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認知症患者の人権と尊厳を守るには

Posted By 日本慢性期医療協会 On 2011年8月2日 @ 1:01 AM In 役員メッセージ | No Comments

 認知症が進行して暴れたり徘徊したりする患者さんに対し、医療者はどう向き合っているのでしょうか。医療現場でどのような悩みがあり、今後の課題は何でしょうか。

 大阪の医療法人・松徳会の理事長で、日本慢性期医療協会副会長を務める松谷之義氏は、認知症患者の人権と尊厳を守る」と強調します。

 6月30日に札幌市内で開かれた「第19回日本慢性期医療学会」を振り返り、松谷之義氏がJMC77号に寄稿した「認知症患者の人権と尊厳~どう守られているか~」をご紹介します。
 

認知症患者の人権と尊厳を守るために、
人としての思いやりと創意工夫が必要

 

 認知症患者の人権と尊厳を守る。これはいい換えれば、人権と尊厳を阻害しないということになり、阻害因子を検証していくことから始めればよいと考えた。

 その最たるものは抑制であることはあえて説明するまでもない。介護保険制度が始まって以来、介護施設では抑制は厳しく戒められている。
 
■ 講演
 

1. 有吉通泰氏(福岡県・有吉病院院長)
 
 有吉先生は、認知症患者の人権と尊厳を守る視点から、抑制の歴史的な経緯を説明された。

 平成10年10月、上川病院理事長の吉岡充先生のご尽力で「抑制廃止福岡宣言」が提唱され、そのあと中川翼先生の協力もあり、平成11年3月の介護保険法改定にあたり、3要件(一時的、緊急性、代替策がない)にあてはまらない抑制は禁止されることになったのである。

 制度策定後10年を超え、現場では果たしてこの制度が順守されているかどうか言及された。 

 抑制廃止研究会のデータをもとに検討されたのだが、まず介護療養型医療施設の身体拘束率、違法拘束率の調査では、身体拘束を受けている認知症高齢者は1万人以上で、その3分の1が3要件を満たしていないことを指摘された。これは法的には虐待に該当するとも述べられた。

 さらに、5時間以上の長時間拘束されているケースが73%もあり、しかもその身体拘束を見直す頻度を決めていない施設が何と3分の1もあることが判明した。

 たとえ拘束の見直しの期間を決めていたとしても、その5割が1週間以上経ってから見直すとしている。また、身体拘束をする前に代替策を考えることなく、拘束を実施するケースも未だ相当あることがうかがわれた。

 身体拘束に関して、現場では厳しさがなくなりつつあることは予測されたが、このような結果は予想だにしえなかった事実である。有吉先生は、「本当にあなたは患者を守っているのか、認知症になった時、あなたは自分の病院に入院したいか?」と問いかけられた。

 都道府県の身体拘束廃止への取り組みの評価(サービス提供者からの評価)も提示されたが、「取り組みに力を入れている」が24%、「普通」が60%であった。普通では身体拘束廃止の取り組みが進むはずはない。官民双方とも身体拘束廃止への取り組みが甘くなっているといえる。

 最後に有吉先生は、認知症高齢者の人権の視点で考えれば、施設がどこであれ、身体拘束は廃止すべきだと強調された。この話が総論的なシンポジウムの軸となった。 

2. 田中志子氏(群馬県・医療法人大誠会理事長)

 田中先生から各論として、現場からの提言の発表があった。

 まず、「あなたは縛られることを理解できない人を縛れますか?」「あなたは大事な人を縛ることができますか?」「あなたは大事な人が縛られている姿を見つめることができますか?」と問いかけ、さらに急性期、慢性期とその病態像は変わるものの、プロフェッショナルとして安易に縛ってはいけないという信念を持つよう教育するとのことであった。

 さらに、最近身体拘束を見たことがないという職員が増えてきたことから、何事も体験することで相手の立場で物事が見られるようになるのではとの考えで、新年度の新人職員入職に先駆けて、ベテランの職員に身体拘束体験をさせるようにしていると話された。介助されるつらさや、何もすることのない時間の長さに気づくそうである。

 さらに現場で車いすに縛り付けたり、4本柵のベッドで拘束しないといけないような人は、田中先生から見ればその人たちは、動こうとするだけの意欲と筋力があるので、床に下ろして自由にさせてあげれば、一種リハビリにもなるとコメントされた。さらに、抑制防止の工夫を紹介された。

 最初にベッドサイドにセンサーマットを敷いた例の紹介で、このマットの上に患者さんが乗ると、ナースコールが鳴る仕組みになっている。ベッドから落ちても衝撃が吸収されるようなマットの工夫をされたり、ナースステーションのすぐそばに患者さんを連れてきて、観察しやすいセッティングにされる様子も報告された。さらにベッド柵に付けるナースコールも紹介された。

 ついで視点を変え、楽な姿勢を取らせてあげれば無理やり下りようとしたり、立ち上がろうとしないとの考えから、シーティングポジションを楽な位置で取らせてあげられるように工夫されていた。特に車いすには力を入れておられ、車いすに乗せたからといって、乗せっぱなしにしてはいけないと強調された。

 点滴に関しては、以前は縛って行っていたが、これもさまざまな工夫を凝らし、たとえば、認知症の患者で徘徊される方には足に針を刺し、点滴パックを背中に貼り付けて実施されている様子が示された。酸素吸入も酸素シャワーで酸素投与し、クリーニングハンガーを利用し、チューブを固定する様子も紹介された。排泄体験でいかにおむつの中に排泄するのが不快であるか体験させておき、トイレ誘導されることもあると説明された。

 最後に、栄養状態を悪化させないための工夫として、冷蔵庫内のチェックが必要と語られた。

3. 池元好江氏(北海道・定山渓病院病棟師長)

 池元氏も現場からの声として、施設の紹介と事例報告があった。

 定山渓病院の認知症ケアは「身体抑制廃止の取り組み」から始まり、平成11年7月29日に「抑制廃止宣言」を公表され、患者・家族・職員が常に意識するようにし、ホームページにも掲載。内外に向けその思いをアピールしてこられた。それを具現化させるための工夫を紹介された。

 身体拘束をしないための工夫として、①個別性・自尊感情に配慮したコミュニケーション、②観察による効果的な見守り、③可能な限り経口からの食事、④心地よいリハビリテ―ション、⑤低床ベッドの利用、⑥ナースコールセンサーマットの活用、⑦専門病院の受診、⑧ご家族の理解と協力体制──等を、具体的目標とし努力してこられた。

 一方、在宅復帰の可能性を再評価されていた。さまざまな合併症を持って入院されても、それらが改善されることにより、退院可能な状態になることがある。そのような場合、積極的に在宅に向けトレーニングされている。

 その後、症例報告がなされた。

 ・ 事例1:70歳・男性、進行性核上性麻痺、認知症(前頭側頭型)仮性球麻痺

 このケースは進行性で精神科入院抑制処置され、それが苦痛で転院してきて、不穏時は車いすで対応、徘徊は無理して止めず、ケアへの拒否は時間をおいてから見守り、食事は無理強いせず、おやつで捕食する等の工夫を加えて介護してこられた。最終的には家族の意向で、延命処置は取られなかった。よくある認知症例で理想的な対応をされたと思える。

 ・ 事例2:非ホジキンリンパ腫、胃幽門狭窄、脳梗塞後遺症、アルツハイマー型認知症

 長期の治療後入院してきた例で、積極的な家族の協力があり、さらにスタッフの関わりが上手くでき、非ホジキン病の加療を他院で受けながらも、当該施設を安住の場と思い、最期まで入院継続を望まれたという、いわば模範的なケースだった。

 最後に緊急連絡体制をつくり、ケアマネジャーや地域包括支援センターと協調し、在宅復帰を成功させた一例も報告された。

 結論としては、認知症患者一人ひとりの心の安定と安全を守るために、常に何をするべきかを考えて援助している。在宅復帰の可能性のある患者は早期に見極めて、住み慣れた環境に戻し、心身の機能が最大限に発揮した暮らしを継続するための支援をする。そうすることにより、認知症患者の人権と尊厳を支えられると話された。

4.西村敏子氏(北海道・北海道認知症の人を支える家族の会)

 西村氏はまず、組織の概要を説明された。「北海道認知症の人を支える家族の会」は昭和62年に設立された民間団体で、認知症の介護相談、介護者が集う場の提供、認知症の理解を深める啓発等を行っている組織である。

 創設当時は認知症の患者を抱えている家族は、できるだけ世間に知られないようにし、情報や社会資源の少ない中、孤軍奮闘していたようである。

 平成12年に介護保険制度が創設され、16年には認知症と呼称が変わり、17年からは「認知症を知り地域をつくる10か年」と「認知症サポーター100万人キャラバン」、また医師を対象としてかかりつけ医研修が始まった。

 平成16年10月に京都で「世界アルツハイマー協会の国際会議」が開かれ、「認知症の人は何もわからない人」ではないことをご本人の言葉で語られ、大きな反響を呼び認知症を取り巻く環境が少しずつ変わってきたようである。

 平成18年4月からは「高齢者虐待防止法」が施行され、ようやく認知症の人の尊厳に焦点が当てられるようになってきた。とはいえ、認知症が疑われた時や、周辺症状が激しく入院が必要な時、あるいは終末期など医療と密接に関係がある状況になった場合、しばしば医療の現場で本人、家族が辛く感じる場面が少なくない。3症例を紹介された後、家族としての思いから次のようなことを述べられた。

 ○患者家族としての思いから

 ・ 心は揺れ動いている。
 ・ 身体拘束されている姿を見るのは辛いが、連れて帰ることはできない。
 ・ 胃ろうについては複雑な家族の思いがある。
 ・ 本人に言葉をかけてほしい。

 ○医療に望むこと

 ・ 認知症の理解を。
 ・ 家族・本人の思いを受け止めた関わりと個別ケアを。
 ・ 医療環境に配慮を。
 ・ 情報提供と丁寧な説明を。
 ・ 切れ目のない支援を。

■ 討論 
 

 4名の発表後、まず座長から有吉先生、田中先生に質問が投げかけられた。

 現在、介護施設においては3要件を満たさないと抑制は禁止されているが、医療の世界ではこのルールはないということに関してだが、有吉先生は、「医療必要度に若干の差があるものの、医療療養だからといって抑制は許されるものではない」と述べられた。

 田中先生も、「どちらであれ倫理観に変わりがあるはずはなく、身体拘束しないように対応している」とのことであった。

 池元さんには、看護師として認知症の患者を看護をするうえで、家族の力に特にこだわられる理由を問われた。

 「まず、看護師として患者に関する情報をできるだけ多く持ちたい。その情報源は家族であり、家族と親密になることにより患者の性格だけでなく、趣味嗜好にまで踏み込んで、そのあたりから患者の心の安定をもたらす方法を模索する。さらに、看護を行う上で患者の病態を同じように観察させ、場合により病状が悪化する場合、一緒にどうしたらいいかを考え、回復させるよう努力する。そうすれば、結果は別として納得のいく看護ができるようになるだろう」と述べられた。

 続いて家族の会の西村さんに意見を求められた。

 彼女はこのシンポジウムに出てこられた先生方に感動された様子で、今後このような考え方が広められることを期待された。会場からも否定的な意見はなく、今後も楽しく工夫しながらやっていただきたいとの意見があった。

 最後に有吉先生から、「認知症の患者で一番問題なのは摂食と排泄だ」と発言、これがまさに人としての尊厳に関わるのではないかと指摘された。最後まで口から食べていただくよう努力すべきであり、そうすれば必ずご家族から「不必要な延命は結構です」といわれる時代が来るであろう。

 さらに、排泄ケアもおむつ替えもスタッフには大変な仕事の一つだが、しかし排泄ケアも創意工夫によっては、そこに楽しみも出てくる。さらに、経費をかけないよう工夫をすることにも喜びを感じるようになる。

 今、さまざまな種類のおむつがたくさん出ている。それをその時々に応じて使い分けるという時期でもある。有吉先生は最後に、「摂食と排泄ケアが今や最重点課題だ」と述べられた。

 このシンポジウムを終えるにあたって、認知症患者の人権と尊厳を守るには、さまざまな職種が認知症患者への人としての思いやりを持つことと、その人に不快感を持たせないようにするための創意工夫が必要と考えられた。



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