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「第20回日本慢性期医療学会福井大会」のご報告(3) ─ 向井千秋氏、辻哲夫氏の講演

Posted By 日本慢性期医療協会 On 2012年11月29日 @ 11:43 PM In 協会の活動等 | No Comments

 「第20回日本慢性期医療学会福井大会」の記念講演では、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙飛行士で心臓外科医の向井千秋氏が「宇宙医学に学ぶ健康長寿」をテーマに、基調講演では元厚生労働事務次官で東京大学高齢社会総合研究機構特任教授の辻哲夫氏が「超高齢社会のまちづくり~Aging in Place~」と題して講演しました。開会式の模様のほか、記念講演と基調講演の要旨をお伝えします。

安藤高朗副会長 開会宣言で安藤高朗副会長は、「日々の現場の取組みや努力が凝縮された発表により慢性期医療の質が向上し、慢性期医療の発展につながる大会になることを期待する」と述べました。

武久洋三会長 続いて武久洋三会長が、「これからの医療は急性期医療だけで医療が完結することはなく、慢性期医療の重要性がますます高まっている。高齢者や慢性期の患者さんの急激な増大に対し、われわれ慢性期医療を専らとする協会として何をなすべきかを真剣に考えていかなければいけない。『良質な慢性期医療がなければ日本の医療は成り立たない』と大きく宣言しているので、われわれの矜持が問われることになる」と挨拶しました。

 大会長を務める池端幸彦副会長は冒頭、本大会のテーマである「慢性期医療ルネッサンス(Renaissance)」に込めた思いをこう語りました。

池端幸彦大会長 「慢性期医療ルネッサンスとは、直接的には近年の急性期医療一辺倒の中で、ややもすると軽視されがちであった『慢性期医療』の『復興』や『復権』にほかなりませんが、それは単にかかりつけ医の往診という昔ながらの地域医療の復活を意味するだけではなく、今、日本が直面している未曾有の災害からの復興と同じく、古いものを捨て、イノベーション・マインドに満ち溢れた新たな慢性期医療の復興・復権でなければなりません」。

 その上で、池端大会長は「これから迎える超高齢社会を支える新しい慢性期医療の道を皆さんで議論し、この福井の地から世界に発信できることを祈念する」と挨拶、会場から大きな拍手がわき起こりました。本大会には国内外から多くの来賓が集まり、次々に祝辞を述べました。
 
 開会式に続いて、向井千秋氏の記念講演、辻哲夫氏の基調講演に進みました。次ページ以降で、お二人の講演要旨をご紹介いたします。[→ 続きはこちら]

 ▼ 質疑応答を含む詳しい内容は、「日本慢性期医療協会誌(JMC)」次号に掲載予定です。
 

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■ 記念講演 ── 「宇宙医学に学ぶ健康長寿」
 

○座長:池端幸彦氏(日本慢性期医療協会副会長、大会長)

 本大会の開催が決まった時、(記念講演の候補として)真っ先に浮かんだのが向井先生でした。「向井先生を、ぜひお呼びしたい」と思いました。

 実は、約30年前に私が大学を卒業して研修医として外科の医局に入った時に、指導医だったのが向井先生でした。当時は女性として珍しい心臓外科医として頑張っている先生にご指導いただき、今日の私がある。その向井先生を、どうしても福井にお呼びしたいと思いました。とても多忙でいらっしゃるので調整には紆余曲折がありましたが、本日、こうしてお招きできたことを本当に嬉しく思っています。

 向井先生は、1977年に慶應義塾大学医学部をご卒業され、85年まで心臓外科医として臨床に従事されていました。そして85年、宇宙開発事業団(現在の宇宙航空研究開発機構、JAXA)にスペースシャトルを利用した第1次材料科学実験の搭乗科学技術者として入社されました。94年、ご存じのように第2次国際微小重力実験室計画の搭乗科学技術者としてスペースシャトル・コロンビア号に搭乗され、宇宙飛行士になられました。

 向井先生の研究テーマは現在82あります。「微小重力科学」で材料科学や流体科学など、また「ライフサイエンス」の中で宇宙生理学、宇宙生物学、放射性生物学など、さらに「宇宙医学」で心臓血管系、自立神経系、骨・筋肉の代謝などの研究がございます。

 88年には2回目の宇宙飛行を行い、微小重力環境の人体影響と老化に関する実験を実施。ここで日本慢性期医療協会との関わりが出てきました。そして2003年にスペースシャトル科学飛行の副ミッションサイエンティスト、すなわちNASAの任命業務として科学実験を取りまとめておられます。03年から07年には国際宇宙大学の教授をなさっています。先生の現在のポジションは、JAXA有人宇宙環境利用ミッション本部特任参与、宇宙医学研究センター長、宇宙飛行士、医師、医学博士です。

 本日は、当学会と縁のあるテーマを頂いております。向井先生、どうぞよろしくお願いいたします。
 

常にゴールのないマラソン
 
○向井千秋氏(宇宙航空研究開発機構[JAXA]宇宙飛行士、宇宙医学研究センター長)

向井千秋氏(宇宙航空研究開発機構宇宙飛行士) みなさま、おはようございます。ご紹介いただきました向井千秋です。20回を迎えた日本慢性期医療学会、こんなに多くの方々がお集まりになって開催されていることは本当に素晴らしいことだと思います。これまで一緒に働いてきた池端先生が本当に立派なお姿になられて、大会長をされている。本当に誇らしく思います。

 池端先生がご紹介くださったように、私が心臓外科医としてレジデントをしている時に池端先生が入ってこられました。当時も弁置換や解離性大動脈瘤などいろいろな手術があってバタバタしている時に、池端先生いつもニコニコしながらてきぱきと仕事をされている思い出があります。こういう機会を頂きまして、本当にありがとうございます。

 この機会に、私は「宇宙医学に学ぶ健康長寿」というテーマでみなさまにお話をさせていただきます。幸運なことに、私は2回も宇宙飛行ができましたので、「私にとって宇宙飛行とは何だったんだろう」「宇宙飛行から何を学んだんだろう」ということも含めて、ぜひみなさまにお伝えしたいと思います。

 「宇宙飛行士の仕事は大変ですか?」ときかれることがあります。心臓外科医として救急医療などをやっていたころは、常にゴールのないマラソンのようなもので、そういうつらさがあったからこそ、「宇宙飛行士の訓練は医者に比べたら決して大変ではない」と思って、これまでやってこられました。
 

素晴らしい時代に私は生きている
 

 人生は、何がどういうきっかけで、どんな事が起こるのか分かりません。1983年、ある新聞を見ましたら、日本が宇宙飛行士を募集すると書いてありました。それを見た時、「どうせ軍人で、毛むくじゃらの男性が行くのだろう」と思いました。ところが、そこに書いてあったのは、男女を問わないということ。そして、日本はパイロットとして送るのではなく、宇宙という特別な環境──重力がない、宇宙放射線がある環境──をうまく利用していろんな研究がしたいということが書かれていました。地球上でいろいろな仕事をしている人たち、医者や技術者、研究者らを宇宙に送りたいと書いてあった。小さな記事でしたが、私はこれを見た時に身体が震えるぐらい興奮しました。

 当時、病院の中で患者さんたちと闘いながらいろいろな事をやっている間に、20世紀の科学技術がこんなにも進んで、普通に地上で働いているわれわれを宇宙にまで送り出し、その宇宙に人間の活動圏を広げていける。そんな素晴らしい時代に私は生きているんだということに、私はものすごく気概を感じてしまった。そうか、私はこんな時代に生きているなら、ぜひ自分の目で、自分が住んでいる地球が見たい、そう思いました。

 それはたぶん、われわれが知らない事を知る、行ったことがない所に行ってみる、知らない本を読んでみることと同じように、そういう事をすると自分の視野が広がってくると思うのです。自分が現在住んでいる地球を多角的に外から見ることで、たぶん自分の視野が広がって、自分の考え方も深くなるのではないかなと思いました。調べてみると、重力がない宇宙では身体にいろんな事が起こってくる。これはすごく面白いと思った。そんなこともあって私は、「宇宙の環境を利用できる時代が到来した。ぜひ行ってみたい」と思って、宇宙飛行士を目指しました。
 

宇宙の不思議は地球の不思議
 

 宇宙では、重力がない中で身体に起こるいろいろな現象がとても面白かった。それは老化現象にとてもよく似ているのです。30代でも70代でも同じような変化が起こる。帰還した時は、誰かが肩の上に乗ってギュッと押しつけているような感覚でした。
 私たちは地球上にいると意識しませんが、実はものすごい重力で地球の中心に向かって押しつけられている。宇宙という重力のない世界に行ったからこそ、私はそれが分かった。これがすごい感激でした。重力がある世界に育った人は当たり前のように思っている。物が落ちて当たり前。しかし、実はその当たり前の事が当たり前ではなかった。

 例えば、ここにかごの絵があります。その絵には青いフィルターがかけてあります。かごの中にある物が青い色で書いてあったら、かごの中に何が入っているのか見えない。しかし、青いフィルターを外してみると、かごの中に青い鳥がいることに気付く。つまり、私たちは青いサングラスをかけて生まれてきてしまった。青いサングラスが重力だったとすると、青い色の物が見えない。私は凡人なので、宇宙に行って、青いフィルターがはぎ取られた状態で宇宙の現象を見ると、水が丸くなってみたり、物が落ちないでフワフワしてみたり、いろんな現象が身体に起こってくる。「それはすごく不思議だ」と思ったのですが、地球上のほうが逆に不思議だったのです。
 

地上のみなさんと一緒に取り組みたい
 

 宇宙飛行士は身体が丈夫で元気な人たちですが、地球に帰ってくると、何十歳も年をとったような、老化現象が起きたような状態になります。宇宙に行ってそういう現象が起き始めて、それと闘いながら、アダプテーションしながら帰ってくる。そして帰ってきたらリハビリをする。そういうクリニカルコースが非常に短い。数か月の間で、病気といかに闘い、どのように治るのかが分かる。ですから、発症、適応、回復が非常に短い期間で見られるというのが1つの魅力です。

 宇宙はいろいろな現象が増幅されます。例えば、骨が溶ける病気で悩んでいる地球上の人たちの10倍の速さで、若い男性飛行士の骨が弱くなります。筋肉は寝たきりの人の2倍、自然放射線は地上の半年分を1日で浴びてしまいます。免疫機能が低下したり、血圧の調節機能や平衡感覚がおかしくなったりします。

 精神・心理現象も違います。人間関係がイヤだから仕事を辞めて違う部屋に行くということはできません。みんなで力を合わせてやっていかなくてはならない。
 ですから、地球上ではいろいろな問題がバッファシステムの中に隠れてしまう。ところが、宇宙ではバッファシステムが少ないので見えてしまう。地球上で起こっているいろいろな問題を洗い出すことに非常に適した環境と言えます。宇宙で身体に起こる現象は、高齢社会でメリハリがなくなって起きるいろいろな現象に似ています。

 例えば、宇宙飛行をすると骨密度が減少します。加齢によっても骨密度が落ちて骨粗しょう症になることがあります。また、宇宙では筋肉が萎縮します。加齢でもサルコペニア(筋肉減弱症)のような筋肉の減少があります。さらに、宇宙では体内リズムもかなり乱れることが予想されます。地球上でも、加齢によって生活のリズムが乱れてしまって夜眠れないということがあります。
 つまり、宇宙飛行士のためにやっている医療などが、地上の健康科学に役立つのではないかと思うのです。逆に、みなさんが病院でいろいろ取り組まれている健康科学を宇宙医学に取り込んで、いろいろと一緒に仕事ができないだろうか、一緒に取り組みたい、そんなことを常に考えています。

 「宇宙医学」とは、狭い意味では宇宙飛行士の健康管理をするための医学です。月や火星に人間を送り出すために必要な医療技術を開発することが「宇宙医学」ですが、もう少し広い意味で考えてはどうか。なぜ、宇宙という環境でそのような現象が起こるのか、そのメカニズムを解明したり、その成果を地上に還元していくことも大事なことです。
 

人類のための宇宙開発をしよう
 

 私たちが宇宙飛行を安全に行う上で、医学が果たす役割は本当に大きい。人がいる所に医学がある。そのチャレンジは、月や火星に人類の活動圏を広げていくことです。それを展開していくための医療技術を開発し、地上に還元していく方向性で動いています。
 従って、われわれJAXAをはじめ宇宙開発機関で研究している人たちは、「宇宙医学は究極の予防医学である」という概念の下、社会に役立つ宇宙医学をモットーに研究を進めています。宇宙飛行士は元々、元気な人たちです。元気な人たちを病気にさせてはいけない。そのための「宇宙医学」は究極の予防医学です。

 昨年は、ガガーリンが飛行してから50年。来年は、女性初の宇宙飛行士・テレシコワが飛んでから50年。これまでの50年は、アメリカやロシアを中心に国際協力で取り組んできた時代。これからの50年は、いい意味での競争です。各国間の競争ではなく、民間の優れた企業がどんどん参入して、官民共に産学連携しながら競争して、より遠くに、より長く宇宙に人を送り出す。そうした技術を開発していく時代であると思います。
 ですから、Space for Humanity. 人類のための宇宙開発をしようではないか──。そんな合言葉で仕事をしています。

 今回、このような講演の機会を頂き、私たちの日ごろの活動を紹介させていただきまして嬉しく思います。先生方が取り組んでいらっしゃる在宅医療や慢性期医療にお役に立てれば光栄です。また、先生方に良いアイデアがありましたら、どんどん宇宙開発分野に情報提供していただければ幸いです。
 慢性期医療ルネッサンス。池端先生が、本当に素晴らしいテーマを謳われた。この大会が大成功で終わることを期待いたします。ご静聴、本当にありがとうございました。(会場から大きな拍手)[→ 続きはこちら]
 


 

 

■ 基調講演 ── 「超高齢社会のまちづくり~Aging in Place~」
 

○座長:武久洋三氏(日本慢性期医療協会会長)

 辻先生は1971年に東京大学法学部をご卒業されまして、その年に当時の厚生省にご入省されています。その後、主に高齢関係のお仕事をされまして、最終的には事務次官として非常に大きな改革に携われました。退官なさってからは、東京大学高齢社会総合研究機構の特任教授としてご活躍されています。

 みなさんご存じのように、地域コミュニティをどのようにつくっていくかは大きな課題です。これからの超高齢社会を迎え、どのようにまちづくりをしていくか。そういう大きな視点で、先生はまさに青年のように輝いた瞳で見つめていらっしゃいます。千葉県の松戸市や福井県などで、そういう試みに非常に熱意を燃やしておられます。

 今日は、「超高齢社会のまちづくり~Aging in Place~」というテーマで基調講演をしていただきます。先生、どうぞよろしくお願いいたします。
 

日本の医療は大転換期
 
○辻哲夫氏(東京大学高齢社会総合研究機構特任教授)

辻哲夫氏(東京大学高齢社会総合研究機構特任教授) 私は現在、東京大学で高齢社会のまちづくりの問題に取り組んでいます。武久先生とは、実は長いお付き合いで、もう何年前でしょうか、いろいろな現場に連れて行ってもらいました。非常に踏み込んだ医療の課題というものを教えていただきましたことを昨日の事のように思い出しています。

 また、福井には2か月に1回ぐらい、東大の研究機構と福井県の高齢社会の共同研究の関係でお邪魔させていただいており、池端先生にはいつもお世話になっています。この学会でお話しさせていただくことを心から光栄に思っています。

 さて、本日のテーマですが、「医療システムはかなり発想の転換をしないといけない」というお話をさせていただきます。これからの超高齢社会、2025年までの日本の医療は、いよいよ大転換期であると思います。
 すなわち、大都市圏の高齢化が進み、日本の医療や介護、まちづくりにおいて、相当に大きなイノベーションを必要とする。発想の転換が必要であるということをお話ししたいと思います。そして、慢性期医療が非常に大きな貢献をすることが期待されているということを申し上げたいと思います。
 

想像を絶する社会が来る
 

 今後、75歳以上の人口が激増します。すでに2005年の75歳以上人口は9%で、世界的にこんな国はないのですが、2030年には20%まで増えます。2055年には27%になり、これはもう想像を絶する社会です。世界中、どこも経験したことがない社会に向かっています。
 2030年の5年前、2025年に団塊の世代が75歳を超える。その後2040年、2050年まで頃が日本にとって非常に大きな試練の時期で、ここをいかにいい形で乗り切るかということが大きな課題です。

 一方、あとでまた触れますが、75歳未満人口が減り続けている。典型的な高度急性期医療ニーズが減っている。それから、75歳以上人口が増えるということは、外来が減るということです。それに引き続き今でも増え続けている入院患者がさらに増える。これが大都市圏で大きな規模で起こるということが大きな課題です。

 結論から言いますと、大都市圏では、今までのように療養病床や介護老人保健施設、特別養護老人ホームなどの施設で受け入れるのは、物理的にも、時間との勝負という意味でも困難であろうと思います。そこで、これからどのように乗り切るか。まだ見通しは付いていません。
 

「闘う医療」だけで幸せか

 
 病院での死亡率が年々上がり80%にまでなっている理由は「病院信仰」です。つまり、病院への憧れの歴史だと私は思っています。昭和30年代の後半から「○○科」という臓器別医療が進みました。病院はいわば臓器別医療の拠点です。病院を中心として、病気には原因があり、原因は臓器で特定され、それを治すということを一生懸命にやってきた。
 私たちもその素晴らしい営みに魅かれて、「できる限りのことをしてください」「できるだけ良くしてください」と言って、吸い込まれるように病院で亡くなっていったと言えると思います。

 私は医者ではないからこんな勝手なことを言えるのでしょうが、臓器別医療というのは「病気を治す」ということです。では、「何のために?」と考えると、それは突き詰めると救命、延命のためです。つまり、病院医療とは死との闘いだった。「闘う医療」と言う人もいますが、これが究極の病院医療だと思います。

 しかし、「闘う医療」だけでわれわれは幸せか。これが今、問われていると思います。逆に言えば、慢性期医療という概念を掘り下げて考えていく時代が来ていると思います。慢性期医療が今後どのように展開されるのか、私は非常に興味深く思っています。そして、慢性期医療に大きな期待がかかる。
 

生活の場に医療が及んでいない
 

 現在、自宅で医療上不安な状態になったら入院するしかない。生活の場に在宅医療が及んでいない。これは日本の医療の大きな欠落点。私はかなり前からそう思ってきました。在宅医療に関わるお医者さんから、「定期的な訪問診療があれば、肺炎など入院しそうな病気を早期に発見できて入院予防ができる」という話をよく聞きます。そのような医療の目が在宅にきちんと及んでいない。

 75歳から80歳の間が通院受療率のピークです。これからは高齢者世帯は高齢者だけの世帯が中心なので、総人口の5分の1、さらに4分の1が後期高齢者つまり通院できなくなるという社会になるので、生活の場に医療を入れていく政策を考える必要があります。

 今後も病院は絶対に必要ですが、病院にいる限り病人です。アメリカの社会学者が「病人役割」という言葉を用いています。病気になったから病人になるのではなく、病院に行ったら病人という地位を与えられ、本人が病人として行動するようになる。治療に協力するため当然かもしれません。

 しかし、生活の場では「生活者」です。私は鍋料理が大好きなので、いつもこの話をするのですが、自宅なら鍋を食べれる。気分が良ければお酒を飲んでも誰にも叱られない。笑顔が保てる時間を長く持てる。ですから、生活者としての時間をいかに持つのかが問題で、そのためのシステムをつくる必要があると思います。

 しばしば病院の医師から聞くのは、「ちょっと心配だけど退院させて帰してみたら、別人のように元気そうに見えた」という言葉です。「笑顔があった」と言うのです。これをいかに実現していくかを考えたい。本人や家族が望めば、在宅で亡くなることも可能にしてあげたい。そのためには、どうしても在宅医療が必要ですが、今はあまり普及していません。
 

在宅医療を支えるシステムがない
 

 在宅医療が普及しない理由は明確です。第一に、主治医がいないと成り立たない。第二に、在宅医療イコール訪問看護と言っていいので、優秀な訪問看護師が不足している。そして薬局や歯科医の協力が必須です。さらにそうした医療とケアマネ、24時間介護がつながった多職種連携がないといけない。第三に、併せて極めて重要になるのが、バックアップ病床。こうした3つの要素がきちんとつながっていないと在宅医療を継続できないので普及していない。実はもう一つ、住民の意識が変わる必要があるのですが、今日は、踏み込んで触れません。

 第一の点については、特に大都市部では訪問診療をしたことがない医師が多い。専門医として訓練されてきているので、在宅医療に参入する医師が少ない。そして、「24時間365日は勘弁してほしい」という医師がほとんどですから、やる気のある医師がグループ化するシステムをつくらないと在宅医療は進まない。もちろん、医師だけでは在宅医療は成り立ちませんので、先ほど述べたように第二第三の点に関連して、これをつなぐシステムをつくる人が必要となります。

 こうしたことを制度論として自覚している人は少ない。在宅医療に熱心な医師会があり、熱心な病院があり、熱心な診療所はあるけれども、なかなか普遍的なシステムとしては進まない。結論から言いますと、制度論としては、鍵は、市町村です。市町村が「システムとしてつくろう」と考えるかどうかが重要です。
 

医療・福祉のハイブリッドシステムを
 

 現在、千葉県の柏市で在宅医療を含む地域包括ケアのモデルづくりとして取り組んでいます。生活の場に在宅医療、看護、介護のハイブリッドケアシステムが及ぶように、病院は病院として必要な機能を果たすと共に在宅医療をバックアップする。在宅ケアを支えるために病院がある、施設があるという方向に行かないと、都市部の高齢者を支えることは困難になるでしょう。

 「弱ったら病院に移す」というのではなく、急変など必要な時だけ病院がバックアップしてできるだけ早く、生活の場での定期的な訪問診療の場に戻し、できるだけ長く生活の場に住み続けられるようにすることが必要です。つまり、在宅医療、看護、介護などのサービスが基本で、それをさせるのに必要な病院機能という関係にする。そういう方向で改革していくのが王道だと思うのです。

 サービス付き高齢者向け住宅は専門の会社が建てても良いわけで、メインとなるのは在宅医療や訪問看護、介護サービスです。医療は医療保険ですが、訪問看護、介護サービスは介護保険の財源がメインなので、今後は医療保険に加えてそれも取り込んでいくという流れになります。

 「Aging in Place」は、住み慣れた地域で安心して最期までという考え方で、医療・福祉のハイブリッドシステムを地域に埋め込むモデルを柏市で展開しています。本日は深く触れませんが、その場合の大前提は、高齢者ができる限り自立を維持してほしいので、高齢者がまちに出ること、すなわち「閉じこもらない地域社会」をつくることです。

 65歳を過ぎても地域で働く。コミュニティビジネスを地域に埋め込む。基本はワークシェアリングの考え方です。1人が週5日働かなくても、「3人で5日分」とか、「6人で常勤2人分」というような働き方をシステム化していくというモデル事業が動き始めています。今後は定年退職した65歳がずっと家の中に閉じこもっていてはどうしようもないでしょう。
 

地区医師会と市町村が大きなカギ
 

 全国的に見た場合、診療所の外来患者数は現在、伸び続けています。しかし、団塊の世代が75歳以上になる2025年以降を境に減少していきます。75歳以上80歳を境に外来の受療率は減りますから、外来がどんどん減っていきます。ただ、現在は都市部で外来が増えていますので、お医者さんとしては「外来で忙しい」「在宅医療?」という感じでしょう。そういう状況ですので、在宅医療は普及していません。

 しかし、いずれ外来患者は着実に減り始める。そのあと、入院需要がピークに達する。その時から在宅医療を始めようとしても間に合わない。在宅医療のニーズが最も高まるピークは2025年から40年辺りです。都市部は病床での対応に限度があり、この時期は相当大変だと予想します。「今まで何をしていたのだ」とその時に騒いでも遅い。

 しかし、一人開業のかかりつけ医が1人で取り組むのは大変です。そこで、柏市ではかかりつけ医をグループ化しようとしている。若い医師らが将来を見通して動き始めています。かかりつけ医同士がグループ化してもいいし、在宅療養支援診療所が最後のバックアップとしてグループに入る場合もあります。在宅医療の対応を点から面にするため、市役所が3師会の拠点となる建設予定の建物の中に、在宅医療を含む在宅ケアのマネジメントを行う地域医療拠点を設置する予定です。現在、主治医と副主治医との関係などグループ化をどのようにまとめていくかを柏市医師会のメンバーを中心にして試行検討中です。

 こういうプロジェクトは、地区医師会が絡まないとできない。地区医師会が自分の地域をどうするのかを考える。地区医師会が若い医師たちに「ちょっと在宅医療をやってみないか」と声をかける。それに看護はもちろん歯科医、薬剤師ら多職種とつないでいく。
 こうした取組みの事務局としての役割は市役所です。あえて申しますと、地域全体を療養病床にするということです。従って、例えて言うならば療養病床の院長は、地区医師会の会長で、病院運営をコーディネートする事務長は、介護保険の保険者である市役所です。私は、これが次の時代に求められるシステムであると考えています。

 地域にいる、限られた数のかかりつけ医にできる限り頑張っていただくために、地区医師会が関わる中で市が事務局的にバックアップする。そして地域を面としてメンテナンスする。
 この場合、地域の病院は、在宅療養支援病院として地域のかかりつけ医とグループ化する一方、訪問看護や訪問介護などを系列法人が持って、地域全体を支えるという役割が考えられます。従って、大きなカギになるのは地区医師会と市町村です。個々の病院は、その枠組みの中に位置づけられ、より活躍するという形を期待します。
 

超高齢社会を支える役割を
 

 柏市では現在、「UR柏豊四季団地」内に、24時間対応の在宅医療・看護・介護の総合的なサービスシステムとサ高住が一体化した拠点が建設中です。このような総合的なコンソーシアムシステムの整備が急がれます。

 みなさんの中には、「それは都市部だけの話ではないか」と思われる人もいるかもしれません。しかし、これからは地方でも当てはまるようになると思います。私の見通しですが、地方でも、将来は住み替えが進むと思います。今後の後期高齢期のライフスタイルとして、地域内での住み替えが進むとみています。例えば、自分が卒業した小学校や中学校のある集落の地域に住み替える。子どもたちが住み替えた住まいの近くにいたら、さらにいい。子どもたちが頻繁に出入りする。地域の人も出入りしやすくなって、お互いに気にかける。
 これからの日本では、こんな社会をつくっていくべきではないでしょうか。そうして、地方でも柏市と同じようなシステムができあがる。私は、制度と人々のライフスタイルが動けば、各地域がそういう方向に行くと見ています。

 ただ、大きなポイントは、医療を含めて訪問系サービスに必要な財源です。訪問系サービスにお金を投入しないとできません。とにかく、これからは介護する家族がいないのですから、たとえどのような政権になろうとも、これは進めていくのだと思います。

 これは日本経済の仕上げです。経済発展する中で、人々が都市部に移り住んだ。核家族になった。長生きになった。せっかく建てたマイホーム、そこに住みきれるかどうか。日本経済発展の成果としての「まち」をどうつくっていくのか。
 このようなまちづくりのためには、もちろん、市町村と地区医師会に頑張ってもらわないといけないのですが、まさに日本慢性期医療協会が果たす役割が重要であると思います。

 日本医師会も、在宅医療に関する国の動きに協調する旨の方針を示されたと聞いています。地区医師会が動けば市町村も前に進める。こうした動きが今後、全国に広がっていくと思います。みなさま方も、この動きをぜひ参考にしていただいて、日本の超高齢社会を支える役割を果たしてほしいと心から祈念いたします。(会場から大きな拍手)[→(4)はこちら]

 ▼ 質疑応答を含む詳しい内容は、「日本慢性期医療協会誌(JMC)」の次号に掲載予定です。



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