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「武久洋三先生会長御退任記念講演会」のご報告

Posted By araihiro On 2022年7月1日 @ 5:17 PM In 会長メッセージ,協会の活動等,役員メッセージ | No Comments

 日本慢性期医療協会は6月30日、第47回通常総会後に「武久洋三先生会長御退任記念講演会」を開催した。「良質な慢性期医療がなければ日本の医療は成り立たない」というタイトルで、約1時間にわたり今後の慢性期医療の在り方を説いた。

 講演で武久洋三名誉会長は「住民に選ばれる病院しか残れない。地域多機能病院として地域の信頼を得る努力をしなければいけない。地域包括ケア病棟と回復期リハビリテーション病棟を配置して、二次救急を取って、自宅・居住系施設等の入所者の急変時対応を行うことが地域に選ばれる病院になる」と述べた。

 講演の模様は以下のとおり。
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20220630_御退任記念講演会
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ヒューマニズムあふれた優しい先生

[司会:富家隆樹事務局長]
 ただいまより、「武久洋三先生会長御退任記念講演会」を開催する。座長は、本日の第47回通常総会において日本慢性期医療協会の会長に就任した橋本康子先生である。それでは橋本会長、よろしくお願いしたい。
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[座長:橋本康子会長]
 それでは、武久洋三先生会長御退任記念講演会を始めさせていただく。座長を務めさせていただく橋本康子である。
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橋本康子会長_20220630_日慢協総会
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 武久先生のご略歴は、お手元の冊子に詳しく記載されている。
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講演会冊子の表紙(新井裕充作成) お手元の冊子は、日本を飛び出して地球規模の武久先生である。宇宙にまで行かれているような表紙だが、冊子に詳しくご略歴が記載されているので、ご参照いただきたい。 

 武久先生はこれまで多くの功績を残され、その歩みは皆様もご存じだと思うが、ここで私が1つだけ皆さまにご紹介したいことがある。

武久先生は震災や新型コロナの時などの緊急時には率先して被災地に出向かれて、医療物資の供給や医療の提供などに奔走されてきた。東日本大震災でもダイヤモンド・プリンセス号でも熊本豪雨の時もそうであった。とても早く動かれて、被災者の人たちからすごく感謝されているのではないかと思っている。

 また、その際には人だけではなく、飼い主がいなくなった犬や猫を何十匹も助け出して徳島の病院に連れて帰られ、新しい飼い主さんを見つけたりされているそうである。 

 一見ちょっと怖いおじさんに見えるが、ヒューマニズムあふれた優しい先生だということを皆さんに知っていただきたいと思い、ご紹介させていただいた。それでは武久先生、よろしくお願いしたい。
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000_20220630_御退任記念講演資料

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療養病床の評価が変わってきた

[武久洋三名誉会長]
 こんなに盛大な会を開いていただき、たくさん来ていただけるとは思っていなかったので、びっくりしている。本日は、私がやってきたことをできるだけご説明したいと思う。
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001_20220630_御退任記念講演資料

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 「良質な慢性期医療がなければ日本の医療は成り立たない」。要するに急性期医療だけでは日本の医療は成立しないのだということをずっと言ってきた。
 
 当会の名称は2008年に変わった。それまでは「日本療養病床協会」という名前だったが、「日本療養病床協会」という名前になるまでに3回変わっていた。何年かに一度変わるような会の名前はまずいだろうと思い、「日本慢性期医療協会」に変えさせていただいた。
 
 私の目標は、「一般病床」と「療養病床」の格差解消であった。療養病床ができたときに、療養病床になれない一般病床がたくさんあった。4.3平米しかない6人部屋の一般病床が多く、療養病床にはなれないが入院患者さんはお年寄りばかりだった病院があり、そこをどうするかということで行政も苦労したと思う。
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002_20220630_御退任記念講演資料

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 療養病床の評価の変遷だが、特例許可老人病棟の導入が1983年。療養病床群入院医療管理料の新設が1993年。療養病棟入院基本料の新設が2000年。

 このように、どんどん変わってきた。日本では、入院期間が短い急性期病床が約90万床。入院期間の長いところが30万床。慢性期病床の3倍も急性期病床がある。これはおかしなことだ。

 思い出してほしい。かつて「その他病床」というのがあった。2003年8月末までに「その他の病床」を一般病床と療養病床に分けた時に、病床面積6.4㎡以上、廊下幅2.7mをクリアできなかった病院は、実質慢性期高齢患者がほとんどであるにもかかわらず、一般病床としてしか届出ができなかった。
 
 そして、狭いながらも医師や看護師を少し多く配置した病床を「一般病床」とし、そこに入院している患者の状態が急性期であろうと慢性期であろうと「一般病床」として包含して、慢性期患者を中心とした医療病床を矮小化した。結果的に、療養病床の3倍もの数の病床が「一般病床」とされた。
 
 しかも、厚労省が「一般病床=急性期病床」とみなしてきたために、実態にそぐわない一般病床を有する病院がいわゆる「なんちゃって急性期」と呼ばれながらも世の中を闊歩してきたのである。
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005_20220630_御退任記念講演資料

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 療養病床入院基本料に医療区分が入ったのが2006年。これは麦谷眞里氏が医療課長の時である。その後、2014年に地域包括ケア病棟ができて、療養病棟における在宅復帰機能が評価された。慢性期医療への評価がどんどん変わってきて、2018年にはついに介護医療院が新設された。
 
 2006年はかなりダイナミックな改定であった。医療区分2・3の患者を8割以上という要件をクリアしなければいけない。それまでは、軽い人をずっと長く入院させておけば差益が十分にあり、療養病床は楽々と運営できていた。そこで、これはおかしいのではないかということになった。当然のことである。

 2006年の改定を機に、「社会的入院」と呼ばれても仕方ないような患者は確かに療養病床から姿を消した。軽症の患者の紹介ばかり依頼していた療養病床の現場が重症患者の紹介を依頼するようになり、重症患者を積極的に受け入れるようになった。

 まさに「麦谷ショック」である。療養病床を持つ病院経営者に対し、医療者としての良心を呼び起こす大きな役目を果たしたことは事実である。
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公平とは程遠い格差を解消するために

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 特定除外制度は、1998年度改定で創設された「老人長期入院医療管理料」にさかのぼる。高齢者のいわゆる「社会的入院」が問題になり、長期入院の是正を図る目的で、一般病床で90日を超えて入院する高齢患者について、入院基本料を減額・包括化した診療報酬である。これが特定除外患者については減額対象外になった。その後、2010年度改定で全年齢を対象とする「特定入院基本料」に改組された。
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 1998年から2012年、14年に改定されるまでの間、7対1の報酬で何年間も入院させることができた。当時の日本が世界各国に比べて平均在院日数が長いため、実際より短く見せたい厚労省と中小病院の利害が一致して、この姑息な特定除外制度が続いていた。

 特定除外制度では、一般病床の施設基準の1つである平均在院日数の計算対象から、あらかじめ決められた状態にある特定除外項目の患者を外すことができるため、かろうじて基準を満たしていた中小病院があった。
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012_20220630_御退任記念講演資料

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 これが特定除外の項目である。①から⑫まであるが、寝たきりのような状態の人はここにほとんど入っている。
 
 軽症患者がわずか1床当たり4.3平米の狭い、古い、汚い、臭い8人部屋で食堂もリハビリを訓練室もなく、狭い廊下で車いすでの通行もままならない環境であっても、看護師の数を増やすだけで7対1一般病棟入院基本料の高い報酬を得ていた。

 そのような一般病床に対し、多大な建築費をかけて病院を増改築して、療養環境を改善して医療区分2・3患者を8割以上も入院させて適切な積極的な治療を行ってきた療養病床は一体どのように扱われてきたかと思っているのか。公平とは程遠い格差を解消するために、そして特定除外を追放するために長く訴えてきた。2012年と2014年に特定除外制度は廃止された。
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地域包括ケア病棟は「LTAC日本版」

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 2011年、私は岡田玲一郎先生と一緒に北米視察ツアーでアメリカの医療事情を学んだ。そこで目にしたのがLTAC(Long Term Acute Care)である。当時、アメリカで急激に増えだした病床で、平均在院日数25日の長期急性期機能を有する病床であった。

 アメリカでは、入院は5日間ぐらいの平均在院日数だが、このLTACでは約1カ月入院できるという。これを見て、私はぜひ日本版のLTACを創設すべきとあると訴え続けてきた。
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 長期急性期(LTAC)の病院とは、複数の合併症を抱え重篤で長期入院が必要な医学的に複雑な患者に専門性の高い急性期ケアを提供する病院であると定義されている。
 
 アメリカでは、長期急性期病院、入院リハビリ施設、スキルド・ナーシング・レジデンス施設など、ポストアキュートの病棟がいろいろある。
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017_20220630_御退任記念講演資料

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 日本とアメリカを比べてみると、アメリカのLTACは人工呼吸器離脱を目指す場合や複雑な呼吸器疾患、創傷ケアなどの患者を受け入れる。
 
 病床機能区分を見ると、アメリカの高度急性期はSTAC、そして長期急性期のLTACがあり、このLTACが現在の地域包括ケア病棟になる。すなわち、地域包括ケア病棟はアメリカの「LTAC日本版」といえる。

 アメリカのLTACは、STACから一方通行の紹介患者を受け入れる。一方、日本のLTACは高度急性期病院から、そして在宅・介護施設等からの慢性期急性増悪患者という、2方向から患者を受け入れる。
 
 当時、厚生労働省の保険局医療課長であった宇都宮啓氏と課長補佐であった一戸和成氏によって、2014年4月に地域包括ケア病棟が誕生した。
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019_20220630_御退任記念講演資料

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 地域包括ケア病棟の入院期間は最大2カ月で、リハビリ2単位と入院医療費が包括されている。「急性期治療後の患者の受入」「在宅患者の急変時受入」「在宅復帰支援」が主な機能である。アメリカのLTACと似たところがあるが、日本の地域包括ケア病棟のほうがさらにレベルが上の状態である。急性期や在宅の患者の両方を引き受けるなど、3つの機能が求められている。
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020_20220630_御退任記念講演資料

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 地域包括ケア病棟で初めて病床面積によって報酬に差をつけた。それまでは、4.3平米で10人部屋の一般病床でも、広い6.4平米で4人部屋の療養病床でも入院費が同じであったが、病床面積によって報酬に差をつけた。
 
 私は、単位を取るための汲々としたリハビリではなく、20分未満の短時間リハビリや集団リハビリなど、患者1人ひとりに合ったリハビリの提供ができるように出来高算定から包括算定への転換をずっと主張している。
 
 そして、2014年に新設された地域包括ケア病棟では、1日2単位リハビリ包括が実現した。あらゆる看護行為が全て入院基本料に包括されているのと同じようにリハビリテーションも当然、包括すべきである。2単位しかリハビリしない病院と、患者によっては4単位から6単位を行う病院では当然、その成果、アウトカムに大きな差がつく。
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硬直化したリハビリ提供体制を変えるべき

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 まず何のリハビリから始めたらいいか。きちんと自分でご飯を食べ、自分で排泄できること。これができれば家に帰れる。嚥下リハビリテーションと排泄リハビリテーションの2つを中心にやっていこうということで、医学雑誌にも投稿させていただいた。
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023_20220630_御退任記念講演資料

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 何より優先すべきは、生きていくための人間的な基本能力である摂食と排泄の機能改善リハビリテーションである。言語療法士による嚥下リハビリテーション。作業療法士による排泄リハビリテーション。
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 当グループでは、歯科衛生士を1病棟に1人以上配置して、歯科衛生士による口腔ケアを実施している。
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 脳血管疾患による嚥下障害に対する摂食嚥下訓練の効果を検証した。介入前は50人のうち39人が経管栄養で、なんとか経口摂取ができたのが11人だったが、1カ月後には経口摂取が3倍になって、経管栄養の人は半分以下になった。やれば治る。脳神経の領域ではリハビリで良くならないという定説があったが、きちんと良くなる。
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 膀胱直腸障害についても改善が見られた。膀胱直腸障害に対するリハビリを実施したところ、日中のオムツ使用率は開始時4割であったが、終了時には1割となった。夜間のオムツ使用率は開始時7割であったが、終了時には3割となった。
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 実際、やればできると言っていたら、2016年度改定で「排尿自立指導料」が新設された。同指導料は週1回200点だったが、2020年度改定で「排尿自立支援加算」として12週まで算定可能となった。このように、排泄と摂食について診療報酬でカバーしてくれるようになった。
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 2014年度改定では「経口摂取回復促進加算」が185点、月1回6カ月限りだったが、2022年度改定では、「摂食嚥下機能回復体制加算」が210点、190点、120点と3段階になったり、管理栄養士など、いろいろなものに対する評価をつけていただいた。このように、摂食嚥下機能の回復に向けた取り組みが評価されている。
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030_20220630_御退任記念講演資料

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 加算がついたから実践するのではなく、患者にとってよいと思われることはどんどん行って実績を示して国に追認してもらって、加算をつけてもらうという姿勢が必要だと思う。

 硬直化したリハビリテーション体制を自由なリハビリテーション提供体制に変えるべきである。私はかねてより、リハビリテーションは回復期に主に行うことではないことや、出来高ではなく入院費に包括されるべきであること、そして量ではなく質で評価すべきであると主張してきているが、まだ十分に改革されていない。
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033_20220630_御退任記念講演資料

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 残念ながら、疾患別リハビリテーション料というのができている。回復期リハビリテーション病棟では患者1人につき1日9単位まで出来高で認められているが、脳血管障害のリハビリが2,450円で一番高く、リハビリ中に心臓が止まるかもわからないような心大血管リハのほうが400円も安い。同じ20分間で同じようにリハビリをして、これだけの差があるのは何のためか。考えてもいまだに全くわからない。
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リハビリテーション力のない病院は評価されない

 リハビリテーションは医師と療法士だけで行うものではない。特に入院中は、看護師や介護士も含めた多職種によるチームリハビリテーションが行われるのは当然である。療法士と患者が1対1で行う個別リハビリテーションでなければ診療報酬の算定が全く認められないという、おかしなシステムをいつまで続けるつもりなのだろうか。
 
 リハビリテーションは必要なときに必要な治療を時間に関係なく提供し、病態の改善を第一に考えるべきではないだろうか。脳卒中発作後、1カ月目も6カ月後も1日あたり9単位と決まっている。それ以上はできない。急性期にリハビリをたくさんやって、6カ月後は半分にしてもいいと思うが、そうなっていない。
 
 脳卒中リハビリテーションは弛緩性麻痺の間に集中的にリハビリテーションを行うことが重要である。脳血管障害が起こったら1カ月以内の弛緩性麻痺の期間でないと、その後は強直性麻痺になるから、弛緩性麻痺の間に集中的にリハビリテーションを行うことは学問的に当然である。発症後2週間が経過し、症状が落ち着けば、毎日6時間以上のリハビリを集中的に行うほうがいいのではないか。
 
 疾患別リハビリテーションを廃止して、出来高から包括への全面転換をするべきだと私は思う。地域包括ケア病棟では2014年の新設当初から入院基本料にリハビリ2単位が包括されている。単位を取るために汲々とした20分間絶対主義のリハビリから、時間を気にせず1人ひとりの患者のためのリハビリとして、短時間リハビリや多職種による集団リハビリ等、さまざまなリハビリが実施できるほうがいいのではないか。
 
 疾患別リハビリテーションの出来高払い方式は、リハビリ療法士の出勤日数が多いほど収益が増大する仕組みとなっているから、職員の労働環境改善を行う上で弊害となっている。週休2日制になかなかならない。医療費削減のためにも、出来高から包括への全面転換をすべき時期が来ている。リハビリテーションは変わらなければいけない。オムツをして、鼻から経管栄養のチューブをつって、がに股で歩行訓練をするというのは、いかがなものだろうか。
 
 医療費や介護費を効率化するにはリハビリテーションは必須である。いまやリハビリテーションは特別な分野ではない。回復期に行うべきことでもない。国民にとっては、それぞれに必要な医療が提供されて障害が改善し、身体能力が高まり、日常生活が快適に送れるようにする技術である。それがすなわちリハビリテーションである。だから、どんな病棟でも必須の技術である。
 
 手術の前後にもリハビリを必ず入れるべきである。そうすれば、早く動けて早く帰れる。患者は短期間の入院で病状を改善してくれて、リハビリで日常に戻る確率の高い病院に集中する。リハビリテーション力のない病院は評価されない。
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低栄養や脱水で急性期病院から送られる

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 低栄養や脱水改善の重要性について述べる。慢性期病院には急性期治療後の患者が紹介される場合が多い。そして、これらの患者の半数以上がアルブミン3.8未満の低栄養状態である。
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 関連病院における入院時の血液検査結果のデータを示す。急性期病院から入院してきた患者さんの多くが脱水や低栄養、電解質異常、高血糖などの異常を多数抱えている。

 平成22年から令和4年3月までに当院を含む計22病院に入院した患者8万5,909名、平均年齢80歳の異常値割合である。入院時に尿素窒素が高い人が40.0%で最高は291.4。ナトリウムが低い人が43.9%で最低値が89.3。アルブミン4未満は80.1%で、最も低いアルブミンが1.1。このような状態で紹介されてきた。
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042_20220630_御退任記念講演資料

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 10年間ではこのようになっている。赤い所は全て急性期病院から来た患者である。これが10何年間ずっと同じである。変わらない。良くなっていない。急性期病院での治療に伴う低栄養や脱水は今も延々と続いている。
 
 紹介状を見ればわかる。病名に脱水や低栄養状態であることを示していた病院は、たった7%、また血液検査結果が異常であることを示し、注意を促していた病院はわずか1%だった。

 お医者さんでなくても常識でわかると思う。何もしないで普通にしているときに必要なカロリーは1,107kcalだが、熱が36度から38度や39度になった途端に、エネルギーの必要度は1,100から1,600、1,700程度は必要になる。それだけのカロリーがなければ、どんどん痩せていくことが学問的にわかっている。こんなことは、お医者さんならみんな知っている。
 
 人間は栄養、水分が不足すると生きていけない。犬でも猫でもそうだが、人は好みの違いが大きく、偏食の人もたくさんいる。病気にかかって入院すると給食が出るが、同じ献立である。食欲が落ちている状態で自分の嫌いな食べ物を中心に出されると、ますます食欲が落ちる。やがて低栄養になり、体重が減少し、体力や免疫力も低下してくる。
 
 医学的治療はとても重要だが、栄養と水分が体内に入らないと、治療に逆らって病状がどんどん悪化してしまう。投薬による胃腸障害も表れる。どのような病気でも免疫力、体力は最低限必要であり、その補充のための栄養と水分の適切な投与は治療のための第一歩として考えるべき対策である。
 
 急性期病院では、臓器別専門医による主病名の治療に傾注するあまり、特に高齢患者に多い合併症状まで治療する余裕が十分でないことが原因であると思われている。そこで、慢性期病院では、急性期治療後の患者を受け入れ、低栄養や脱水をはじめとする医原性身体環境破壊の症状に対し、医学的治療だけでなく十分なリハビリテーションを行い、早期の在宅復帰を目指している。
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050_20220630_御退任記念講演資料

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 2014年度改定で、療養病床に「在宅復帰機能強化加算」が認められた。療養病床における在宅復帰率は半年間で46%で、退院先は老健や特養など、さまざまである。
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051_20220630_御退任記念講演資料

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介護医療院が違う機能になる

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052_20220630_御退任記念講演資料

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 私はかつて、新しい病院内施設であるSNW(Skilled Nursing Ward)の創設を提案した。

 2014年6月に成立した「医療介護総合確保推進法」によって地域医療構想が制度化された。政府による病床の大幅な削減が本格的に実施されれば、削減された病床に入院している患者さんを介護施設や在宅等に移行させなければいけない。そうすると、約20万人分の居場所を10年以内に新設する必要があるが、それには莫大な資金と時間がかかる。
 
 そこで、私は2015年7月の記者会見で、病院内で空床となった病床を新しいかたちの病院内施設として活用できないかと提案した。新しい病院内施設であるSNW(Skilled Nursing Ward)の創設である。

 症状は軽快しても後遺症として障害が残り、独居自立の生活ができない患者さんに移行してもらう適当な施設が院外になければ、院内に施設をつくればよい。

 施設長は医師でなく特定看護師とすれば人件費も見合ったものとなり、国も地方も病院も、そして当然、当事者である患者本人や家族も納得しやすいし、低所得者の利用も可能となる。看取りも特養で医師や看護師のいない状況で死亡するよりは、病院内の施設なら当直医もいるし、当直看護師もいる。すべての立場にwin-win な提案は受け入れられると思った。
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058_20220630_御退任記念講演資料

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 病院の周辺に特養や老健、グループホーム、ケアハウスなどがある。これらを一体化して、7対1も地域包括も回リハもあり、そして老健や特養などもある多機能なマルチファンクショナルホスピタルを提案した。
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059_20220630_御退任記念講演資料

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 介護療養型医療施設をホスピタル・ケア・ファシリティとし、スキルド・ナーシング・ワード、スキルド・ナーシング・レジデンスにしてはどうかということも提案した。
 
 そういうことが多少は関連しているかわからないが、2018年に介護医療院を誕生させてくれた。介護医療院は医療・介護・住まいの3つの機能を併せ持つ新たな介護保険施設である。スキルド・ナーシング・レジデンスに似た感じだろうか。

 介護医療院は短期入院や中長期入院にも対応し、積極的治療やターミナルにも対応する。在宅復帰機能、ショートステイ機能等の地域に望まれる機能を取り揃えている。介護医療院は5年から10年で今とは違う機能となる可能性が大きい。介護医療院が大きく変わるまでは、各病院が自由に運営すればいい。
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慢性期病院も急性期治療機能を

 
 自称急性期病院の多くは本当の急性期病院ではない。療養病床を中心とした慢性期病院は「病床」というより一部は「施設」と変わらない運営をされているのではないか。

 療養病床は今や療養する場ではない。私たちの担う慢性期病床は、いつ死亡してもおかしくない重症患者をきちんと治療して、半数以上を軽快退院させていることにもっと自信を持つべきである。もはや療養病床ではなく、慢性期重症治療病床である。
 
 われわれは、慢性期重症治療病床の必要性を訴え続けてきた。団塊の世代が後期高齢者になる2025年には死亡者数が増大すると言われ、必然的に慢性期医療の対象者が急増することは明らかであった。

 しかしながら、国は病院病床数を増やさないという方針を示した。そうすると、病床の回転率を上げ、最終的に在宅や居住系施設で受け入れることとなるが、同時に重症患者も同じ割合以上に増えていくので、在宅療養支援機能の強化が必要となる。そのため、慢性期病院といえども急性期治療機能を持っていなければならない。私は10年前から言っている。
 
 慢性期病院における急性期機能というのは、緊急送迎、緊急入院、緊急画像診断、緊急血液検査、緊急処置である。こうした機能が慢性期病院に必要だということも10年前に言っている。
 
 14年前の2005年11月に開催された日慢協学会において、学会長の安藤高夫先生が「慢性期救急」を提唱した。「慢性期力を高めよう」「慢救を頑張ろう」と主張された。この時はみんな「なんや、しょうもない、慢性期の療養病床が何を言うとんや」という冷ややかな感じだったが、今やそれに近づいている。厚労省もそうである。慢性期の療養病床で二次救急を取るようにと言っている。
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065_20220630_御退任記念講演資料

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 慢性期療養中の患者が種々の原因により在宅や施設で急性増悪した場合、誤嚥性肺炎、尿路感染症、低栄養、脱水、褥瘡、その他の感染症などの病態については、慢性期治療病棟で入院治療を行うことが望ましい。

 このような病状をはたして高度急性期病院で治療する必要があるのだろうか。このような病状は、慢性期病院で治療したほうが適切ではないか。このような患者については、慢性期病床が受け持つことにより、高度急性期病院の負担を減らすことができる。
 
 急性期病院に救急搬送されても、30代、40代の若い臓器別専門医に高齢者の病態はよくわからない。慢性期救急で診ることによって良くなる患者さんは果てしなく多いだろう。
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救急の2極分化に対処すべき

 今回の改定。療養病床の地域包括ケア病棟である。医師の配置によって差はつけなければいけないと思うので、この改定には私も賛成である。
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066_20220630_御退任記念講演資料

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 救急医療を行うために必要な体制をとっていれば5%引かない。また自宅等からの入院患者の受入が6割以上である場合、緊急の入院患者の受入が3カ月で30人以上の場合も大丈夫。しかし、地方で逼塞しているような療養病床で、これをクリアできる所はない。
 
 ここで、厚労省の医療課が一体何を療養病床に期待しているのかがはっきりわかるだろう。慢性期の高齢者の救急患者が7割近くいる。それが全部、県の救急医療センター行く。重症で死にかけて手術をすぐしなければいけないのに、それほどでもない人が先にいたら、それを診なければいけない。
 
 救急を分けてはどうだろうか。本物の急性期救急と、そうでもない救急は分けるべきである。われわれ慢性期医療の現場には、「救急なんてとんでもない」なんて言う先生もまだまだいるが、慢性期の患者の救急である。慢性期病院で診れるだろう。治療できる。われわれがしたほうが良くなる。
 
 厚労省は救急受け入れを求めている。療養病床でも高齢者の軽中度救急と慢性期急変患者の受け入れは担ってくださいという。よろしい、やろうではないか。
 
 医政局長通知では、どんな病院でも正当な理由なく診療を拒んではならない。もともと医療機関として救急患者を診るべきである。断らない。きちんと対応する。
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069_20220630_御退任記念講演資料

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 高齢者の搬送割合が増加している。今後もさらに増える。免許証を取り上げたら病院へ行けないから、救急車を呼ぶ。やむを得ない。

 年齢区分別の搬送人員は、成年以下がわずか20年で20%減少し、高齢者が25%増加している。65歳以上の単独世帯もしくは夫婦のみの世帯が61.1%であり、その割合は40年間で倍増している。
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 軽中度の緊急処置が必要な高齢患者や高度な技術を要する手術の必要のない軽度救急患者は、地域多機能病院で解決できる問題だと思う。
 
 救急の2極分化に対処すべきではないか。本来の重症緊急救急患者は、高度急性期病院の救命救急センターへ運ぶ。救急車に乗っている救急救命士は病態がきちんとわかる。

 軽中度の緊急処置が必要な高齢者、手術の必要のない患者は、地域多機能病院、急性期型の多機能病院または慢性期型の多機能病院が引き受ける。

 療養病床は地域の高齢者の医療にとって重要である。療養病床の病院も地域の救急指定を取れるように地域の自治体に申し入れてほしい。市役所に行くと、「おたく、療養病床でしょう。そんなところで救急できるの?」と言われることがある。ぜひ、厚労省保険局医療課から各都道府県、各市町村に伝えてほしい。慢性期病院でも救急を診てくれる病院は救急指定が取れるように指導してほしい。
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総合診療医の育成を進めるべき

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 これからの医療・介護をどうすべきか。総合診療医の育成を進めなければいけない。患者の年次推移を見ればわかるように、高齢患者の増え方が極端である。

 高齢者の入院増加に対して十分に対応できているか。きちんと高齢者の病気を治せているか。病気しか診られない、病人を診られない医師が増えている。残念なことだが、80歳の年寄りが来たら急性期の臓器別専門医は「もうええやないか」と思っているかもしれない。
 
 医師の卒後臨床研修は戦後の1946年にインターン制度が創設されたことから始まった。しかし、インターン闘争や国試ボイコットなどにより1968年(昭和43年)にインターン制度は廃止された。私は昭和41年の卒業だから、ちょうどこの時期のど真ん中にいた。
 
 卒後臨床研修は1968年(昭和43年)から2003年(平成15年)まで一切行われていなかった。平成15年に新しい研修制度が始まった。この新しい研修制度に初めて参加したのが私の息子である。1968年から2003年までの35年間は卒後臨床研修はなく、したがって現在79歳頃から42歳頃の医師は原則として卒後臨床研修を受けていない。

 新医師臨床研修制度はいわゆる「前期研修」「後期研修」と呼ばれ、「後期研修」が医局所属の専門医の年数に加えることができるので、ほとんどの医師が臓器別専門医を目指して4年以上の後期臨床研修を受けている。「前期研修」は基本的な医師としての研修で、リスクの高い医療行為などは避けるように教育されている。さらに、「後期研修」とは名ばかりで、医局に入る者が少なくて、教授はみんな困っていた。各病院で医師活動をしているのが実態で、本来の後期研修は専門医研修になっている。
  
 2018年から新専門医制度が始まった。もう4年になる。日本専門医機構の報告によると、2022年から始まる専攻医は9,500人で、このうち総合診療専門医を目指す医師は、たった250人しかいない。総合診療医講座のある医学部がとても少ない。
 
 医師の卒後研修制度の抜本的な見直しをしないと大変なことになる。総合的高齢者対策は喫緊の問題である。そこで、このようにしてはどうだろうか。
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 医師国家試験合格後、2年間の「前期研修」と「後期研修」の初めの2年間を総合診療機能を学ぶための研修期間とし、この4年間の研修を経てはじめて、臓器別診療医の研修を行う医師養成制度にするべきではないか。

 2年間の「前期研修」を終えたら、その後の2年間は臓器別専門医としての技術を磨くとともに、総合診療医としての知識とスキルを習得する研修期間としてはどうか。このような見直しによって、総合診療的に人間の体の全体を診ることができる。
 
 医師は、自らの臓器別専門医としての技術を磨くとともに、総合診療医としての知識とスキルを習得しなければ患者を助けられない。これからの医師は、総合診療医の訓練を受けた臓器別専門医でなければいけない。全体も見られるし、非常に細かいとこもきちんと見ている、こういう医者が欲しい。
 
 要介護者は急性期医療の治療中と治療後の継続入院中に主につくられる。急性期病院の先生にこう言うと、「そんなことない、私はきちんと診ておる」と言うが、本当だろうか。高齢者が急性期病院に入院したら、何の病気でも絶対安静とし、リハビリテーションをほとんど実施しないことが多い。
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「基準介護」「基準リハビリ」の新設を

 入院中、高齢者でも夜中にトイレに行く。だが、途中で転倒して骨折したら病院の責任になるから当直看護師がトイレに行かせないようにする。抑制するか、バルーンを入れる。それで2週間から3週間いればオシッコが出なくなる。すぐには出ない。そして動けなくなる。もう少し長くいると寝たきりになってしまう。

 要介護者をつくらないために急性期からの早期リハビリテーションの重要性と栄養管理の重要性をずっと訴え続けてきているが、歴代の保険局医療課長はアホなのか。やはりわかっていない。どうしたら患者が助かるかということがわかっていない。どんどん悪くする。それで死んでしまう。
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 急性期病院に入院中に発生する寝たきり患者を減らしていくために、病棟内に配置すべきスタッフは看護師だけではない。介護職員をきちんと置く。リハビリスタッフも配置する。基準看護だけでなく、「基準介護」「基準リハビリ」を追加すべきである。

 急性期病院の入院費は主に看護師の数で決まる。その看護師は優秀だろうか。25歳か80歳かは不問である。70歳以上の看護師を40人そろえても通る。こんな馬鹿な話がどこにあるのか。病院である。医療機能である。どれだけの手術をしたのか。
 
 今回の改定は見事である。具体的に2000例以上など、これだけのことができる病棟だから急性期病棟であるとした。看護師の数で急性期病棟の入院費が決まるという、こんなおかしなことが今まで続いてきた日本はおかしいと思っている。

 私は2019年8月に「基準介護」の新設を提案した。日本看護協会も看護補助者の増員を要望してくれた。ところが、国家資格である「介護福祉士」という名前がありながら、看護師さんは絶対に彼らを介護福祉士とは呼ばず、「看護補助者」としか言わない。「看護師の補助者なのか」と言って、介護福祉士は誰も急性期病院に来ない。介護施設には来る。だから、とても困っている。病院に介護職員が少ない。補助金もくれない。えらい目に遭っている。
 
 入院患者は急性期であろうと、7、8割が高齢者である。手間がかかる。夜中にトイレに行く。だから元から断たねばならない。急性期の病棟できちんとしたら、あとはずっと楽になる。要介護者は半分になる。急性期病院に「基準介護」と「基準リハビリ」を入れるべきである。
 
 高齢で入院したら、「もう80だからええやないか」というのではなく、きちんと治療できると思ったら治療して改善させる。急性期病院での栄養や水分摂取、リハビリの軽視、そして身体拘束をなくせば要介護者は確実に減るだろう。治療とともに栄養管理、リハビリを行い、患者の全身状態を管理し、患者が寝たきりにならないように看護・介護スタッフに指導すべきである。
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医療区分も看護必要度制度も廃止を

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 これからの医療・介護をどうすべきか。病期に関係なく統一した重症度評価が必要である。

 既に医療区分が導入されて10年以上経過し、療養病床の入院患者の病態は多彩となり、年齢分布も広くなってきている。医療区分1の中には重度の病態も多く含まれており、医療区分制度は既に使命を終えている。
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 医療区分の問題点はいろいろ言われている。医療区分1には、このような重症者も多く入ってしまう。現場では非常に苦労する。重症度の問題も、脱水のBUNの値も全く入っていない。
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 療養病棟の入院料1は90%以上が医療区分2・3で埋まっている。これ以上、重くはならないだろう。
  
 一般病床で用いられている重症度、医療・看護必要度については、今回もさまざまな議論が繰り広げられていたが、そもそも重症度、医療・看護必要度は、看護業務の度合いを示すものであって、医療必要度を具体的に示すものではない。看護業務の度合いである。
 
 重症度、医療・看護必要度は、死亡するリスクの高い患者はみな該当する項目である。重症患者が死亡するような状況での医療行為には、本来、病棟種別による差はない。療養病床であっても、死亡前は全部、この看護必要度が非常に高くなる。
 
 医療区分制度も重症度、医療・看護必要度制度も廃止して、急性期だけでなく慢性期も共通する重症度評価が必要となってくるだろう。
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「もっと生きたい」を受け止める

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 これからの医療・介護をどうすべきか。終末期を考えてみよう。もう歳だから、ろくな治療もせずに「終末期」として対応するのがよいのだろうか。治る見込みがあれば、全力で治療するべきなのか。いろいろな意見がある。
 
 日本の80歳以上の高齢者に尋ねてみてほしい。「もう十分生きたから、いつ死んでもいいよ」と言うか、「元気でもっと長生きしたい」と言うのか。本人に聞けば、「元気でもっと長生きしたい」という人が多いだろう。
 
 私たち医療人は患者の「もっと生きたい」という思いを受け止め、全力を尽くさなければいけない。症状の改善に努めていても、治療法がなかったり、治療が功を奏さない場合にはじめて看取りを考える。看取ることよりも、むしろ治療して改善させて日常生活に戻すほうが非常に大変なことである。看取ることは簡単である。
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自然淘汰されていく

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 病院・病床数がどんどん減っている。病床利用率も低下している。一般病棟ではもう7割を切っている。入院も外来も患者数がどんどん減っている。

 65歳以上の高齢患者の入院受療率が明らかに低下傾向である。人口減少による影響も大きいが、病院を施設代わりに入院していた社会的入院患者が4人部屋以上の多床室で狭い、暗い、汚い病院から個室で療養環境の恵まれた介護施設へとどんどん移ったからだろう。
 
 終戦後は6畳に4、5人が寝ていて、食卓を出して、寝るときはたたんでしまって、布団を敷いて寝ていた。今も一緒である。4人部屋、6人部屋である。夜中にトイレに何回も行く。認知症の人が叫ぶ。窓際の人が死にかけている。皆さん、そこで寝れるか? 健康に生活している時よりも悪い環境で病気を治療している。
 
 全て個室にするのは当然である。そのほうが早く治る。なぜ、こんなことがわからないのだろうか。日頃、生活しているよりも悪い環境に無理に入れ込んで治療する。良くなるわけがない。
 
 人口減少が加速するから、病院も病床も減る。4人部屋を2人部屋にして、仕切りをすれば1人部屋が2つになるではないか。同じ部屋で一緒に寝ていない夫婦も多いが、入院したとたんに、ほかの人と一緒に寝ることになる。ありえないだろう。これが日本の入院医療の現状である。
 
 病院は患者にとってどうしたらいいかを真剣に考えて動くことが、結局は病院のためになる。死亡退院率の高い病院が地域で評価されることはないから、自然淘汰されていく。
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急性期と地域多機能の役割が明確に

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 現在の4つの病期別病床機能は全く機能しなくなるだろう。現在は「高度急性期」「急性期」「回復期」「慢性期」となっているが、「急性期」は今回の改定ではっきりした。
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 急性期以外は地域多機能病院である。総合入院体制加算と急性期充実体制加算、この2つと大学病院を入れたら30万床になる。30万床で上等である。やがて病床は150万から100万床に近づいてくる。30万床あれば十分で、あとは急性期型と慢性期型の地域多機能病院になる。「なんちゃって急性期病院」は終焉を迎える。
 
 この2つの1と2の病棟を持つ所は、地域包括ケア病棟を持ってはいけないとなっている。要するに急性期なのだから、多機能でなくていいというところは、はっきりと今回の改定で示された。
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 急性期充実体制加算・総合入院体制加算の届出施設数を見ると、改定前後でグラフ全体の形が変わっていない。すなわち、総合入院体制加算の届出施設が、急性期充実体制加算に移ったと想定される。400、500床以上の病院が大半を占める。600床台の施設では、総合入院体制加算1・2の施設が減り、急性期充実体制加算の届出が増え、届出割合が5割を超えた。
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 改定前、総合入院体制加算1の届出を行っていた施設のうち、27施設(6割弱)は急性期充実体制加算に切り替えた。総合入院体制加算2の施設は83施設(約4割)が切り替えた。一方、総合入院体制加算3の施設で切り替えたのは7施設のみだった。

 総合入院体制加算3の施設にとって、急性期充実体制加算の施設基準はハードルが高かったと思われる。逆に、総合入院体制加算1の施設のほとんどは急性期充実体制加算の施設基準を満たせると考えていたが、6割弱の届出となったのは、まだ届出できていないか、敷地内薬局の問題が理由で届出できないところがあるためだと思われる。
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 急性期充実体制加算を届け出た9施設は、改定前の総合入院体制加算を届け出ていない。2022年度改定で急性期充実体制加算を届け出た施設のうち、2割は総合入院体制加算1で、7割弱は同加算2、残り1割強は同加算3と届出なしであった。
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 急性期充実体制加算は大都市で届出数が多い。あと2、3年すれば集約化されて、急性期病院は500カ所程度になる。各病院のベッド数が500ぐらいだったら約30万床が急性期になる。それ以外は急性期型と慢性期型の地域多機能病院である。急性期型の地域多機能病院では手術もするが、より高度な場合は急性期病院に行く。
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 将来的には病院病床は90万床となり、うち急性期充実体制加算および総合入院体制加算、大学病院等が30万床となって、あとの60万床が地域多機能病院となることは間違いない。
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 急性期病院と地域多機能病院の役割が明確になるだろう。病院と診療所の役割分担、病院と介護施設の役割分担も明確になる。地域多機能病院の役割も明確になる。
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病院と診療所の役割分担も明確に

 
 今後、医療サービスだけに特化していては厳しい時代になる。関連施設として介護保険施設の設置、在宅(訪問・通所)サービス提供は必須である。入院患者へのリハビリテーションを充実させ、入院期間を短縮する。急性期病院からの紹介入院を増やす。自宅等からの入院患者を増やす。

 自宅からの入院患者を増やすためには、地域連携部門の拡充が必要である。そして、外来患者数・往診患者数を増やす。さらに、地域の診療所とこまめに連携をとり、紹介入院を増やす。もちろん時間外の救急患者にも対応する。このように地域連携を使わなければいけない。そうすれば、地域内での連携がきちんと回る。

 病院と診療所の役割分担を明確にする。病院は、地域連携部に優秀なスタッフを配置し、自院に有利な運営をせず、患者の希望を優先し、かつ紹介元の意向を尊重する。地域包括ケア病棟などでリハビリを実施し、短期間で在宅復帰してもらう。往診をされている近隣の診療所とうまく連携し、緊急入院の受け入れのほか、診療所が行っていないデイケアや訪問看護、訪問リハ、訪問介護などの在宅サービスを担う。
 
 病院と介護施設の役割分担も明確にする。介護施設の入所者等の症状が急変しても、医療スタッフがほとんどいない介護の現場でできることは限られるから、治療効果として満足のいく結果は得られない。その場合はきちんと病院へ行く。

 一方、介護ケアがほとんどない急性期病棟で治療して病気は治ったとしても、介護の必要な状況に陥ってしまっている。医療と介護をより密接なものとして、それぞれの専門性を評価する必要がある。病院には介護ケアを取り入れ、介護の場では病状が変化すれば直ちに病院へ搬送して入院管理して短期間でもとの施設に戻る。
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 病状に応じて、それぞれの機能に応じた場所で細かく行き来してもらうほうが確実に患者の状態が良くなり、有意義な余生を送れるのではないか。病院は治療して病状を改善し、病気を治す場所である。介護施設は機能を明確に分けて運用すべきである。
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地域に選ばれる病院になる

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 住民に選ばれる病院しか残れない。地域多機能病院として地域の信頼を得る努力をしなければいけない。地域包括ケア病棟と回復期リハビリテーション病棟を配置して、二次救急を取って、自宅・居住系施設等の入所者の急変時対応を行うことが地域に選ばれる病院になる。
 
 日本はほとんど皆保険だから、どこの病院でもあまり変わらない負担金で医療を受けられる。そのため、よりよく治してくれる病院が選ばれる。患者が来なければ病院は継続できない。外来も入院も、地域の他病院より少しでも良いサービスを提供すべきである。患者が病院に望むのは良い結果である。
 
 急性期医療だけでは日本の医療制度は完遂しない。そして、全床療養病床だけの病院はやがて消滅するだろう。地域の高齢の慢性患者や要介護者の急変も治療できないような病院は地域では必要とされなくなる。
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 「良質な慢性期医療がなければ日本の医療は成り立たない」を訴え続けて、長くやってきた。くたびれたので、今日で終わる。
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[座長:橋本康子会長]
 武久先生のお話を聞いていると、慢性期救急もできそうな気がしてきた。皆さん、騙されたと思って慢性期救急病棟、慢性期多機能病棟、慢性期重症治療病棟などへ向かったほうがいいと思う。そうすれば何かいいことがあるかなというふうな感じがした。
 
 武久先生には今後とも、まだまだ私たちのよき指導者として、さまざまな教えを授けていただきたいと思っている。当協会にもどんどん関わっていただきたい。これからもよろしくお願いしたい。

                          (取材・執筆=新井裕充) 


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