「わたしの医療観」  岡田玲一郎氏

官公庁・関係団体等

 
「延命治療」か、「延命医療」か
 

 2007年のデータですが、国民の半数は自宅で死にたくないと言うんです。「どこで死ぬんですか」ときいたら、「病院で死ぬんです」と言う。病院は治すために来る所で、死ぬために来る所ではありません。

 「延命治療をしないことに対する国民の賛否の状況」で、日本では7割が賛成しています。僕は、この「延命治療」という言葉に抵抗があります。延命って治療ですか? 治りませんよね。「延命医療」しないことを希望する人へのケアはどうしたらいいのでしょうか。

 地域で、事前指示書のマップを作ればいいと思います。「地域連携終末期医療」です。救命救急センターや救急病院は、救急治療する所ですから延命します。

 もう20年以上になりますか、私に大きな影響を与えた本で、「いつ死なせるか ― ハーマン病院倫理委員会の六カ月」という本があります。20年以上前のアメリカの悩みが、いま日本でじわじわ出ている。

 愛知県西尾市の特別養護老人ホームで「せんねん村」という所があります。「レット・ミー・ディサイド」で有名です。とうとう昨年、全員が「せんねん村」で死にました。誰も病院に行きませんでした。この近くで延命治療しないことを希望する人がどこに行くかというと、結局は「ここだ」と。

 私の経験で言えば、「延命治療しないでOK」という家族は良い家族ですね。「とにかく延ばしてくれ、年金が止まる」という家族は汚い。いるんですよ。「年金が止まるからできるだけ長生きさせてくれ」という家族。それが世の中でしょう。でも、スパッとした家族のほうが病院職員も楽です。

 先ほどもチラッと言いましたが、医療用語では「延命治療」ですが、「延命医療」ではありませんか。人工呼吸器を付けるとか、「延命治療」もあります。でも、「延命医療」もあっていいんじゃないか、というのが私の意見です。「延命治療」(Cure)か、「延命医療」(Care)か、それを選択なさるのは患者さんとご家族です。何を選択するかは自由ですが、日常の中で家族とコンセンサスを取るべきです。

 延命治療が必要なのは、若い人や中年の人です。蘇生することはあります。でも、多臓器不全の人に必要でしょうか。多臓器不全にPEGを入れるか。僕はバルーンカテーテルを入れたまま死にたくはありません。PEGも嫌ですね。私は94年に事前指示書を作りました。97年に手術しました。

 ここに女性の人もいますが、なぜ女性は夫のことを嫌うんですか? うちの女房は、「あんたが家にいるとムシャクシャする!」って言います。なんちゅうことを言うんだ。俺は女房がいないとムシャクシャする。10ヶ月ぐらい地方に出ていて、電話するとルンルン声です。それで、「給料はちゃんと入れてください」と言う。僕は自宅で死にたい。

 「尊厳死」とは何か。それぞれの人が決めた死に方です。電車に飛び込もうが、首をつろうが、それは尊厳死です。その人にとっては。しかし、「日本尊厳死協会」はなぜ年間2000円も会費を取るの? なんで夫婦割引なの? そのうち、親子割引をつくるんじゃないか。「尊厳死」って、そんなものでしょうか。

 患者さんが自己決定をするために、入院時に「事前指示書」(レット・ミー・ディサイド)が必要だと思うかについて、79%が必要だと答えています。医療現場の皆さんはやっぱり悩まれている。何らかのツールがあればいい。

 やっぱり、「地域連携事前指示書」が必要です。要するにマップです。「あの特養はちゃんと看取りをしてくれる」とか、「ここは徹底的に延命治療をする所だ」とか。

 お医者さんは命を救うことが義務ですから、身体が動きます。先生方は違うと思いますが、大学から来た当直の若いお医者さんは、「人工呼吸器を入れない」ってカルテにも書いてあるのに入れるでしょ。いくつもそういう話を聞いています。

 でも、その当直の先生を責められないじゃないですか。ある三次救急の病院では、装着しようとする時に説明するソーシャルワーカーがいます。一番大切なことは遺族ケアです。嘆き悲しむのは遺族です。(取材・文=新井裕充) 
                   


 

この記事を印刷する この記事を印刷する

1 2 3 4

« »