「身体疾患及び認知症がリハビリテーションに及ぼす影響」 ── 第4回慢性期リハ学会・シンポ4

会員・現場の声 協会の活動等 役員メッセージ

シンポジウム4全体

 第4回慢性期リハビリテーション学会のシンポジウム4は、「身体疾患及び認知症がリハビリテーションに及ぼす影響」をテーマに開かれました。加齢に伴う身体疾患や認知症に対し、慢性期リハビリテーションはどのような役割を果たせるか──。眼科医、歯科医、かかりつけ医がそれぞれの立場から現状や課題について見解を述べました。
 
 シンポジストは、都内の「たまがわ眼科クリニック」院長で昭和大学医学部眼科学講座客員教授の關保氏、東京都健康長寿医療センター歯科口腔外科部長の平野浩彦氏、東京の「ナグモ医院」院長の南雲晃彦氏──の3人です。座長は、光風園病院副院長の木下祐介氏が務めました。
 
 關氏は、「認知症に対する白内障手術の有効性」をテーマに講演。平野氏は、認知症の人の摂食嚥下リハビリテーションについて「認知症の人の食を支えるための視点」と題して見解を述べ、南雲氏はかかりつけ医の立場から「高齢者の身体機能の変化」をテーマに、慢性期リハビリテーションを充実する必要性などを述べました。
 
 冒頭で、座長の木下氏がシンポジウムの趣旨を説明。「私たちは齢をとってくると必ず認知機能が低下してくる。同じように見ること、聴くこと、口の機能など、いろいろなところが必ず低下してくる。認知症については、臨床の現場で意識して対応しているが、見ることや、口のことはどうだろうか」と問題提起。そのうえで、「熊谷学会長から『この問題は非常に大事な鍵となるのではないか』ということで、このシンポジウムを企画していただいた」と謝意を示して、講演に入りました。
 

■「眼科リハは多職種が協働して社会復帰を目指す医療」── 關氏

01_關保氏 最初に登壇した關氏は、「視力の良い人は認知症になりにくいのだろうか」「軽度の認知症は、白内障手術などで視力が向上すると、症状の進行が抑制されるのだろうか」と問いかけ、認知症と眼との関わりについて説明しました。
 
 關氏は、白内障手術や認知症に関する様々な研究報告を紹介。「白内障手術によって認知機能が若干の改善を認めるが、明らかにアルツハイマーや脳血管性認知症は基本的には不可逆性の疾患であるから、白内障手術によってそのような器質的疾患が改善したとは考えにくい」との見方を示しました。
 
 そのうえで關氏は「白内障手術によって改善するとすれば、それは機能的障害であり、認知機能障害を引き起こすものとしては高齢者のうつ病が考えられる。白内障の手術による認知機能の改善は抑うつ状態による認知症を改善したものと推察されるとの報告がある」と補足しました。

 關氏はまた、眼科医が地域包括ケアに関わるうえでの問題点にも言及。「内科などでは、地域包括医療や在宅医療が当たり前になっているが、眼科ではほとんど普及していない」と指摘し、その原因に迫りました。關氏は、眼科の往診について「病状の急変などがあり患家からの要請が必要であるが、眼科の場合には白内障や緑内障、糖尿病網膜症、加齢黄斑変性症などが多いので、これは応急的な往診ではなく、定期的な訪問診療となる」と制度上の課題を指摘。さらに地域包括診療料について「高血圧や糖尿病、脂質異常症、認知症のうち2つ以上という内科だけの病名であるので、眼科はここに入ることはできない。眼科が在宅医療に関わることを妨げられていることが診療報酬の上でも考えられる」との考えを提示。次期改定に向けて、「眼科や耳鼻咽喉科、皮膚科、整形外科など、内科以外の専門医の訪問診療を認めるべきであろう」と要望しました。

 眼科のリハビリテーションについては、「ロービジョンクリニック」を紹介。關氏は「白内障や緑内障で視力視野が低下した方に対し、どのようにして元通りの見え方に戻してあげるかがわれわれのテーマ。私たちの目標は、現有視覚の最大活用である」と力を込めました。ロービジョンクリニックについて關氏は「生活の質の向上を図り、不自由さを軽減するための支援を眼科医や視能訓練士、生活訓練専門職、ソーシャルワーカーら多職種が協働して社会復帰を目指す医療」とし、現在の取り組みを伝えました。
 

■「認知症の容態に応じた適切な医療・介護提供を」── 平野氏

02_平野浩彦氏 平野氏は冒頭、「認知症に少し興味を持ち、この10年ほどは特に摂食嚥下障害について考えてきた。今まで考えてきた中で少し披露できるものが積み上がってきた」とあいさつ。認知症の現状や認知症を取り巻く施策について触れたうえで、アルツハイマー病における食支援の在り方について見解を述べました。

 平野氏は「認知症の容態に応じて何をしていくかという視点が重要である」と指摘。食事の支援を切り口に、具体的な事例を示しながら解説しました。食事という行為を理解できない典型的なアルツハイマー型認知症の男性が、目の前にある2本の箸をじっと見つめている様子を紹介し、「麻痺も拘縮もないが、箸の使い方がわからない。このような認知機能低下による『環境との関わりの障害』と、認知症進行による『身体機能の障害』とは峻別すべきであろう」との考え方を提示。進行段階に応じて食支援の在り方を変えていく必要性を述べました。

 平野氏は最後に、「認知症の背景疾患(ADなど)は進行性の疾患であり、予知性を持った対応がケア提供者に求められている」と指摘。FAST(Functional Assessment Staging)類型に基づいた口腔衛生管理、義歯使用摂食嚥下機能ケアニーズを紹介し、「認知症の方とお付き合いさせていただくために『木を見て森を見ず』的な視点にならないような心掛けが必要で、さらにその『森』がどんな季節なのかも視野に入れてほしい」と呼びかけました。そのうえで平野氏は、「認知症がどんどん進んで行く中で、認知症の容態に応じた適切な医療や介護の提供をどう考えるのかが今後の認知症の課題の一つである」と締めくくりました。
 

■「感覚機能の低下は著しく活動性を下げる」── 南雲氏

03_南雲晃彦氏 南雲氏は、高齢化に伴う身体機能の変化について五感を中心に整理し、各機能について具体的に解説しました。南雲氏は「一般に高齢者は加齢に伴い視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚のほかに加えて、平衡感覚や運動能力、免疫能力など幅広く身体機能の低下が生じるといわれている」と指摘。その表現型について、「遺伝的背景やライフスタイル、栄養状態、慢性疾患の有無により各個人で大きく異なり多様だが、感覚機能の低下は著しく活動性を下げることが分かっている」と説明したうえで、各機能の変化を示しました。

 このうち色覚について南雲氏は「齢を取るとオレンジや赤の派手な衣服を好むようになるのは視力のみではなく色覚の低下によるものではないか。オレンジを好むということは目の能力が低下しているのかもしれない」との見方を提示。聴力については、「女性のスタッフがリハビリの指導をすると聞こえないが、男性スタッフの声だと聞こえるという場合があるかもしれない」と、具体的なケースを紹介しながら丁寧に解説しました。

 南雲氏は最後に、「五感のほかに、もう1つ申し上げたいのは平衡感覚がすごく大事であること」と切り出し、自身が11年前に脳幹の梗塞で左半身麻痺になった経験を語りました。南雲氏は「平衡感覚の狂いが7~8年は続き、リハビリがとにかく怖かった」と振り返り、「五感もすごく大事だし、平衡感覚もすごく大事」と指摘。そのうえで、「平衡感覚の機能が落ちている人にリハビリをやってくれと言っても、患者さんは怖かったり恐怖や不安感があったり、器具をうまく認識できなかったりするので、そうしたことがリハビリを進めていくためには大きな障害になる」と語りました。
 

■「見落としがちな点などを多く教えていただいた」── 木下座長

04_座長(木下祐介)氏 討論では、南雲氏は「歯周病など歯の健康が身体疾患の原因となっている。歯周病が認知症の原因にもなる」と指摘。自身が手術前に歯科の治療を行ったことを紹介し、「全身麻酔の手術をする前に歯科の先生にきちんと診てもらうと、心臓外科の手術では肺炎が85%減少したというデータもあるようだ。歯科の重要性というのは口腔衛生、嚥下だけではなくて内臓疾患に影響するということをわれわれは認識すべきだと思うが、どうか」と問題提起しました。

 平野氏は、歯周炎の進行過程を丁寧に説明したうえで「最近では、慢性炎症の歯周炎のケミカルメディエーター(化学伝達物質)が認知機能障害に何か影響しているのではないかと、まだ動物実験レベルであるが言われるようになった」と最新の知見を紹介。そのうえで、今後について「血管の課題ということで、まだアルツハイマーの直接の原因ではないが、体の中の一部なので、当然、口と全身が関係していることをもう一度認識してほしい」と述べました。

 討論を終えて座長の木下氏は「先ほど控え室で話している時に、『白いお茶碗に白いご飯粒があると見えにくいよね。それじゃ食べにくいし、食欲もわかないよね』といったお話を聴いた」と振り返り、「今日のお話は、私たちが普段見落としがちな点や、まだ手が及んでいない点を多く教えていただいた。明日から自分たちの病院で今日のシンポジウムがお役に立てば幸いである」と締めくくりました。

                           (取材・執筆=新井裕充)

 

この記事を印刷する この記事を印刷する

« »