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「みんなで伸ばそう! 健康寿命」── 第26回学会シンポ5

Posted By araihiro On 2018年10月12日 @ 3:15 PM In 会員・現場の声,協会の活動等 | No Comments

 平成30年10月11日に開かれた第26 回日本慢性期医療学会のシンポジウム5は、「みんなで伸ばそう! 健康寿命 ~健康に長生きするための秘訣~」をテーマに、大石充氏(鹿児島大学心臓血管・高血圧内科学教授)と木村穣氏(関西医科大学 健康科学センター長)の2人のシンポジストを招き、健康寿命の延伸に向けた多様な取り組みが紹介された。座長は、小山秀夫氏(兵庫県立大学大学院名誉教授)が務めた。

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 【座 長】
  小山秀夫 (兵庫県立大学大学院名誉教授)

 【シンポジスト】
  大石 充 (鹿児島大学心臓血管・高血圧内科学教授)
  木村 穣 (関西医科大学健康科学科教授、同附属病院健康科学センター長)

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 最初に登壇した大石氏は「心血管病を予防し健康長寿を獲得する二つの秘訣」と題して講演。心不全予防に対する降圧療法の必要性を強調した上で、血圧コントロールに向けた地域での取り組みなどを紹介した。木村氏は「メタボリックシンドロームへの新たな挑戦」をテーマに、患者の行動を変えるための多職種の取り組みとICT をミックスさせた方法などを提案した。

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処方箋を出すだけがゴールではない

[大石充氏(鹿児島大学心臓血管・高血圧内科学教授)]
 70歳以上の高齢者を対象としたアンケート調査によると、日本人はとにかく長生きしたいという人が半分ぐらい。それに比べて外国人はそうでもない。驚くべきことは、死ぬまで健康でいたい、人生の大部分を満足に過ごしたいという日本人が8~9割もいる。まさにこれは生命予後を考えている。

 生命予後という観点で、どういうファクターが人の生死に関係するのかといえば、たばこが一番いけない。問題はその次だが、実は高血圧である。このほか、糖尿病、高脂血症といった三大生活習慣病も上位に入っている。悪い生活習慣もかなりのパーセンテージを占める。さらには運動不足とBMI。これらを除くと全部、感染症。従って、人は悪い生活習慣と感染症で死ぬんだということが分かっている。

 この中で、私の専門である心血管病だけを抜き出すと、もうダントツで高血圧が悪い。従って僕自身は「たかが血圧、されど血圧」で、血圧を下げたほうがやはり予後がいいだろうと思うわけである。

 現在、世界中にすごくたくさんの降圧薬が出ていて、簡単に血圧が下がる時代になった。ところが、降圧薬は大きく進歩したのに、高血圧患者の多くが降圧目標までコントロールされていない「ハイパーテンション・パラドックス」という状況がある。高血圧の治療目標達成率は45%だが、医師の側はなぜか98.9%が満足しているという非常におかしなことが起こっている。今、世界中でこのことが問題視されている。

 実は、われわれ医師は処方箋を出したところで満足している。でも、われわれの仕事で重要なことは処方箋を出すことではなく、きちんと飲んでもらうこと。処方箋を出すだけがゴールではないという意識が必要である。

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「高血圧ゼロの街」を目指して活動

 私たちは今、「高血圧ゼロの街○○」というキャッチフレーズで活動している。まず血圧を測ってもらうようにしたい。例えば、パチンコ屋に血圧計を置いて、血圧を測ってくれたら玉が100発出る。血圧が正常値だったら200 発。あるいは居酒屋に血圧計を置いて、血圧を測ってくれたら、つきだしがちょっと豪華になるとか。そんなことをしてみようと思っている。血圧をきちんと下げて、下がっている人を上げないようにしたい。

 鹿児島県の桜島のふもとに垂水市がある。もともと垂水市と桜島は離れていたが、桜島の大正の大噴火で溶岩が押し寄せて、地続きになったという、そんな町がある。だいたい人口が1万5,000人で高齢化率が40%。2060 年の日本の人口動態とほぼ同じと言われている。

 目標は、フロム・フォーティ・トゥー・フォーティ。「40%の田舎町から40 年後の日本へ」というタイトルをつけて、この町で65歳以上の健診のコホート研究を始めた。われわれ医師だけではなく歯科医師、薬剤師、理学療法士、作業療法士、管理栄養士、それから心理学、行政、すべてが協力して、この住民の方々の健診をする。実は明日もまた健診に行く
のだが、こんなことを始めた。

 今年から本試験を始めて、1,500人から2,000人ぐらいを対象に実施する。昨年、380名のプレパイロット試験をした。その結果を一部ご紹介すると、名古屋の先行研究と比べて筋力低下が1.5 倍ぐらい多かった。しかし、身体機能低下は約6割だった。すなわち、筋力の低下はひどいが、動くことは動いているという人たちがいる。

 なぜか。社会的フレイルをよく見ると、独居が名古屋の3倍ぐらいいる。つまり、1人暮らしなので筋力が低下しても動かざるを得ないということが分かった。認知症は名古屋の倍であることも分かってきた。そこで、健康長寿をどのように実現するか。

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新しいメッセージを発信していきたい

 垂水市で栄養調査を実施した。その結果、この地区の塩分は10.2 グラムで目標よりは少ないが、鹿児島県の平均値とほぼ同じ値であった。野菜摂取が非常に少ない地区で、食物繊維も少ない。ところが、フレイルやサルコペニアに重要なたんぱく質の摂取は非常に多い。かつ不飽和脂肪酸が非常に多いことが分かった。

 なぜ、こんなことが起こっているのか。実は、この垂水市というのは全国に有数の、ぶりとかんぱちの養殖のメッカである。ぶりは分岐鎖アミノ酸、ロイシンも結構多いが、多価不飽和脂肪酸も非常に多くて、EPA という非常にいい脂がマグロの約40倍ぐらい入っている。彼らはこういうものを食べているので、こういう栄養調査の結果になるのだろうと思っている。

 まとめると、生命予後から機能予後へ、だんだん考え方を変えていかなければいけない。われわれは医学部の学生にもそういう教育をしていく必要がある。また、血圧を正常にすることが機能予後を改善していくだろうということで、血圧を下げていくということに関しては、ハイパーテンション・パラドックスをいかに克服するかが極めて大切かもしれない。

 フレイルについては、身体的フレイルばかりに目がいくが、独居という問題も含めた社会的フレイル、あるいは認知症という問題の精神的フレイルは探しにいかないと、なかなか見つけられない。そういうことを踏まえ、この鹿児島の地から高血圧ゼロの街、あるいは先述した垂水研究から新しいメッセージをどんどん発信していきたいと思っている。

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行動変容が健康長寿につながる

[木村穣氏(関西医科大学健康科学科教授、同附属病院健康科学センター長)]
 私の専門は循環器で、心臓病の予防をメインでやっているが、これだけでは動脈硬化を抑えきれないので、生活習慣病の予防などもやっている。また、肥満外来を立ち上げており、実は肥満外科も最近やり始めた。スポーツ外来もやっている。

 サルコペニアも非常に重要な問題で、骨格筋をいかに増やすかという治療もしている。本当の健康は何かというと、それはおそらくアンチエイジングで、アンチエイジングドッグのようなこともやっている。

 多くの治療には薬を使うが、それ以外は食事や運動。患者さんの行動変容を促し、生活習慣を変えることが一番大事なのだが、実はこれが非常に難しい。しっかり説明しても、なかなか痩せてくれないケースがほとんどである。

 何が足りないのか。患者さんの行動を変えようという意識をわれわれが強く持っていないと変わらない。これが健康長寿につながる。

 われわれはかなり多職種で、ドクター、看護師、臨床検査技師、管理栄養士、臨床心理士、健康運動指導士など、幅広いメンバーと一緒に仕事をしている。皆さんの中で、もし健康科学センターに興味のある方がおられたら、いろいろ募集しているので、ぜひ応募していただきたい。国籍、年齢は問わない。資格だけあれば十分。

 ただし、2つだけ条件がある。1つは当然、こういう仕事をやっているので、たばこを吸わない人が条件。もう1つある。これは時々、条件から外れる人がいる。肥満外来をやっているので、BMI の条件を付けている。全国の医療機関でBMI の条件を付けているのはうちだけではないかと思うが、肥満外来をやる以上、これをクリアしていただく必要がある。

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患者の個性に合わせて支援する

 肥満をいかにコントロールするか。非常に難しい。メタボの人が見つかれば管理栄養士さん、あるいは保健師さんがいろいろ指導してくれる。ところが1カ月後、2カ月後、全く変わらない。

 ほとんどの患者さんはこう言う。「私は食べていないんです」。食べていなかったら絶対に太るはずはないのだが、「食べていない」と言う。追及すると最後に言い出すのは「私は太る体質なんです」と。確かにその可能性もゼロではないが、基本は食事と運動でかなり痩せるはず。

 われわれとしては、何ら非の打ち所のない説明と同意を得て治療をしているという思いがある。われわれから見れば、痩せないのは患者さんが悪いのであって、「われわれは正しい」と言いたくなるのではないか。

 どこに問題があったか。実は、患者さんが全然やる気になっていない。ひたすら話を聞かされて、「うんうん」とうなずいて、確かに理解はされている。でも、自らやろうという気を起こしていない。ここに、われわれは気が付いていない。正しいことを言ったら必ず患者さんが行動を変えると思い込んでいる。あるいは危機感を持ってもらえば人の行動を変えられると信じている。ここに大きな落とし穴がある。

 残念ながら、今の医学教育では教育されていない。ここにおられる医療職の方々はほとんど授業で聞いていないと思う。私自身、医師になって20年ぐらいしてから気が付いた。

 行動変容を起こすために必要なのが目標設定。ちょっと細かなテクニックを使って指導すれば、かなり行動変容を起こすという結果が得られている。まずは目標設定をいかに患者さんがやる気のあるように設定するかが重要になってくる。

 次に必要なのは、行動を持続させるためのモニタリング。患者さんの主体性を促す。あるいは自己効力感を上げていくという治療が慢性疾患患者には特に重要となる。

 叱ったり怒ったり、上から目線で「しなさい」と言ってもなかなか続かない。これを行動医学的に説明すると、個別性。患者さんの個性に合わせるということで、まずは患者さんがやりたいことしかやらせない。やりたくないことや、できそうもないことは、たとえそれが最も効果的であっても続かない。ここにわれわれが気付かないと、患者さんはなかな
か言うことを聞いてくれない。

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行動医学とICTをミックスした新しい医療へ

 メタボリックシンドロームへの新たな挑戦について述べたい。先ほど目標を設定すると言ったが、やはり面倒くさいもの。患者さんは「運動しなさい」と耳にたこができるぐらい言われて、もう聞きたくもない。われわれもしつこく言いたくない。そこで、「運動しなくていいですよ」と言おう。では、どうするのか。

 実は、肥満と非肥満者の違いは座っている時間が大きく影響している。寝る時間はみなほとんど一緒なので、それ以外の時間のうちで座らない時間が違う。最近、企業では立ってミーティングをすることが増えている。立っていると誰も寝ないし、早く終わるという良い効果もある。すなわち、座位の時間を減らすという方法がある。

 もう1つは、ストレッチ。ストレッチをしている時は当然、骨格筋を伸ばす。筋が伸びたら当然、筋肉の中には血管が走っているので血管も一緒に伸びている。血管を伸ばすことを習慣とした運動、すなわちストレッチを中年の女性に6カ月間試していただいた。これは研究なので、運動以外は何もしないという条件で、何種類かのストレッチを毎日やっても
らった。そうすると、血流が増えて血管が良くなった。

 ストレッチだけでも十分に効果が出ることが分かった。ストレッチにはリラックス効果などもあるが、血管の伸展性が動脈硬化、内皮機能を良くするという結果が得られた。

 これまで運動といえば有酸素運動で、ウオーキング。それから筋力トレーニングもあった。でも、それだけではない。実はストレッチも立派な運動であり、ストレッチは「第3の運動」として今かなり注目されている。

 ただ、やはり何といっても自己効力感、あるいは認知、自分の気持ちが変わらなければ変わらない。認知を変えようということで認知療法というのが出て、一時は認知療法が主流になった。現在は、行動療法の手法である「認知行動療法」がメインになっている。

 今、われわれが使っているのはIoT、特に生体センサーで、これが保険適用にならないかと考えている。歩数や睡眠を測ってくれて生活習慣を記録できる。外食したメニューや運動、体重などがBluetooth で全部スマホに飛ぶ。これがわれわれのサーバーに入ってきて、グラフになる。患者さんはこれを見なくてもいい。トレーナーや栄養士さんがこのグラフを見て指導する。この方法なら、気づきも起こして、いろいろなやる気も出るのでモチベーションが続く。あるいは職場の人たちや家族にもトライしてもらうと大いにやる気が出ると思う。

 このように、行動医学とICTをミックスすると新しい医療ができるのではないか。慢性疾患の患者さん、メタボリックシンドロームへの新たな挑戦の1つの方向性として提案させていただきたい。

                          (取材・執筆=新井裕充) 



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