社会保障審議会・医療保険部会(5月10日)のご報告

会長メッセージ 審議会

武久洋三委員(日本慢性期医療協会会長、博愛記念病院理事長)

 厚生労働省は5月10日、社会保障審議会の医療保険部会(部会長=遠藤久夫・学習院大経済学部教授)を4か月ぶりに開き、政府の「社会保障制度改革国民会議」(国民会議)で示された事項について検討を開始しました。当会からは武久洋三会長が委員として出席し、国保の保険者を都道府県にすることは賛成しつつも、保険医療機関の指定・取消権限を都道府県に与えることについては、「都道府県によって考え方が違う場合に、基準の公平さが保てない」と反対しました。他の委員からも同様の意見が相次ぎました。

 国民会議は、昨年8月に成立した「社会保障制度改革推進法」に基づき年11月30日に設置。大学教授ら15人のメンバーで構成され、医療や介護、年金、少子化対策について今年8月21日までに一定の方向性を示す予定です。これまでに11回開催され、医療・介護分野については「第1ラウンド」を終え、4月22日に「議論の整理案」が示されています。

 これを受け、社会保障審議会の医療保険部会で、該当分野の議論がスタートしました。全3回の1回目は、▼後期高齢者支援金の全面総報酬割の導入、▼都道府県を国保の保険者とするか、▼都道府県に保険医療機関の指定・取消権限を付与する取り組み──など、国民会議で示された事項について厚労省が論点を示し、意見を求めました。

 このうち、保険医療機関の指定・取消権限を都道府県に与えることについて、武久会長は「都道府県に取消権などを与えると、都道府県によって考え方が違う場合に、基準の公平さが保てない」と反対しました。さらに、医療提供体制の在り方にも踏み込み、こう述べました。
 「日本は国民皆保険制の下、フリーアクセスで素晴らしい医療制度だが、諸外国との比較で言えば、ベッド数が非常に多く、平均在院日数も非常に長いといった問題もある。このため、医療保険で賄う部分について具体的に決めていく必要がある。お金が足りないから、どうお金を集めようかという議論に終始するようでは、医療保険部会の本来の目的を見失う」

 武久会長は、軽症患者が急性期病院に長期入院している状況などを指摘したうえで、ベッド数の是正や平均在院日数の短縮化に向けた方策についても、医療保険部会で議論を深めるよう求めました。
 

■ 都道府県に丸投げできる単純なものではない
 

 保険医療機関の指定・取消権限を都道府県に与えることについては、他の委員からも否定的な意見が相次ぎました。

 栃木県知事で全国知事会社会保障常任委員会委員長の福田富一氏は、「地域の保健医療の分野において都道府県に対する期待が高まっていることは十分理解している。医療計画の策定などを通じて今後も責任を果たしていきたい」としながらも、「国民会議では医療提供体制の整備に関する権限強化と、都道府県が国保の保険者になることと、これらがセットで議論されている。国の責任と役割について十分に議論することなく、まとめて都道府県に丸投げできるような単純なものではない」と述べました。

 日本歯科医師会常務理事の堀憲郎氏は、議論の整理案に「医療計画の策定者である都道府県」と書かれている点を指摘し、「医療計画の策定者と、保険医療機関の指定・取消権限とは全く次元が違う問題。現在は全国統一基準で行っているが、都道府県に権限委譲すると、格差が生じる懸念がある」として、慎重な対応を求めました。日本薬剤師会常務理事の森昌平氏も、「都道府県ごとに異なった基準ができてしまう。全国を通じた公的医療保険における診療・調剤という考え方になじまない」と反対しました。

 全国健康保険協会理事長の小林剛氏も、「保険医療機関の適格性判断は、地元の事情に左右されかねないという懸念がある。この事務は、全国統一の考え方の下で行うのが基本であり、引き続き国が実施すべき」として、現状維持を主張。健保連専務理事の白川修二氏も、「現在のところうまく機能している。全国一律の基準で行うべき」と同調しました。
 

■ 憲法が保障する「営業の自由」との整合性が問題
 

 白川氏はさらに、都道府県に診療報酬改定の権限を与えることにも反対しました。国民会議の「整理案」には、次のような意見が書かれています。「都道府県が地域保険に参画するとともに、都道府県への医療供給に係る統制力と地域特性に応じた診療報酬設定の一部権限委譲も必要である」。このため、白川氏は「診療報酬は一物一価で、全国統一にしないと国民の納得が得られない」と反対しました。

 また、憲法違反の疑いも指摘されました。東京大学大学院法学政治学研究科教授の岩村正彦氏は、「新規参入の抑制や、既存の事業者の擁護という望ましくない効果も持ち得ることになり、ひいては憲法が保障している『営業の自由』との整合性いかんという問題も起こしかねない」と述べました。岩村氏は、保険医療機関の指定・取消権限の制度趣旨について、「公的医療保険の適正な運営という観点から、医療機関に対する勧告などを担保する」と解釈。「公的医療保険は国民健康保険だけではなく、全国的に展開している協会けんぽや健保組合も関わっているので、国が指定・取消権限を持つべき」と主張しました。

 岩村氏はさらに、国民会議における権丈善一氏(慶應義塾大学商学部教授)が提案している「補助金を活用したスキーム」についても、次のように反対しました。
 「医療法に基づく地域医療計画に則った地域の医療供給体制の整備という目的で、補助金のメカニズムとセットで都道府県に指定・取消権限を与えようという考えであり、そのこととセットで、現在の診療報酬体系で行っている病院の機能分化などの政策を医療法による医療供給体制の整備に移すという構想ではないか。とすると、病院の機能分化などの政策は、公的医療保険制度の枠組みから外れるということになって、公的医療保険とは直接関係しない事柄になる。そうなると、公的医療保険と直接関係しない事項について都道府県知事が指定や取消を行うことになり、法的な整合性から考えにくい。補助金のメカニズムとセットで都道府県に指定・取消権限を与えて地域の医療供給体制の整備を進める仕組みに進もうという発想には必ずしも賛成できない」
 

■ 真髄を突くような議論を
 

 この日の部会では、国民会議と当部会との関係についても議論になりました。日本労働組合総連合会副事務局長の菅家功氏は、「われわれは何を議論すればいいのか。国民会議と医療保険部会との関係について、いったいどう整理し、理解し、議論すればいいのか」と迫り、「国民会議における医療保険の議論は、相当程度に偏った、狭い幅の中での議論にすぎない」と批判しました。

 厚労省保険局総務課の濵谷浩樹課長は、「何か方向性が出ているわけではなく、今までこういう意見があったということを思い出すための資料という性格。国民会議から出されている提案について、当部会でご意見があれば、それを賜りながら、国民会議との連携を図っていくべきではないか」と理解を求めましたが、菅家氏は「どれが提案なのか? 各委員の考えを単に羅列しただけのものではないか。何らかの方向性を示すような性格のものなのか」と追及しました。

 白川氏(健保連)も、「国民会議の議論に失望した。こんな狭い範囲でしか議論されていないのか。もっと幅広い議論を期待していた」と不満を表した。小林氏(全国健康保険協会)も「被用者保険の改革や高齢者医療全体の議論がほとんど行われていない」としたうえで、「例えば、後期高齢者医療制度については現役世代の負担に関する議論もなく、国民健康保険の都道府県単位化あるいは後期高齢者医療制度の負担面など局所的な議論のまま、『医療・介護に関する議論が一巡した』と整理されてことについては、極めて残念に思っている」と苦言を呈しました。

 高齢者医療制度の抜本的な見直しは、当部会でも再三にわたり出されている意見ですが、全国後期高齢者医療広域連合協議会会長で多久市長の横尾俊彦氏は、「われわれの親の世代をどう支えていくか」と問題提起。「長寿になると医療費が本当に掛かるが、それを切ってしまうことは、まるで命を切ってしまうことになるので、制度としても人情としても立ちゆかない。命を守り、長寿を育んでいくために、医療や健康、福祉をどのように高めていくかということも含めた議論が国民会議に求められている。そういう議論の高まりを切に願う」と述べました。

 この発言に続き武久会長は、「社会保障制度改革国民会議は2025年に向けた問題についてどのように対応していくか、それ以後のことについて大きなテーマで検討する場である」としたうえで、「お金が足りないから総報酬割にするとか、市町村単位では効率が悪いから都道府県単位にするとか、そういう外側の議論をしている」と指摘しました。

 国民会議の今後について、「実際の医療現場でどのように効率化すれば国民にとって最良で低コストの医療が行われるのか、何らかの試算を提示するなど、真髄を突くような議論をしていただきたい」と要望。さらに、「この医療保険部会でも、そういう議論をすべきであって、本日示されたような論点は今まで何度もやっている。もう少し前に進める必要がある」と求めました。

 国民会議の座長代理であり、当部会長も務める遠藤氏は、「国民会議と当部会との関係が今後どうなるのかは私自身もよく分からない。ただ、連携しながら進めていくことについては合意を得ている」と述べるにとどまりました。厚労省の濵谷課長は、「(国民会議の)議論の整理案そのものは、基本的な考え方や、医療の今後の在り方、健康の保持増進などを含めた全般の議論になっている」としたうえで、「基本的な考え方などは次回に議論いただこうと思っていた」と説明しました。次回会合は5月16日に開催される予定です。
 

この記事を印刷する この記事を印刷する

« »