「医療費はコストではなく投資」── 橋本会長、定例会見で

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橋本康子会長_2025年9月11日の記者会見

 「医療費はコストではなく投資と考えていただきたい」──。安心・安全な医療体制や寝たきりゼロに向け、日本慢性期医療協会の橋本康子会長は9月11日の定例会見で「診療報酬の物価スライド制導入を」と題して見解を示し、「経済指標に連動した報酬調整が必要」と訴えた。

 会見で橋本会長は、価格転嫁できない医療の構造を説明。控除対象外消費税をめぐる問題については診療報酬への上乗せ対応で一定程度の改善が図られているものの、近年の物価高や賃金上昇等には対応できていない現状を述べ、6割を超える赤字病院の窮状も伝えた。

 橋本会長は「寝たきりゼロや在宅復帰の促進が医療・介護費用の軽減にもつながる」とし、重点領域への財源確保による「正のサイクル」を紹介。重点領域については、当会が提唱している介護職の処遇格差の是正、リハビリテーション介護士の養成などを挙げた。

 会見に同席した池端幸彦副会長は、前日に6団体が連名で発表した要望に触れながら、「全ての病院が大変な思いをしている。急性期・回復期・慢性期等の病院種別にかかわらず、危機的な状況にある」と強調。今後の診療報酬改定等に向け、「物価スライド制を導入して、しっかりした財源のもとで良質な慢性期医療をつくり、好循環にしていきたい」と述べた。

 同日の会見の模様は以下のとおり。なお、会見資料は日本慢性期医療協会のホームページをご覧いただきたい。

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本日の内容

[池端幸彦副会長]
 2025年9月度の定例記者会見を始めたい。橋本会長からご挨拶とプレゼンテーションをさせていただく。

[橋本康子会長]
 本日の内容は、「診療報酬の物価スライド制導入を ~インフレ時代の経済合理性ある制度改革~」というテーマで提言したい。
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 目的は、安心・安全な医療提供体制の維持。プロセスとして、物価スライド制の導入、重点領域への戦略投資、人材確保への処遇改善拡充などを挙げたい。その結果、アウトカムとして医療の質を確保して、要介護者・寝たきりの減少をしていきたい。

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ゼロ改定でも実質マイナス

 まず診療報酬の改定について。ゼロ改定でも実質はマイナスになることを説明する。
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 物価高や人件費高が進行するインフレ環境においては、診療報酬改定がプラスマイナスゼロであったとしても、実質的にはマイナスとなる。
 
 診療報酬と経済実態にはミスマッチがあるということ。前回の2024年度診療報酬改定を見てみる。前回改定は本体プラス0.88%ということで「プラス改定」と言われる。しかし、そのうち処遇改善がプラス0.89%、その他0.01%のマイナスになっている。
 
 一方、経済実態はどうか。日本病院会等の調査によると、人件費増加率はプラス2.5%、総務省の消費者物価指数ではプラス2.7%となっている。すなわち、診療報酬と経済実態のミスマッチがある。
 
 そうした状況により、右側の棒グラフのように赤字病院が増加している。2023年に50%ほどだった赤字病院は、2024年には60%以上になっている。

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価格転嫁できない医療の構造

 では、どういう仕組みになっているのか。医療は公定価格のため、物価高、人件費増を価格に転嫁できない。さらに、物価高による消費税負担も増加する三重苦に直面している。
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 例えば、医療材料などの購入から診療までの流れを見てみる。まず「取引先」がある。医療機関においては、医薬品・医療機器の業者から医療機器や薬剤等を購入するほか、検査や給食、清掃などの外部委託費もある。
 
 さらに、かなり財政を圧迫しているのが人材紹介会社に支払う紹介料や派遣料。こうした費用が「取引先」との間で発生する。

 現在、これらの費用は物価高の影響で上昇しており、かつ消費税がかかる。人件費や仕入費用がアップして、消費税の負担もある。医療機関としては、こうした負担を価格転嫁できればいいのだが、診療報酬は公定価格なので、患者さんに転嫁できない。
 
 物価高と消費税。このうち消費税については、控除対象外消費税問題として一定の解決が図られている。消費税導入・引き上げ時の診療報酬上乗せ措置が実施されてきた。しかし、物価高による影響については、まだ対応されていない。

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なぜ物価スライド制なのか

 診療報酬の物価スライド制を導入すべきと考えるが、なぜ物価スライド制を提唱しているのか。経済指標に連動した報酬調整が必要な環境にあると考えるからだ。
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 1958年から2024年までを示したのが左側のグラフ。「診療報酬改定率とインフレ率の推移」では、青い線が消費税物価の伸び率(インフレ率)を、赤い点が診療報酬の改定率を示している。この中で、赤い点線囲みは1974年から80年までの6年間。物価・賃金スライド方式が実施された時期である。過去にもスライド方式の実績はある。

 その後、青い折れ線グラフ(インフレ率)と赤い点(診療報酬改定率)はがっちり重なっているということではないが、ほぼこのような形で2年ごとに改定されてきた。しかし、2010年から24年はどうか。右側のグラフ。この期間を拡大して示している。最近、コロナ禍の2020年から2024年を見ると、特にコロナが明けた22年から24年は大きな開きがある。
 
 この間、物価がどんどん上がっているが、診療報酬の改定率が追いついていないため、このような差ができてしまっている。赤字の病院が増え、病院経営はもうこれ以上、もたないという現実がある。このように、改定率だけでなく、物価指数を加味しないと「見えない減収」に陥る。

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物価対策の実現を

 政府の方針としても、医療・介護への物価対応策は検討されていると聞いている。病院団体からの要望も同様のため、来年の診療報酬改定までには確実な実現をお願いしたい。
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 骨太の方針2025でも、「昨今の物価上昇による影響等について、経営の安定や現場で働く幅広い職種の方々の賃上げに確実につながるよう、的確な対応を行う」「経済・物価動向等を踏まえた対応に相当する増加分を加算する」と謳われている。

 日本病院団体協議会が4月16日に提出した「令和8年度診療報酬改定に係る要望書」の第1報では、「診療報酬が物価高騰や人件費高騰に適切に対応する仕組みの導入」を求めている。
 
 実は昨日も10%の上がり幅でお願いしたいということで要望書を出している。6団体合同で、診療報酬が物価高騰や人件費増に適切に対応する仕組みの導入を求めている。こうした内容が確実に実現できるようにお願いしている。

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医療費はコストでなく投資

 医療費というのはコストではなくて投資と考えていただきたいと思う。
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 良質な慢性期医療が社会を支える。患者さんのQOLを高めて安心・安全な医療提供体制を維持維持しなければ、今の少子化を改善することもできにくいだろう。今、働いている人たちの老後のためにも安心・安全な医療体制は不可欠だと思う。
 
 重点領域に対する財源確保があれば、より質の高い慢性期医療につながり、それによって寝たきりの数が減る。在宅復帰も促進される。ひいては医療・介護の費用が軽減される。このような正のサイクルを回していきたい。
 
 重点領域において財源が確保されなければ、医療の質が落ちてしまうかもしれない。十分な人材を確保できなければ、ケアの質が下がり、医療の質の低下も招く。その結果、寝たきりの患者も増え、医療・介護の費用が増えていく。このような悪循環にならないようにしたい。

 では、重点投資すべき領域は何か。具体的には、慢性期医療におけるICTやDXの活用、介護職の処遇格差の是正がある。特に当会が提唱しているメディカルケアプランナー、リハビリテーション介護士の養成も挙げられる。
 
 さらに、当会としては介護保険におけるアウトカム評価、医療機関外(院外)リハビリの拡充、強化型訪問リハビリテーションの新設も提言している。こうした取り組みは財源がなければなかなかできないので、こうした領域への重点的な投資もお願いしたい。

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経済合理性のある制度設計

 まとめになるが、経済合理性のある制度設計が必要である。医療提供体制を維持するため、物価に応じた報酬調整、重点領域への投資、人材確保のための処遇改善拡充などの整備が必要と考える。
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 安心・安全な医療提供体制の維持をするための1つの方策として、物価スライド制を導入していただきたいと思っている。

 それによって医療の質を担保して、寝たきりの減少に結びつけていきたいと考えている。以上である。
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[池端幸彦副会長]
 今後、診療報酬には物価スライド制を導入して、しっかりした財源、診療報酬のもとで良質な慢性期医療をつくる。好循環にしていこうという当会の方針ということでご説明させていただいた。非常にわかりやすい説明だったので、皆さんに十分ご理解いただけたのではないかと思う。

 昨日、6病院団体で要望書を出した。今、全ての病院が大変な思いをしている。急性期・回復期・慢性期等の病院種別にかかわらず、大変な危機的状況にあることをご理解いただきたい。

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