、09年8月に入院後、ご家族が提出した。11年2月、当院の「意思確認用紙」に夫と長男の2人が署名して提出した。本人の署名はない。

 それによると、「経鼻(胃ろう)による栄養」と「人工呼吸」は希望せず、「中心静脈点滴(栄養)」「心肺蘇生」は病院に一任、「点滴」は希望した。本人の意思表示は06年8月にあったが、あまりに時間が経過しているため、ご家族に再確認した。11年2月にご家族からの意思表示があり、その直後に「ターミナルケアカンファランス」を実施し、積極的な延命治療は避ける方針になった。11年6月、他界された。

 「死亡後カンファランス」で、あるPTは「家族から『しっかりやってくれた』と感謝された」と話し、MSWも「ご家族から感謝の言葉が聞かれた」と振り返った。その中で、私が印象に残っている看護職の声がある。

 「末梢血管からの点滴が困難となった時点で、経鼻から細いカニューレで水分補給を開始したが、最後は義歯が合わない程やせてしまった。経口的に食事がとれなくなった時点で、経鼻からの栄養を家族と検討できなかったのだろうか。今後は意思確認書があっても、その時々で話し合いを持ち、本人にとって一番良いと思われる終末期を迎えてもらうよう努力したい」。

 つまり、「意思確認書」などは1つの枠組みではあるが、そこに付加する優しさや寄り添いがとても大切であることを教えられたカンファランスであった。

 以上をまとめると、1997年4月~2012年3月末までの15年間で、「役職者研修」を17回、「ターミナルケアカンファランス」394回、「死亡後カンファランス」は658回実施した。改訂前の「意思確認用紙」に記入したのは106人、改訂後の「意思確認用紙」に記入したのは、延べ120人だった。

 当院では、「理念と基本方針」の第1条に、「人権と尊厳を重んじ、心の通ったケアをいたします」と宣言している。当院では多くの職種が関わっており、ご家族の考え方を弾力的に受け止め、きめ細かく寄り添うケアに努めている。「ターミナルケアカンファランス」、「終末期意思確認用紙」、「死亡後カンファランス」の3つの枠組みを大切にしている。そこに、職員らの優しさや寄り添いなどソフト的な要素を加えている。今後も、職員一丸となって真摯に、誠実に取り組んでいきたい。[→ 続きはこちら]
 

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