年頭所感2021 日本慢性期医療協会会長 武久洋三
新年あけましておめでとうございます。
毎年、「日慢協BLOG」では12月31日の夜中の12時を過ぎると公開される会員の皆様への新年のご挨拶を書かせていただいております。
それにしても2020年の新型コロナウイルスには参りましたね。私も会長の職をいただいてから14年目を迎えようとしています。そこで13年前の出来事を思い出してみました。
私が日本慢性期医療協会の会長に就任することが決定したのが2008年3月13日の日本療養病床協会 第31回通常総会における役員改選の時でした。それまでに何人かの重鎮の先生方から、「次は君が頑張れ」などと言われていましたが、協会に入会してから年数が経っていなかったので、全く自信はありませんでした。しかし自分のまわりの療養病床や他の中途半端な病院を見るにつけ、自分の病院をはじめ、このままでは日本の医療は駄目になるとは感じていました。そして理事会、総会にて会長に選出された直後の挨拶で思わず口をついて出た言葉に自らも驚きました。かねてから思ってはいましたが、そんな瞬間に思わず口をついて出た言葉は、他の会員の先生方をも唖然する言葉だったようです。「会の名称を『日本療養病床協会』から『日本慢性期医療協会』に変えたいと思いますが、お認めいただけますか?」と。そして続けて、「今まで私たちが運営している会の名称が『介護力強化病院連絡協議会』『介護療養型医療施設連絡協議会』『日本療養病床協会』と過去3回変わってきたことについて、それでいいと思いますか?」と。厚労省によって政策的に病棟名が変わるたびに団体名を今後もどんどん変えられるなんて全く主体性が無いじゃないかと思っていました。結局、私達会員がやっているのは「慢性期医療」ではないでしょうか。今まで蔑視され軽視されてきた「療養病床」という言葉、世間からのまともな病床とは認めていないように見られる眼を感じるたびに「私は真剣に慢性期医療をやっているんだ」と心の中で叫んでいました。だからなのか、口をついて出た言葉に、その場にいた会員は一瞬、静寂に包まれ、私が再度「お願いします」というと、拍手して頂けました。そして、2008年7月2日、正式に日本慢性期医療協会に改称しました。この日が日本の慢性期医療の誕生だと思っています。
それまでの協会は、どちらかというと全日病の下部組織のような座標軸で、本当にそのように思っていた会員もいたようです。しかしあの当時の療養病床の置かれていた地位を上げるために必死でした。まずは一般病床での特定除外制度の矛盾を大きな問題として世に問いました。一般病床=急性期病床という誤った常識の瓦解を策しました。12の項目のいずれかに該当していれば、何カ月も何年でも7対1一般病床と同じ収入が約束されていたのです。あちらこちらで制度の不合理を訴え続けた結果、2012年に13対1、15対1一般病床で、2014年に7対1、10対1一般病床での特定除外制度が崩壊しました。このように一般病床の中に施設入所代わりの入院が許されていた患者が、民間病院に多かったのですが、何と全病棟の90%以上という病院もあったのですから、急激な収入の落ち込みに落胆した病院も多かったのです。こういう制度が残存していた病院の多くは、病室が1床当たり4.3㎡/床しかなく、6.4㎡以上必要な療養病床になりたくてもなれない病院群でした。そして2006年に療養病床では医療区分が導入され、入院患者の80%以上が医療区分2・3であることを要求されるようになりました。しかし一般病床では12の特定除外項目のどれかをクリアしていれば7対1一般病床の入院料がもらえていたという、正に夢のような不公平な制度だったのです。今思えば、よくもまああんなシステムが長く温存されてきたものだなぁと呆れるくらいです。
特定除外制度が廃止され、その遠因が日慢協だということで、当協会を見る他の医療団体の視線が厳しいものとなりました。ちょうどその頃、2013年に私が日病協(日本病院団体協議会)の議長であった年に中医協委員の改選があり、日病協から1名を推薦することとなりました。日病協の会議には、日本病院会、全日本病院協会、日本医療法人協会などそれぞれの団体から候補者を推薦してきました。私は日慢協から池端副会長を推挙しました。しかし、すでに四病協に加盟する4つの団体の中で、あうんの呼吸で、全日病の猪口先生に、という雰囲気でしたが、日慢協の存在を実際に認めてもらうために、私は池端副会長の推薦を強く主張しました。会議は大揉めに揉め、怒号が飛び交う場となりましたが、まとまらない場合は、議長が指名するという規定に従い、結局私が一方的に、それまで中医協委員として全く選出されていない日本精神科病院協会推薦の長瀬先生を日病協を代表して決裁させていただくことを宣言いたしました。日慢協から委員を出すには、病院団体として先輩である日本精神科病院協会から先に委員を務めていただいて、実績を作りたかったのです。幸い、議長権限で長瀬先生が中医協委員に就任されました。それから7年の歳月を経て、今回日本医師会副会長に就任され、日病協推薦の中医協委員を辞退された全日病の猪口会長に代わる中医協委員として、2020年7月17日の第187回代表者会議にて、池端副会長をすんなりと推薦していただきました。7年越しの成果でした。昔、一波乱起こしたことも要因にはあっただろうし、何より私と違って池端副会長のお人柄が人格円満だということから得られた結末でした。
しかし、いずれにせよ病院団体から2人が選ばれる中医協委員に、2020年にようやく日慢協から委員が誕生したということで、日慢協もやっと一人前になれました。私が会長になった頃、厚労省をはじめとする官公庁が主催する公的会議の委員として参加していた当協会の役員はほとんどいませんでしたが、今では、様々な公的会議に多くの理事の先生方が委員として、日本の医療介護をどうすべきかの議論に参加して意見を述べられています。それぞれの理事の先生方がとても良く頑張ってくださっています。
日慢協は真面目にきちんと慢性期の重症患者さんを治療して元の生活に戻すために、栄養改善の重要性や排泄、摂食の自立、リハビリテーションの改革などを協会全体の主張として訴え続けてまいりましたが、現在それらのほとんどが、医療・介護政策に取り入れられています。さらに地域包括ケア病棟協会や介護医療院協会も、日慢協から誕生し、今や地域包括ケア病棟協会は独立して、どんどん大きくなって活躍の場を広げられておられます。
私は、自分の病院を開院してから、必ず新規入院患者の入院時の血液検査を実施してきました。そこで最近の10年間に関連する複数の病院における新規入院患者の入院時血液検査値データをまとめてみました。するとALB、BUN、Hbなど6つの血液検査値が異常値を示す患者が非常に多かったのです。図表1は、最近実施した2010年1月から2020年10末までの10年以上にわたり当院を含む22病院に入院した新規入院患者69,128名の入院時検査結果の異常値を示す患者割合を示しています。
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異常値割合の高い検査項目順に、低栄養状態を示すALB低値の患者が79.2%、貧血を示すHb低値の患者が68.0%、高血糖患者が62.2%、Na低値の患者が44.9%、BUN高値の患者は39.7%でした。これらの患者さんの多くは急性期病院からの紹介入院であり(図表2)、図表3に示すように入院時検査でALB低値を示し、値の低かった患者上位10名の入院元はほとんどが急性期病院なのです。しかもこの入院時異常値検査割合は、図表4に示すように、10年間ほとんど同じ状況でした。
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これらの結果から、急性期病院での高齢者の治療状況が10年以上も変わらないことに戦慄を覚えます。10年前と今と高齢者に対する急性期病院での治療のレベルが変わっていないということです。栄養の軽視、水分出納に無頓着、その結果もたらされる低栄養、脱水、貧血、高血糖、電解質異常など、同じような傾向の治療の結果なのかなと思われます。その上さらに2018年4月からの臓器別の新専門医制度の導入が拍車をかけています。急性期病院でも入院患者の75%が高齢者になっているという現実、高齢者は多くの臓器に病変を抱えており、総合的な視野で治療をしなければならないということを分かっているはずであろうのに、大学の医局に医師が来ないからという理由で、臓器別の新専門医制度を無理やり導入しました。大学には総合診療科の教室はほとんどないためか、総合診療医を希望する医師はほんの数%しかいなかったのです。全く時代に逆行している政策です。結果として1つの臓器の治療に専念した結果、その他の臓器の異常が増幅された患者がどんどん私たちの病院に入院してこられています。
慢性期医療の医師は、病状の改善をしながら黙ってコツコツと栄養や水分を補給し、身体のバランスを取りながらリハビリテーションを行い、日常生活に戻るために頑張っている高齢者の治療を担っているのです。日慢協の会員の先生方の病院の多くは、真面目に慢性期の高齢者に向き合って、まずは病状を回復するために頑張っておられます。
さて、2020年12月2日には第28回日本慢性期医療学会が開催され、そのシンポジウム①で、産業医科大学の松田晋哉先生は、患者の流れが【在宅・施設】→【急性期】→【回復期】→【慢性期】→【在宅・施設】という流れより、【在宅・施設】⇔【急性期】の流れが加速化していて、半数の患者が、もとの【在宅・施設】に帰れていないという状況を発表されましたが、やはり国民は地域の大きな公立・公的病院を信頼しているため、病状の急変時には、これらの病院に入院する傾向が強いということです。ところが前述したように公立・公的病院の臓器別専門医は高齢者をきちんと治せていない状況が事実として示されているのです。高齢者の治療、特に肺炎などの感染症は、総合的に治療をしている日慢協の会員病院に入院していただく方が、アウトカムはよいということです。日本呼吸器学会が2017年4月に高齢者の誤嚥性肺炎は治らないから治療しないという選択肢の概念を発表したので驚きましたが、すぐに反論させていただきました。緊急手術や循環器疾患によるカテーテル治療、がん治療などは公立・公的急性期病院での治療が必然的ですが、高齢者特有の内科的疾患、特に低栄養や脱水を原因とする多様な病態については、高齢者の治療に習熟している日慢協の会員病院での治療を選択してもらう方が、改善に直結するということは明らかです。残念なことは、これらの事実が国民に十分に周知されていないということです。高齢者特有の内科的疾患の治療は慢性期医療に習熟した総合診療医たる私たちに託していただきたいと思っています。
とにかく今は急性期病院で高齢者の治療が十分にできていない状況なのです。できれば急性期病院の先生方には低栄養、脱水、貧血などの病態の患者を増やさないでいただきたいのです。私たち慢性期医療の現場は急性期病院で作られた、寝たきり多臓器不全患者でいっぱいになるのだけは改善していただきたいのです。その解決策の1つとして急性期病院に「基準看護」の上にさらに「基準介護」「基準リハビリテーション」を導入してほしいのです。40人病棟に10名ずつの介護職員とリハビリテーション療法士を配置して夜勤もしてくれれば急性期病院からの寝たきり多臓器不全患者は大幅に減ると思います。それがすぐにはできない病院は、せめてもっともっと早く患者を退院させてください。急性期病院入院後の緊急治療が終われば、直ちに私たちの慢性期多機能病院に紹介していただければ、低栄養、脱水などの改善と積極的なリハビリテーションによって、患者の日常生活復帰の割合を増やすことをお約束いたします。第一目標は、入院後1週間での退院、悪くても2週間までに退院させていただいて慢性期多機能病院にご紹介していただければ、当協会会員病院なら多くの患者を日常生活復帰させることができると信じています。そうすれば要介護者もどんどん減ってくるでしょう。
そしてこれからの医療提供体制についてですが、急性期の厳密化、リハビリテーション集中病棟と慢性期医療体制の改革であるということを総合的に勘案すると、近い将来、病院は図表5に示すような病期別病床機能分類になると考えています。
どこもかしこも「うちの病院は急性期病院だ」と言いたくて仕方のない民間病院がとても多いのですが、国は何とかして一般病床すなわち急性期病床だと言い続けているこれらの病院に対して、2018年改定で7対1~10対1一般病床を急性期一般病棟入院料1~7と地域一般病棟入院料1~3に分けて分散するようにしましたが、約94%の7対1一般病床が急性期一般病棟入院料1にしがみついて残ったのです。それでも前述の特定除外制度を瓦解させたり、入院初期に加算をつけたり、重症度、医療・看護必要度を見直すなどして、なんとか急性期病床を減らしたいという厚労省の意地が窺えるようです。したがっていずれは図5のように急性期病床を30万床程度に抑え、急性期一般病棟入院料5~7や地域一般病棟入院料1~3は地域包括期の中に包含してしまいたいのではないでしょうか。そして、広域から患者が特殊で高度な治療を受けるためにやってきて、すべての病床を7対1や5対1で運営できる病院のみを急性期病院としたいのだと思います。地域の中で地域住民を中心に診療している病院はすべてこの地域包括期の範疇に入れ込みたいのは明らかです。
一方で、回復期リハビリテーション病棟の発症後2ヶ月以内の入院条件が削除された今、「回復期」という名称自体が消滅する運命にあるのではないかと思っています。「回復期」という病床種別の名称がついていることによって、「うちの病院は回復期じゃない」と思っている病院が、「回復期」という病床機能を選択することを拒み、「うちは急性期だ」と思おうとしているのが、病床機能報告制度の調査結果からも明らかです。この「回復期」にあたる病期を、厚労省が命名した「地域包括ケアシステム」や「地域包括ケア病棟」にちなんで、「地域包括期」とすれば、多くの病院が自院の病床機能が「地域包括期」に該当すると選択するでしょう。この中には一部急性期機能を有する病棟や、地域一般病棟や地域包括ケア病棟、リハビリ集中病棟など多機能な病棟を持つ病院が含まれます。
そして慢性期は、慢性期治療病棟しか認められなくなりましたが、一部地域包括ケア病棟やリハビリ集中病棟も運営しているような病院しか病院として生き残っていけないでしょう。介護保険適応の介護医療院をゲートキーパーとして持ってほしいという厚労省の願いもよくわかります。
もうすでに日本は私が予想していたような病期別病床機能分類に近づいています。会員病院の先生方には「慢性期治療病院」だけでなく「慢性期多機能病院」を目指して、ぜひ頑張っていただきたいと思っています。
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〈おわりに〉
2020年は終わりましたが、新型コロナウイルスの脅威は終わりそうにありません。新型コロナウイルス感染患者を受け入れる病床が払底してきています。もっと公立・公的病院の多くが、新型コロナウイルス感染患者を受け入れてもらいたいものです。しかし入院患者は高齢者が多いということもあり、長期入院となっている例が多いと思われます。一般的には新型コロナウイルスに感染しても多くの患者は2~3週間でPCR検査陰性となります。しかしながら高齢患者の場合、陰性となっても病態は回復していない場合が多いので、重症患者が累積して、新型コロナウイルス感染患者専用病床が不足している地域が増えているのです。だからこれらの患者さんを慢性期医療の専門家が引き受けるべきではないでしょうか。
2021年も新型コロナウイルスの影響が続くことが無いように願っておりますが、私たち会員は新型コロナウイルスに無関係でいてよいのでしょうか。ポストコロナの患者を早期に受け入れることは大切なことだと思いますし、新型コロナウイルスの治療によって衰弱した患者を回復させるのは、まさに私たちの専門分野ではないでしょうか。ポストコロナを担当して早くこのコロナ禍が終息するように協力していこうではありませんか。
きりの良い2020年が、そして世界中が新型コロナウイルス感染の脅威にさらされた2020年が終わり、新しい希望に満ちた2021年を迎えるに当たり、この日本が、一難去って、国民にとってより良い医療提供体制になり、国民全員の健康を守り、幸せな高齢化社会を確立し、100歳以上人口がますます増えることを願って、会員の先生方共々頑張ってまいりましょう。
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2021年1月1日