育児・介護休業法改正への対応 ── 3月13日の定例会見で橋本会長

日本慢性期医療協会は3月13日の定例記者会見で、「育児・介護休業法改正への対応 〜魅力ある職場を作る持続可能な体制構築〜」と題して見解を示した。橋本康子会長は、今回の法改正が育児や介護支援の充実に資する点を評価しながらも、人材不足の中で医療・介護業界に与える影響を懸念し、現場の運用面における課題や対応案を示した。
会見で橋本会長は、まず法改正による影響を説明。短時間勤務制度の適用が3歳から就学まで拡大されるため、育児と仕事の両立支援が進む一方、医療機関の人員配置に影響を及ぼす恐れを危惧した。また、いわゆる「産後パパ給付」の拡充によって育休取得者の増加が見込まれるが、同じ職場に勤務する夫婦が同時に休業するケースも想定されると指摘した。
その上で、橋本会長は人材確保策として非常勤職員の常勤換算が認められているものの不十分であることや、助成金制度の対象が従業員100人以下の中小病院と限定的であることを挙げ、さらなる支援策が必要であると強調した。
今後に向けて橋本会長は、人員確保には代替人員の確保やプール制の導入が求められるとしつつ、財政的負担が大きいことが課題であると指摘。リモートケアやDXの活用も有効ではあるものの、オンコールに対応する主治医らの業務負担増など現場運用上の課題を挙げた。
最後に、橋本会長は柔軟な働き方と人員基準の維持を両立させるためには、国や関係機関との連携が不可欠であり、制度改革が必要との考えを強調。「柔軟な働き方を推進することは望ましいが、その負担を担う病院や施設の運営にも配慮しなければ、持続的な制度運用は困難」と述べた。
会見要旨は以下のとおり。なお、資料は日本慢性期医療協会のホームページをご覧いただきたい。
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本日の内容
[橋本康子会長]
今回のテーマは、育児・介護休業法改正への対応について。副題は、「魅力ある職場を作る持続可能な体制構築」としている。
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これまで育児・介護休業法は存在していたが、本年4月より、さらに制度が拡充され、体制が強化されることとなる。まず、その概要を説明する。
目的は、柔軟な働き方に対応できる持続可能な職場を構築することである。育児・介護に関する給付制度の充実は評価すべき点であるが、一方で、事業所や現場で働く職員への影響も考慮する必要がある。そのため、職員が安心して働ける環境を整備しつつ、持続可能な運営体制を構築することが求められる。
プロセスとしては、代替要員の確保、代替者手当の導入、リモートケアの推進などが挙げられる。これらの施策により、職場の負担を軽減しながら、制度の適用を円滑に進めることを目指す。
アウトカムとしては、産前産後休業や育児休業、有給休暇の取得率向上が重要である。これらの取得促進は不可欠であるが、その結果として離職率や退職率が上昇してしまっては本末転倒である。したがって、休業制度の充実と並行して、退職率の低減にも取り組む必要がある。
本日はこれらの点について説明し、持続可能な職場環境の構築に向けた方策を共有したい。
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医療介護人材の需給バランス
人材確保が困難な状況の中、柔軟な働き方の一環として育児・介護支援制度が導入される。しかし、就業日数の減少により、一時的に人員基準を維持することが困難になることが予想される。
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医療・介護の人員数は、現役世代の人口減少や医療業界の厳しさから他産業への人材流出が進んでおり、減少傾向にある。今後も現役世代の減少が続くことで、さらに人員確保が難しくなると考えられる。
就業日数に関しても、人員の減少に加え、法定休日数や有給取得率の上昇により、これまで以上に減少している。週休2日制や3日制の導入も進み、就業日数の減少傾向が顕著となっている。
こうした中で、2025年4月および10月には、育児・介護休業法の改正が実施される。また、出生後休業支援給付金や育児時短就業給付金が創設される。少子化の進行を踏まえ、育児や介護に関する支援制度の充実は望ましいことであり、積極的に推進されるべきである。
しかし、他産業と異なり、医療・福祉分野には厳格な人員基準が存在する。例えば、医師や看護師の配置人数には法的要件があり、育児・介護休業法が改正されても、その基準自体は変更されていない。このような状況下において、人員の減少、就業日数の短縮が進む。一方、人員基準は維持されたままである。その結果、需給バランスが崩れつつある。
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育児支援制度(例示)
育児支援制度に関しては、短時間勤務者の増加(3歳までから就学までの延長)により、現場の運用が一層困難になることが懸念される。
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これまでは、子どもが生まれた後、3歳まで短時間勤務が認められていた。しかし、今回の制度改正により、柔軟な働き方を実現するための措置として、短時間勤務の適用期間が3歳から就学まで、つまり6歳までに延長される。これは従来の2倍の期間に相当し、最大6年間、短時間勤務が可能となる。
事業主や病院側には、新たに始業時間の変更、朝の勤務時間の調整、テレワークの導入、保育施設の設置、「養育両立支援休暇」の付与、短時間労働の導入といった措置のうち、少なくとも2つ以上を選択し、実施する義務が課されることとなった。
この中で、比較的取り組みやすいのは、すでに保育施設を有する医療機関での活用や、短時間勤務制度の導入、あるいは就業時間の調整と短時間労働の組み合わせである。しかし、制度としては適用可能であっても、実際の運用においては課題が多い。
一般的に医療機関の勤務時間は8時30分から17時30分までの8時間勤務であり、その中で1時間の休憩を取る。この勤務形態は「1.0」と換算される。しかし、短時間勤務となると換算値は「0.75」となり、結果として0.25の人員不足が生じる。
例えば、短時間勤務者が8時30分から10時、16時から17時30分の勤務となると、子どもの送迎などの事情により勤務時間が制限され、結果として「0.75」と換算される。時短勤務を認めることで、現場の職員数が不足し、業務の質の低下や業務の遂行自体が困難になる可能性がある。
この不足分を補うため、夜勤明けの職員が残業をする、夜勤入りの職員が早めに出勤する、あるいは早出・遅出勤務を新たに設定するといった対応が求められる。その結果、残業時間が増加し、早出・遅出の導入により必要な人員配置がさらに複雑化し、人手不足が一層深刻化する。
また、時短勤務による不足時間のみを補う形での勤務、すなわち「ここだけ勤務」のような形態は、現実的に不可能である。時短勤務者の数が1〜2人であれば対応可能な場合もあるが、看護師などの職種で時短勤務者が増加すると、人員配置がより一層困難となり、現場の運用が厳しくなる状況が生じる。
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育児休業給付
育児休業給付については、どのような影響があるか。これは、いわゆる「産後パパ給付」、すなわち父親の育児休業に関する給付制度である。「産後パパ給付」の充実により、育児休業の取得や時短勤務者の増加は確実となる。その結果、現場の業務調整は一層困難となることが予想される。
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父親が育児休業を取得し、育児に積極的に関与することは非常に重要であり、歓迎すべき動きである。今回の制度見直しにより、その支援がさらに強化される。 従来の育児休業給付では、育児休業取得後の賃金補償は休業開始から180日間は賃金の67%(手取り換算で約80%)、180日経過後は50%が支給されていた。
しかし、本年4月1日より、「パパ育休」をさらに推進するため、出生後休業支援給付金が新設される。これにより、子の出生直後の一定期間内に、被保険者とその配偶者の双方が14日以上の育児休業を取得した場合、最大28日間にわたり、休業開始前賃金の13%相当額が支給される。この給付金と従来の育児休業給付を合わせることで、給付率は80%(手取り換算で100%)に引き上げられる。すなわち、両親がともに育児休業を取得した場合、28日間は実質的に手取りの100%相当が支給されることとなる。
この制度により、最低でも28日間は父親も休業することが推奨されることになる。病院などの医療機関では、若いセラピストや看護師が多く在籍しており、同じ職場内で結婚するケースも少なくない。その結果、同じ病院で働く両親が同時に育児休業を取得することも十分に考えられる。
育児において父母がともに積極的に関与することは極めて重要であり、制度として支援されるべきである。しかし、その一方で、事業所や残された職員の負担増加も考慮する必要がある。業務の質を維持するためには、人員補充や手当の支給といった対応が求められる。
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基準と業務への対応
配置人員が少ない職種において減員が生じた場合、人員基準の確保だけでなく、残った職員による業務対応も容易ではない。
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特に、看護師の確保は大きな課題である。例えば、1つの病棟に20人の看護師が配置されている場合、その中から数名が休業すると業務に支障をきたすことになる。医師についても同様である。病院によっては、医師の人数が5〜6人程度と少数で運営されている場合もあり、さらなる減員が発生すれば診療体制に大きな影響を及ぼす。
さらに、臨床検査技師、薬剤師、放射線技師、栄養士、管理栄養士などの職種では、そもそも配置基準が1人または2人とされている施設も多い。このような状況では、追加で人員を確保することが難しく、人手不足が深刻化する。特に、2人で業務を担っている場合、1人が休業すると残る職員への負担が極端に増加する。このような状況では、適切な人員補充が不可欠となるが、補充の方法をどのように確保するかが大きな課題である。
このように、少数職種においては、1人の休業が業務全体に及ぼす影響が非常に大きい。そのため、事業所としては、計画的な人員補充策の整備が急務となる。
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事業者助成金制度の対象
では、人員確保のためにどのような制度があるか。残った職員への手当支給や代替人員雇用のため、事業所助成金制度が存在するが、その対象は中小企業に限定されている。
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医療法人における中小企業の定義は、従業員数100人以下とされている。病院の場合、労働者数が50人、施設が60人といったように合算すると110人となり、この基準を超えてしまうケースが多い。結果として、中小企業の要件を満たさない病院が多く、助成金の適用を受けることができない。
実際に、従業員数100人以下の中小病院は全体の36%にとどまる。つまり、残りの64%の病院は助成金の対象外となり、こうした制度の恩恵を受けることができない状況にある。
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これまでの診療報酬上の措置
では、助成金以外に診療報酬上の措置があるか。働き方の変化や緊急時において診療報酬も柔軟に対応されてきたが、限定的である。
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「柔軟な働き方」として、常勤配置要件の緩和が挙げられる。具体的には、医師、看護師、リハビリ専門職などの非常勤職員を組み合わせ、常勤換算として認める措置がある。例えば、週3日以上かつ週24時間以上勤務する非常勤職員を複数名組み合わせ、1人分または2人分の常勤職として換算することが可能となる。
また、「緊急時の特例」として、新型コロナウイルス感染症の流行時と同様に、災害や感染症流行などの緊急時には、看護師の配置基準が満たせなくなる場合がある。このような状況に対応するため、「3か月間の変更届不要」とする特例措置が設けられている。
ただ、診療報酬上の措置はこの程度に限られており、抜本的な解決策とはなり得ないのが現状である。
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課題と対応策のイメージ
では、課題と対応策をどのように整理するか。働く側には柔軟な働き方の選択肢が増え、働き方改革も進められているが、基準や現場の運用が硬直化したままでは対応が困難となる。
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このような状況が続けば、病院経営や医療の質が低下し、患者の利益を守ることができなくなるだけでなく、職員の負担も増大する。したがって、これらの点を考慮しながら、適切な対策を講じる必要がある。
具体的な課題として、病院経営においては、人員基準を満たせなくなった場合、減収にとどまらず診療報酬の返還を求められる可能性がある。また、適正な人員配置ができなければ、病院としての機能を果たせなくなる。
医療の質に関しても、人員不足により必要なケアが提供できなくなる恐れがある。さらに、時短勤務の導入によって残された職員の業務負担が増大し、長時間労働や残業の増加につながり、結果として離職率の上昇を招く可能性がある。
これらの課題に対する対応策として、代替人員の雇用やプール制の導入が考えられる。病院経営の観点からは、人員基準を満たせない状況を回避するため、常に一定の代替要員を確保することが求められる。例えば、通常20人の職員が必要な部署では、21人または22人を配置する必要がある。医師についても、5人の配置が必要な場合、6人または7人を確保することが望ましい。放射線技師などの少数職種では、2人で対応できる業務であっても3人、4人と配置する必要が生じる。その結果、人件費の負担が増大することは避けられない。
プール制の導入については、一時的に業務に従事できる人材を確保する方法ではあるものの、実際にはそのような人材の確保が難しいという課題がある。 代替人員の確保は、経営が安定している場合には可能であるが、現在の診療報酬や介護報酬の状況を考慮すると、多くの病院では厳しい財政状況に直面しており、新たな人件費の確保が困難である。また、プール制を導入することも現実的には難しい。
医療の質向上の観点からは、リモートケアの活用が一つの選択肢となる。しかし、例えば、医師が有給休暇を取得している場合でも、主治医として電話で指示を求められることがある。このような状況が、果たして休暇と言えるのかという問題も存在する。
職員の負担軽減については、業務の効率化やDXの推進、業務改善、残業手当の支給、助成金の活用などが考えられる。ただし、これらの施策は長期的に持続することが難しい側面もある。
最終的には、人員の増強が不可欠である。しかし、助成金の対象とならない病院が多く、資金面での制約も大きいため、抜本的な解決策を見出すことが難しいという課題がある。
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業界の魅力作りをデザインする
まとめとして、医療・介護分野における人材確保は喫緊の課題である。魅力ある職場を実現するためには、柔軟な働き方に対応できる持続可能な体制を構築する必要がある。
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医療業界は他の職種とは異なる。一般の職種では、1人が1カ月程度休業する場合でも、業務の分担によって対応することが可能であり、職場全体で協力すれば乗り越えられる場合が多い。しかし、医療・介護分野では厳格な人員配置基準が存在するため、人材確保は不可欠な課題となる。
柔軟な働き方を推進することは望ましいが、その負担を担う病院や施設の運営にも配慮しなければ、持続的な制度運用は困難となる。持続可能な職場の構築が目的であり、そのためのプロセスとしては、代替要員の確保、プール制の導入、助成金の適用範囲の拡大、リモートケアの推進などが挙げられる。
これらの取り組みにより、産前産後休業や育児休業、有給休暇の取得が促進され、職員が遠慮せずに休暇を取得できる環境が整うことが期待される。また、適切な対策を講じることで、退職率の低減にもつながると考えられる。以上で説明を終える。
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2025年3月14日